黄金を抱いて翔べ:井筒監督に聞く「生きていることがストレスなヤツらが行動を起こすのが面白い」

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 ベストセラー作家・高村薫さんのデビュー作にして日本推理サスペンス大賞受賞作「黄金を抱いて翔べ」が映画化され、3日から全国で公開された。大阪の街を舞台に繰り広げられる6人の男たちによる金塊強奪作戦。メガホンをとったのは、「岸和田少年愚連隊」(96年)、「パッチギ!」(04年)などで知られる井筒和幸監督。「ヒーローショー」(10年)以来2年ぶりの新作について井筒監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

ウナギノボリ

 井筒監督はインタビューする部屋に入ってくるなり、「金ののべ棒見たことある?」と切り出した。首を横に振る取材者側に向かって、「実物は政治家くらいしか見たことない」、「普通は預けて証文だけもらう。実際は貴金属店なんかが持っている」と説明を始めた。合間を縫って、「井筒監督はその証文をお持ちなんですか?」とたずねたところ、「持ってない」とのこと。そのまま金の話で取材時間が終わってしまうと困るので、ころ合いのいいところで切り上げ、映画についての質問に入った。

 映画は、大阪にある大手銀行本店の地下から240億円相当の金塊強奪を企む6人の男たちの、命懸けの挑戦を描いている。6人を演じるのは、妻夫木聡さん、浅野忠信さん、桐谷健太さん、溝端淳平さん、東方神起のチャンミンさん、そして西田敏行さんだ。

 井筒監督と原作小説の出合いは90年。小説が日本推理サスペンス大賞に輝き、「小説新潮」に掲載されたときだった。そこに描かれている「あるかないか分からない金塊のために、仕事を辞めて、こういう(強奪の)“仕事”に“転職”するという心意気」と、「人間のいない土地に行きたいと思っている、その土地が見つかれば人間をやめる、そういう哲学を持っている主人公が、自由を望むありさま」が心に響いた。「生きていること自体がストレスだと思っている節があるヤツらが、行動を起こすこと」がたまらなく面白かったという。井筒監督は、その掲載誌がボロボロになるまで持ち歩いていたという。

 原作が書かれたのは、かれこれ20年前。小説が発表され話題になると、すぐに映画化される最近の傾向の中で、20年前の小説をなぜ今、映画化しようと思ったのか。その返答は、「(原作が)手元にあったからですよ」という、なんともシンプルな理由だった。なんでも井筒監督の自宅の本棚には、小説は3冊しか入っておらず、それが、水上勉さんの「飢餓海峡」、佐木隆三さんの「復讐するは我にあり」、そして、今回の高村さんの小説なのだという。念のためにお断りしておくが、井筒監督は、読書量が少ないため、本棚に3冊しか入っていないわけではない。これまで大量の小説を読んできたが、読み終わるとその都度捨てており、手元に残っているのがその3冊と、鶴屋南北による戯曲「東海道四谷怪談」なのだそうだ。

 さて、その映画化にあたっては、現代にマッチするよう、「かなりカスタマイズ」したと明かす。例えば「携帯(電話)を持たない設定にいかに信ぴょう性を持たせるか、銀行内部の様子、ロックシステムについて、爆弾の作り方、拳銃の撃ち方、撃たれ方、拳銃の種類。あとは、(チャンミンさん演じる爆弾工作のエキスパートで元北朝鮮の工作員)モモさんの設定」など、思考に思考を重ねた。また、スタッフとの間ではジャック・ベッケル監督の「現金に手を出すな」(54年)に代表される英仏製フィルムノワールや、ドン・シーゲル監督の「突破口!」(73年)のような70年代のアメリカンニューシネマを参考にしたという。

 出演者については、妻夫木さん演じる主人公の“調達屋”幸田弘之は、浅野さんが演じるトラック運転手で、学生時代からの友人・北川浩二に誘われてこの計画に乗ったという設定。妻夫木さんにどのような演出をしたのかと尋ねると、「なんもしてない。原作の背景は説明したけど、それ以外は一切話してない」と、またもシンプルな答え。打ち合わせの席に、今回の幸田のような無精ひげで現れた妻夫木さんに「そのままでいけばいいよ。それがいちばん本人らしい」とアドバイスした程度だという。しかし、何もしなかったのは、する必要がなかったからだ。妻夫木さんは、「悪人」(10年)に出演したことによって「青年から大人になった。(幸田を演じる上での製作側の)思いや願いが整理できるということは、彼自身、分かっていたんじゃないかな」と井筒監督なりの信頼があったのだ。

 また、北川役の浅野さんについては、以前、一緒に作ろうとした映画の企画が流れたことがあり、今回は「真っ先に選んだ」という。衣装合わせのとき、撮影までまだ1カ月近くあるというのに頭を“角刈り”にして現われた浅野さんに、「えらい早いな」と井筒監督は驚いて声を掛けた。浅野さんは「これでいきますから。成り切っているんです」と意気込みを見せたという。そんな浅野さんのことを、井筒監督は「非常に切れ味のいい、本当は計算しているけど、それを見せない。そういう、なかなか自由な役者。俳優らしい俳優」とべた褒めしていた。

 初タッグの2人に対して、「ゲロッパ!」(03年)や「パッチギ!」といった井筒作品の出演歴がある桐谷さん起用の理由については、「東京の芸能界で、あんなふうに(関西弁を)しゃべれる子はなかなかいない」という点を挙げつつ、「彼はうちの“卒業生”ですから。卒業生の中で、世間を騒がしていない唯一の優等生ですから」と、井筒監督らしい愛情あるコメントを寄せた。ちなみに、桐谷さんが演じるのは、銀行担当のシステムエンジニア・野田だ。

 今作について、井筒監督は「簡単にいうと、精神論として、つまらない仕事をやっているならこういう仕事をやっちまえというテーマですから。日ごろ、余計なことをいうオヤジがいたり、ワケのわからんことをいう女がいたり、そこからどこかへ、ボンと“翔(と)”んでやれ、というのがテーマ」といささか乱暴に解説。また、舞台となっている大阪は、今「維新の会」が話題になるなど注目されているが、その点でも「時代的にちょうどいいんじゃないの」と自信を見せていた。映画は3日から全国で公開。

 <プロフィル>

 1952年生まれ、奈良県出身。81年、「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞受賞。以降、「晴れ、ときどき殺人」(84年)、「二代目はクリスチャン」(85年)、「犬死にせしもの」(86年)などを手掛ける。96年の「岸和田少年愚連隊 BOYS BE AMBITIOUS」、04年の「パッチギ!」はそれぞれ、第39回と第48回のブルーリボン最優秀作品賞に輝いている。他の作品に「のど自慢」(99年)、「ゲロッパ!」(03年)、「ヒーローショー」(10年)などがある。

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