岳−ガク−:片山監督と原作の石塚さんに聞く「小栗君がクライマーに転身すれば山は盛り上がる」

「岳」の原作者の石塚真一さん(左)と片山修監督
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「岳」の原作者の石塚真一さん(左)と片山修監督

 03年からマンガ誌「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で連載され、08年には「第1回マンガ大賞」に輝き、13巻までのコミックスの累計売り上げが330万部という人気マンガ「岳 みんなの山」を映画化した「岳−ガクー」が公開中だ。映画は小栗旬さん演じる山岳救助ボランティアの島崎三歩の活躍を描き、生命の尊さをうたい上げる人生賛歌。三歩が影響を与える山岳遭難救助隊の新人隊員役に長澤まさみさんが出演している。「これは山の話ではあるが、それ以前に人間ドラマ。その人間ドラマの部分を伝えたかった」と話す片山修監督と、映画化はうれしい半面「しばらくの間、(映画化の話に)半信半疑だった」と語る原作者で、登山歴のある石塚真一さんに話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

ウナギノボリ

 −−映画は、長澤まさみさん演じる椎名久美の成長物語になっています。原作ファンや三歩ファンにとっては危険な入り方だったと思いますが……。

 片山監督 全体を通せば久美の成長物語になっていますが、主役はあくまでも三歩。そのスタイルは崩していません。脚本を書いてくれた吉田(智子)さんは、オリジナルを残しつつ、うまく2時間の話にしてくれました。僕自身も、三歩が久美にどのような影響を与えるかということを意識しながら撮っていきました。

 −−完成した映画の感想を。

 石塚さん 僕が山を好きなのは、山自体に何かがあるからというのではなく、例えば、山で食べるアンパンがおいしいとか、山で見た景色が奇麗だったとか、そういう理由からなんです。その点からすると、今回の映画には、僕自身が見たい映像がたくさん入っていました。(三歩や久美が)雪山を疾走している場面もそうですし、久美ってこんなに頑張り屋さんだったんだとか、こんな声をしていたんだとか……。とはいえ、今はまだ、自分の作品が映画化されたことがうれし過ぎて、舞い上がっている状態ですけど。

 −−実は映画を拝見する前、私自身は小栗さんが三歩を演じることに違和感がありました。

 片山監督 確かに違和感を持つ人はいると思います。実際、小栗君はインターネット(の掲示板)か何かでそういう声があることを知り、僕にポロッと話したことがあります。そのとき僕は彼に「いいじゃない、そういう意見。彼らに『小栗、スゴイじゃん』と言わせればいいじゃない」といったことを覚えています。ファンタジー映画なら(役者を)原作のキャラクターの外見に似せればいい。でも、これは人間ドラマ。外見を似せるのは二の次で、三歩と同じ空気を感じてくれる人をキャスティングする必要があった。そう考えたとき、「花より男子」を一緒にやった小栗君が思い浮かんだんです。彼のいいところは、まず、その役に成り切るところから入ること。彼は、今回の三歩を演じるにあたって、(10年3月のクラインクイン前の09年)12月から訓練を始め、体重も何キロかアップさせた。現場に行くときも自分の持ち道具は自分で持ってスタッフと一緒に山を上がって行った。そういうことができる人間なんです。

 −−長澤さんにとっても、久美はこれまでにない役でした。

 片山監督 まさみちゃんもイメージとは違って実は……というところが結構あります。僕がいうのもなんですけど、ここ何年かの作品の中で、今回の彼女は一番魅力的だと思います(笑い)。長澤まさみさんは、可愛いし、すごい女優です。

 −−石塚さんは撮影現場には行かれたのですか。

 石塚さん 外(山で)の現場には行けなかったんですが、山荘のセットでの撮影のときには行きました。僕も出演させていただいているんで。お陰で俳優さんの苦労と、自分には俳優業は無理だということを思い知りました。

 −−印象に残ったシーンは? やはりご自分が出演なさった場面ですか?

 石塚さん この作品で、どこが一番印象に残っているかと聞かれて、自分が出た場面というようじゃ、それはむちゃくちゃバカですよ(笑い)。その撮影に入る前に小栗さんに会わせていただいたんですけど、彼は俳優にしておくのは惜しいくらい。こういう男がクライマーに転身すると山は盛り上がるんだけどなあと思うほどトレーニングをやっていました。この仕事が終わったら別の役を演じるわけですけど、それがもったいないと思うくらいの入り込みようでした。やっぱり彼は“逸材”ですよ。僕は俳優業については分かりませんが、でも、彼からは何かを感じました。

 −−三歩には、石塚さんの人柄が投影されていると思うのですが、三歩はなぜああまで他人に優しくなれるのでしょう。また、片山監督は小栗さんにどんな三歩像を考えていたのでしょうか。

 石塚さん 僕と三歩の共通項は、“山が好き”ということだけです。人格はまったく違います。三歩がなぜ他人に優しくなれるか? それはたぶん、今の彼は何も背負っていないから。テントを張ってご飯を食べられたら、人には優しくなれますよ。だって、山に来てくれたらうれしいんですから。半面、三歩は怖いヤツでもあります。だって、他人にいい顔をして山に誘っておいて、(人が)来ると事故も起こる。でも、三歩は何もいわなくて済むんです。(登山は)自己責任なので。そういうことでいったら、彼が安易な登山者を生んでいる面はあるにはあります。

 片山監督 三歩は過去に大切な人を山で失っていて、一度は山を捨てたかもしれないけれど、その人の無念を晴らしてあげたいとの思いから、また山に登り始めたんだと思う。だから僕の中では、三歩はただ優しいだけではなく、本当に危ないときは怒る人間なんです。誰も死にたくて死んでいるわけじゃない。みんな生きようとしたけど、結果的に死んでしまった。だから三歩は、(遭難者たちに)「よく頑張った」と友だちにいうようにいえるんじゃないかなと思っていて、そういう話は小栗君にしました。でも、それをあえて芝居で表現しろとはいいませんでした。そういうことは根底に置いて、ただ、山に入って自分が感じたままを表現してほしいと話しました。

 −−作品を楽しみにしている人にメッセージを。

 片山監督 生きることだけではなく、自分のやりたいことを最後まであきらめずにやり切ってほしいという思いが伝わればいいですね。

 石塚さん 見てくださった人を少しでも元気づけられたらと思います。

 <片山修監督プロフィル>

 1965年、山口県出身。86年、映像制作会社に入社しドラマ制作に携わる。91年、演出家デビュー。07年テレビ朝日に移籍し、同年、映画「ヒートアイランド」で映画監督としてデビュー。監督作品は「岳−ガクー」が2作目。主なドラマ演出作品に「バーテンダー」(11年)、「花より男子」「タイガー&ドラゴン」(05年)、「木更津キャッツアイ」(02年)などがある。初めてハマった日本のポップカルチャーは、小学校1年生くらいに見たアニメ「樫の木モック」。「ご飯を食べながらテレビで見ていて、涙を流してよく親にしかられていました」

 <石塚真一さんプロフィル>

 1971年、茨城県出身。米国の大学に進学し、ルームメートに誘われて始めたクライミングのとりこになる。帰国後、会社員をへて独学でマンガ家を目指す。01年「This First Step」で第49回小学館新人コミック大賞一般部門に入選。03年から同社の「ビッグコミックオリジナル」で「岳 みんなの山」の連載開始。同作で08年の第1回マンガ大賞、09年の第54回小学館漫画賞一般向け部門を受賞。13巻まで発売され、売上部数の累計は330万部を超える。初めてハマった日本のポップカルチャーは「キン肉マン」。 

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