スティーブ・ジョブズ:ダニー・ボイル監督に聞く 脚本を読み涙「身近なこととして心を動かされた」

映画「スティーブ・ジョブズ」のメガホンをとったダニー・ボイル監督
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映画「スティーブ・ジョブズ」のメガホンをとったダニー・ボイル監督

 「スラムドッグ$ミリオネア」(2008年)のダニー・ボイル監督と、「ソーシャル・ネットワーク」(10年)で脚本を担当したアーロン・ソーキンさんという、2人の米アカデミー賞受賞者が手を組んだ映画「スティーブ・ジョブズ」が12日に公開された。主演のマイケル・ファスベンダーさんが、近く発表される第88回アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされている話題作だ。ソーキンさんの脚本を、「感服する仕上がりだった。最後に涙を流してしまうほど感動したことに、僕自身驚いている」と絶賛するボイル監督に、映画について、電話で話を聞いた。

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 ◇「これがジョブズなんだ」

 ボイル監督は、脚本を読み涙した理由を「僕にも娘が2人いて、多忙なキャリアを歩んでいると、どうしても家族や子供たちが犠牲になってしまう。それを知っているから身近なこととして受け止め、心を動かされたんだ」と話す。

 映画は、三つのエピソードで構成されている。1984年のMacintosh、自らが創業した会社アップルを追われて作った88年のNeXT Cube、そして、アップル復帰後に発表したの98年のiMac。それら3大製品の発表会の40分の舞台裏だけに焦点を当てている。「皆さんの記憶にあるジョブズは、ステージの上でプレゼンテーションをしているところだと思う。だから、そのリハーサルをしているところ、そして、ステージの雰囲気というものを見せたいと、僕は最初から思っていた。それを見せれば、観客が『これがジョブズなんだ』と体感できるんじゃないかと思ったんだ」とボイル監督は説明する。

 ◇「マイケルは恐るべき俳優」

 撮影に当たってボイル監督は、「何週間もかけてリハーサルした」という。3幕に分けて撮るという判断の背景には、自身の舞台演出の知識と経験が少なからずあったことを認める。その一方で、「マイケル(・ファスベンダーさん)がジョブズを演じる上で、通しでやり切るには不可能な量の脚本だったことを鑑みての撮影だった」と打ち明ける。

 そうはいっても、決してファスベンダーさんの役者としての力量を疑っていたわけではない。ボイル監督は「マイケルほど強烈に役にのめり込む役者と、仕事をしたことがない。脚本の裏まで読む彼の深い“読み”に気づいたことは、一度ならずあった」と振り返る。

 「“丸暗記”じゃないんだ。彼はまるで、自分が書いたものみたいに脚本が分かっていて、だからこそ、ほぼ無の状態から目の前にポンと何かを作り出せるような演技ができるんだね」と語る。そんなファスベンダーさんを見ながら、ボイル監督は「マイケルの中には、かなりジョブズ的な部分があるんじゃないかといつも思っていた。自分が何をすればいいかに対して、ものすごく適応性があるんじゃないかな。本当に恐るべき俳優だよ」と舌を巻く。

 ◇せりふに「すべての事柄が詰まっている」

 「ソーシャル・ネットワーク」がそうであったように、ソーキンさんが書く脚本のせりふの量は半端ではない。資料によると、今作でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされているケイト・ウィンスレットさんは、ソーキンさんの作品の常連で今作にも出演しているジェフ・ダニエルズさんにアドバイスを求めた際、「いまいましいほど膨大なせりふをひたすらたたき込め。一瞬たりともリズムを外さず、どこを変えてもだめだ」と教えられたという。

 その“膨大なせりふ”について、ボイル監督は「言葉は、この映画において物語のヒントであり、重要な局面であり、DNAであり、証拠であるなど、すべての事柄が詰まっている」と話し、そこが今作の「非常にシェイクスピア的である面だ」と指摘する。そして、「作品の中で語られているのは、“言葉に耳を傾けてくれ”ということだ。言葉の中に、ジョブズの偉大さ、不可解で冷酷な部分、娘との関係においていかに成長したのか、それらすべてが秘められているんだ」と強調した。

