マッツ・ミケルセン:「悪党に粛清を」語る「抑制された時代だから大っぴらな愛情表現はできない」

「悪党に粛清を」に主演したマッツ・ミケルセンさん
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「悪党に粛清を」に主演したマッツ・ミケルセンさん

 映画「007/カジノ・ロワイヤル」(2006年)で悪役ル・シッフルを演じ、最近では米テレビシリーズ「ハンニバル」(13年~)に出演するなど、着実にファン層を広げているデンマーク出身の俳優マッツ・ミケルセンさん。そのミケルセンさん主演の映画「悪党に粛清を」(クリスチャン・レブリング監督)は、デンマーク映画(ほかに英国、南アフリカが参加)には珍しい西部劇だ。27日公開された今作のPRのために、5月に来日したミケルセンさんに話を聞いた。

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 ◇当時の衣装は「助けになった」

 映画の舞台は1870年代、米国の西部だ。7年前、祖国デンマークから兄とともに米国にやって来た元兵士のジョンは、荒野を開拓し、生活の基盤を作り、ようやく故郷から妻子を呼び寄せることができた。しかし、その再会の喜びも束の間、妻子はならず者に殺されてしまう。怒りに駆られたジョンはそのならず者を射殺するが、相手がその地域を牛耳る凶暴な用心棒の弟だったことから、物語は新たな復讐(ふくしゅう)劇へとつながっていく。ミケルセンさんは、その悲運の主人公ジョンを演じている。

 ジョンを演じるに当たり、当時の衣装を身に着け、銃を撃ち、馬に乗った。乗馬は昔、覚えた「特技の一つ」だ。「現代において、あんな格好をしているのは奇妙なことだ。でも、現場でみんなが着ていると、あたかも本物に見えてきて、みんなでファンタジーを信じることができるんだ」と、そうした衣装や小道具が演技をする上で「非常に助けになった」とミケルセンさんは語る。

 ◇バスター・キートンが手本?

 ジョンは劇中、笑顔を見せることはない。ミケルセンさんは「ストーリーが始まって5分もしないうちに、ものすごい悲劇に見舞われるんだからね」とジョンの心情を代弁する。その一方で、笑わない理由には時代性もあると話す。「1870年代という、非常に抑制された時代の話だ。公衆の面前で大っぴらに愛情表現はできない。それでも7、8年離れていた妻との待ちに待った再会で、我慢しきれずにキスするけれど、決して“ニコニコ”しながら、という時代ではないんだ」と語る。

 そして、「笑いの話題になると、僕はよくバスター・キートンの話をするんだけど……」と無表情の演技が特徴の“喜劇王”の名を挙げ、「彼はキャリアの中で、確か2回ほど笑ったんじゃないかな。でも、たったの2回。だからこそ、ほんのちょっと笑っただけで画面がぱっと明るくなった。希少だからこそ価値があったんだ。その点、今のロマンチックコメディーは笑いっぱなしだから効果は薄れる」と「貴重な笑いの効能」について指摘した。

 ◇西部劇が持つ普遍性

 西部劇の魅力に「いわゆる、人間の善と悪について描いているジャンル」であり、また、「人間性を失うのはどの時点か」という「根源的な問題を提起している」ことを挙げる。そして、「それは現代においても我々が常に自問自答していることで、アフガン戦争でもイラク戦争でも、(当事者には)正統な理由による戦いだが、ではどこからが行き過ぎなのかを人間は日々考えている」と続け、「だから、西部劇の根底に流れているテーマは時代を問わない普遍的なもので、ジャンルとして立派に成長している。だから面白いんだ」と結論づけた。

 ◇幼い頃見た黒澤映画

 ミケルセンさんは子供の頃、レンタルビデオ店によく足を運び、借りてきては兄と一緒に見ていたという。「たまにフランス映画やイタリア映画もあったけれど、もっぱら見ていたのはアジア映画。だから、僕はそれで教育されたといってもいい」と言い切る。当時は7、8歳で、作品の詳しい国名までは分からなかったが、そのアジア映画にはブルース・リーのカンフー映画や黒澤明監督の作品が含まれていたという。

 「アクションシーンが見たくてね。『赤ひげ』(65年)も見たよ。ただ、せりふが多くて、待って待って、やっとアクションが始まったという記憶がある」と話しながら、「子供の目にも、黒澤監督の作品は異質に映った。彼のヒーロー像は、不機嫌だったり、自己中心的だったり、決して完璧ではない。どんな善人にも悪いところがあり、どんな悪人にも良いところがある。そういう人間臭さが、他の監督が描くヒーローにはない部分だと思った。もちろん、三船敏郎さんの演技によるところも大きい」と話し、その上で「とはいえ、黒澤監督の作品がいかに素晴らしいかということは、大人になってから意識したことだけどね」と笑顔を見せた。

 ◇2時間もあった「マジックアワー」

 ところで、今作のクリスチャン・レブリング監督は、95年にはラース・フォン・トリアー監督らと4人で「撮影はすべてロケーション撮影」「照明効果は禁止」など“10の特別なルール”を掲げた「ドグマ95」を設立し、それにのっとった映画「キング・イズ・アライブ」(2000年)を制作している。今作にも、自然光を生かして撮ったシーンがある。しかし、「ドグマ95」との関連性をミケルセンさんは否定する。

 「たまたま、自然光がいちばん美しいから使っただけだと思う。普通、マジックアワーといえば、日が完全に沈む前の10~15分くらいをいうけれど、(今回の撮影場所の)南アフリカではマジックアワーが2時間くらいあって、午後3時から5時まで、ものすごくいいものが撮れるんだ」と説明する。そして、「レブリング(監督)は、ドグマを立ち上げるまでは商業的な映画を作っていたから、あらゆるテクニックを駆使して撮影することに慣れている。だから、ドグマっぽい作品として意識しているわけではないと思う」と推察する。

 その一方で、「でも、ドグマ自体は面白い潮流だったと僕は思っている。お陰で、デンマーク映画に世界が注目するようになったわけだし、そういう意味ではよかったと思う」とドグマの価値を認めたうえで、「ランプがあって、そっちの光の方が美しいならランプを使う。僕はそっちの主義だね(笑い)」と自身の考えを披露した。

 インタビュー中は、演じたジョンの寡黙ぶりとは打って変わって、身振り手振りを交え多くのことを話してくれたミケルセンさん。カメラを向けながら「冗談は言いますか?」と問いかけると、目にいたずらっぽい光をたたえながら、「いい冗談なら言うよ」とニヤリ。また、テレビシリーズ「ハンニバル」での役柄同様、自身も“食通”のようで、「日本食は好きですか」と問いかけると、「大好きだよ」との答え。今回の来日でも「すし、天ぷら、何でも食べてみたい。変わったものもたくさん食べてみたい」と好奇心の旺盛さをうかがわせた。映画は27日から全国で公開中。

 <プロフィル>

 1965年、デンマーク生まれ。97年、「プッシャー」で映画デビュー。「ドグマ95」作品「しあわせな孤独」(2002年)や「アフター・ウェディング」(06年)などに出演。「キング・アーサー」(04年)で米映画に進出。その後、「007/カジノ・ロワイヤル」(06年)の悪役ル・シッフル役でブレイク。ほかの作品に「タイタンの戦い」(10年)、「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」(11年)、「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」(12年)などに出演。「偽りなき者」(12年)でカンヌ国際映画祭主演男優賞受賞。テレビシリーズ「ハンニバル」(13年~)では、ハンニバル・レクター博士の若き頃を演じている。

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