聖地巡礼:ハルヒの地で新展開 ファンは草の根で“萌える”

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 町おこしや観光PRにと近年、自治体関係者が注目する“聖地巡礼”。アニメやマンガの舞台となった街や建物をファンがこぞって訪れる現象を利用し、知名度アップや経済効果を得ようと自治体はさまざまな仕掛けを施すが、そうした露骨な行政の関与にそっぽを向くファンは多い。そんな中、人気ライトノベル「涼宮ハルヒ」シリーズ(角川スニーカー文庫)の舞台とされる兵庫県西宮市で、ハルヒをテーマにした二つのイベントが開催された。ファンが主体となり同時発生した草の根イベントだ。行政とは無関係に発生した草の根の動きを追った。(毎日新聞デジタル)

ウナギノボリ

 ◇“聖地”で初開催のハルヒイベント

 涼宮ハルヒシリーズは、宇宙人や未来人、超能力者、超常現象が大好きな女子高生・涼宮ハルヒと平凡な男子高生のキョンらの周りで、不思議な出来事が次々と起こり、ドタバタに巻き込まれる……というSFコメディー。西宮市は作者の谷川流さんの出身地で、06年にテレビアニメ第1期が放送され、阪急甲陽園駅や西宮北口駅周辺などをほうふつとさせる風景が登場すると、ファンがこぞって訪れるようになった。聖地巡礼は09~10年がピークだったが、現在も市内を訪れるファンの姿は後を絶たない。

 西宮市は「涼宮ハルヒ」を使った観光PRをこれまで一切してこなかった。大阪と神戸という大都市にはさまれた人口48万人の大ベッドタウンで、高級住宅街も多く、町おこしの必要性に迫られる過疎地などと状況が大きく異なっているためだ。また、95年の阪神大震災以降、マンションの建築ラッシュで人口が増加していることや、「文教住宅都市宣言」をしていることから、アニメを使った町おこしに積極的ではなかったこともある。

 そうした中、同市内では初めてのハルヒを題材にしたイベントが今年開かれた。8月25、26日に夙川学院中学校・高校で開かれた「ハルヒサマーフェス2012」と、10月27日~11月11日に商業施設「アクタ西宮」で開催された「SOS団 in 西宮に集合よ!」の二つだ。サマーフェスはファン有志による「関西新文化振興会」と「関西コンテンツツーリズム研究会」、SOS団は情報サイト「西宮流」の主催。ともに「ファンが交流するための場所が必要」と考えた有志たちの草の根の活動から始動したところは同じだが、別のコミュニティーから立ち上がり、二つのイベントが同じ年に開催されたことは「偶然だった」という。

 ◇とかくうまくいかない巡礼町おこし

 聖地巡礼といえば、アニメ「らき☆すた」の舞台とされる埼玉県久喜市の鷲宮地区で鷲宮商工会が行った07年からの町おこしが知られているが、それを超える町おこしの成功例はなかなか出てこない。理由は、作品のことを熟知しなかったり、先走って過剰な仕掛けをして、ファンがその違和感を敏感に察知してしまうためだ。

 聖地巡礼は作品がブレークしないと起きないため、事前の予測が極めて難しく、コンテンツを制作する側も「仕掛けはいいが、作品のヒットを見届けて」と要望するのだが、期待の大きさから自治体の側がPRに先走ってしまうというケースがあった。また、作品を理解しないままに利益を優先して関連商品を売り出したり、安易に人集めのためのイベントを開き、ファンの心をつかめないばかりか、作品の世界観を損ないインターネットであっという間に悪評が広まってファンの足が遠のく……ということもあった。聖地巡礼は行政側が本腰で乗り出すとうまくいかない……という矛盾に突き当たっている。

 鷲宮商工会の坂田圧巳さんは「大事なのは、ファンとともに作品を理解してもてなす心です。(経済効果などの)そろばんをはじいたら成功しない」と明かす。視察に訪れる自治体関係者に説明することも多い坂田さんだが、関係者の関心の中心はやはり経済効果や、企画の仕掛けで得た利益の額。同商工会は企画で得た利益をファンに喜んでもらうための次の企画に回すのだが、そういう考えもほとんど理解してもらえないのが実情だ。

 ◇ファンコミュニティーの強さ実感

 一方、西宮市のハルヒイベントは、ファンが企画したこともあり、行政や出版社が主催する大型イベントなどとは異なり、シンプルだった。サマーフェスは、観光やサブカルチャーを研究する原一樹・神戸夙川学院大准教授と学生の講演のほか、聖地巡礼ツアーを開催。SOS団は、原准教授と学生による研究成果や谷川さんが作品と西宮市の関係性について言及した文章などを展示したほか、「西宮市のことを知ってほしい」と市内のスポットを紹介する「栞ラリー 西宮の回遊マップ」を配布し、掲載店で買い物したり、サービスを利用すれば、オリジナルしおりをプレゼントするキャンペーンも実施した。

 二つのイベントの特徴は、学術的な講演や展示を行ったところだ。サマーフェスの主催者は、一見、難解に見える内容を盛り込んだ理由を「西宮は文教地区と呼ばれていることもあり、地域の特色に合わせて研究発表を紹介したかった。商売のために開催したわけではない」と説明する。サマーフェスは2日間で約200人、SOS団は15日間で約1万人が集まるなど大成功に終わった。中には東京や愛知、鹿児島など県外からもファンが訪れ、イベント終了後、「またやってほしい」という多くの声も寄せられたという。

 SOS団の主催者は「西宮には『らき☆すた』の鷲宮神社のようなファンが集まりやすいシンボリックなものがない。イベントを通じて、ファンの交流の輪が広がっていくのを実感したこともあり、リアルな場所を提供していく必要性を感じた」と今後の課題を挙げる。イベントを通して主催者が感じたのは、ファンをつなぐコミュニティーの強さだという。今後、この流れがどのように発展していくのか注目される。

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