荒野の少年イサム:作者・川崎のぼるが舞台裏明かす 「愛を描きたかった」 

「荒野の少年イサム」を語る川崎のぼるさん
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「荒野の少年イサム」を語る川崎のぼるさん

 「巨人の星」や「いなかっぺ大将」など多くのヒット作を手掛けた川崎のぼるさん。その代表作の一つで、週刊少年ジャンプの部数拡大に貢献した「荒野の少年イサム」(1971~73年)が9月26日、復刻された。当時のジャンプは表紙の半分を同作が占め、復刻版の帯には、「ジョジョの奇妙な冒険」の荒木飛呂彦さん、「キン肉マン」の嶋田隆司さんも推薦文を寄せているほど。川崎さんに作品誕生の舞台裏を振り返ってもらった。(毎日新聞デジタル)

ウナギノボリ

 −−連載の経緯は?

 (週刊少年マガジンで)「巨人の星」の連載が終わって一息したころに打診がありました。実は最初は、ボクシングものがやりたくて、絵物語作家の山川惣治さんの「ノックアウトQ」をリメークしようと考えてあいさつにうかがったときに、山川さんの「荒野の少年」の本も読んで、こっちだなと。私は西部ものが好きなので、「荒野の少年」をアレンジしてぜひ描きたいと。

 −−どの部分がアレンジなのですか?

 イサムが日本人とインディアンの子で、ロッテン・キャンプで育てられたこと、(宿敵の)ウインゲート一家がいる、というおおまかな骨格は最初からありました。ですが肉付けは相当にしています。原作には、(黒人のアウトロー・ガンマンでイサムを気にかけている)ビッグ・ストーンはいませんし、牧場の娘・クララとの恋愛もありません。確か牢屋に入れられるシーンはあったと思いますが、哲学者・ソクラテスの「悪法も法」という有名なエピソードを用いたシーンはありません。

 −−作品のテーマは?

 西部劇は「打ち合いが激しいアクションもの」というイメージですが、実は人間ドラマがポイントで、「人は愛を持っている」ということを描きたかったのです。確かに(人を撃ち殺すなど)激しい表現もありますが、極端な描写を入れることで、優しさが強調される効果もあるんです。(イサムが大切に育てられた)ロッテン・キャンプの時代の幸せが描かれているから、その後の大変な運命を際立たせているのです。

 −−当時は並行して「いなかっぺ大将」(小学館)の連載もしています。アイデアはどうやって思いついたのですか?

 大まかの流れはあるのですが、アイデアは刹那(せつな)的に出るもので、「巨人の星」でも一回一回が勝負でした。インプットの時間はありませんし、手塚治虫先生もそうじゃないかな。だから人間の能力は、本当にすごいと思います。原稿を(担当者に)渡したところで(次の作品に向けて)スイッチが変わっていましたから。今のマンガは絵も進化して細かくなったので、本数はかけないのかもしれませんが、「やろう」と思えば結構やれると思います。

 −−マンガ家にあえて大切なことを挙げるなら?

 感性かな。感受性が強ければ、10分だけ人と話しても、(インスピレーションを得て)全然違う話が作れちゃう。音楽を聞いても、連想したりしてね。イサムの連載時も音楽はずっとかけっぱなしだったから、音楽から何か思いつくことはあったと思います。

 −−西部劇を題材にしたマンガで、同様のヒット作はありません。なぜ?

 西部劇を知っているという自負はありました。「何が格好良い?」というと、多くの人は「ガンプレー」と言うのでしょうが、私は違うと思います。野営をしながら国を思い、母を思い、馬に話しかけるという男の寂しさ、ロマンこそが西部劇の良さなんです。ジョン・フォード監督の映画でも、銃に弾を込める瞬間が良いのです。ビッグ・ストーンが馬に鞍を乗せて、だるそうに手綱を持って、銃がちょっとだけ見えている……。西部劇の格好良さはそういうところにあるのだと思います。

 −−そのビッグ・ストーンとイサムが一騎打ちで戦うゴースト・タウンの決闘(復刻版2巻)は前半の山場で名シーンの一つです。

 ゴースト・タウンを舞台に、太陽がギラギラして(死のにおいを察した)ハゲタカが飛び、喉が渇いた感じを何コマにも分けて追って表現していく。すると先の展開がどうなるのか、ワクワクするのです。そういうシーンを描くのはたまらなく好きでした。2人とも戦いが長引いて、動いたほうが負けという流れになり、疲弊もするけど寝ることもできない……。ギリギリの設定をすると、アイデアがたくさん浮かんできます。西部劇が好きだったからこそ描けたのかもしれません。

 −−今描いてみたい気持ちには?

 いやあ、今は描けないでしょう(笑い)。時間さえあれば描けるかもしれないけど、時間がメチャクチャかかります。西部劇への思いは、この作品で果たせましたから。

 −−往年のファン、新規の読者へ一言お願いします。

 復刻版は全5巻なのですが、読んでいただければ。そして、作者が西部劇が好きで描いていることを感じ取ってもらえればうれしいですね。マンガの面白さ、コマの積み重ね、行間を読み取ってもらえれば幸せです。

 ◇プロフィル

 かわさきのぼる=1941年大阪府生まれ。1957年に「乱闘 炎の剣」でデビュー。代表作に「巨人の星」「いなかっぺ大将」「フットボール鷹」など多数。

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