 ◇ジョブズを支える2人の女性

 ボイル監督は、スティーブ・ジョブズという人物について、「ジョブズはある意味“モンスター”で、成功することによって、ときに凶暴さが増すことがある」と分析する。その凶暴性を押しとどめる役目を担うのが、女性たち、つまり、ウィンスレットさんが演じるマーケティング担当のジョアンナ・ホフマンであり、ジョブズの娘リサ・ブレナン(パーラ・ヘイニー・ジャーディンさん、リプリー・ソーボさん、マッケンジー・モスさん)だ。

 ボイル監督は、ジョアンナという女性を「すごいキャラクターだ」と評する。「彼女は、自分がジョブズの“共犯者”であったこと、つまり、ジョブズが娘やその母親に横暴な振る舞いをすることを自分が許してしまったと、自ら認めているんだ。そうした自己批判をすることで、ジョブズにも扉を開けさせているんじゃないかと思うんだ」と、その人柄を推し量る。

 一方、リサは、父親と同じDNAを持ち、「直感や振る舞い、言葉遣いや粗暴なところがジョブズに似ている」ものの、2人の間に「差」は確かにあり、その差によって「ジョブズの欠点が浮かび上がってくる」という。そうしたシークエンスを通して、「観客はジョブズという、成功者であり、冷酷者という人物に共感できるのだと思う」と期待する。そして、「僕と娘の間に、ああいう冷たさはない」としながらも「ジョブズの中に自分を見いだしてしまう部分は少なからずあった。でもそれは、同時に気づきになり、成長にもつながるんだ」と語った。

 ◇ジョブズとの共通点

 ところで、ボイル監督には、ジョブズ同様、「新しいものに果敢に挑戦する、革新的な人物」というイメージがある。その指摘に、ボイル監督は「アハハ」と声を上げて笑い、「僕にとって革新的な人、真のヒーローは何人かいるけど、残念ながらその中に彼(ジョブズ)は入っていない」としながら、「自分と似た資質だと思うところは間違いなくある」と認める。

 「映像作家というのは、なぜかは分からないけれど、自分にしか見えないビジョンが浮かぶ。それを絶対に妥協してはいけないし、さらにそのビジョンを継続していかなければいけないんだ」と語り、その上で、劇中、ジョブズがセス・ローゲンさん演じるアップルの共同創業者スティーブ・ウォズニアックに「自分は指揮者だ」と言い切る場面を引き合いに出し、「自分も監督として同じだと思う。僕に演技の才能はない。だから、素晴らしい役者をキャスティングし、その演技を、自分が考える方向性に合わせるために背中を押す。ビジョンを押し通すために、周りの人を不快にさせ、時に冷たいと思われてでも説得し、みんなが自分の物の見方を理解してくれるまで押し続けなければならない。そのあたりが、彼と同じ感覚なのではないかと思ったんだ」と自身とジョブズを重ね合わせた。

 ちなみに、ボイル監督にとっての“真のヒーロー”は、デジタルの世界に限るなら、「2人いる」といい、一人は、ウィキペディアの創設者のジミー・ウェールズさん。もう一人は、World Wide Web(WWW)の考案者として知られる計算機科学者ティム・バーナーズ・リーさんだと言い切る。「彼らは、インターネットは誰もが等しく無料で使うことができるという思想の下、その仕組みを確立した」というのが理由で、「利益を得られないような構造を考え、自らの知識を人々と分かち合いたいという彼らの考えは、素晴らしいものだよ」とその功績をたたえた。映画は12日から全国で公開中。

 <プロフィル>

 1956年生まれ。英マンチェスター出身。「シャロウ・グレイブ」(94年)で映画監督デビュー。96年の「トレインスポッティング」の爆発的ヒットは、いまだ語り草となっており、続編の制作が期待されている。2008年には、「スラムドッグ$ミリオネア」が、米アカデミー賞で作品賞、監督賞をはじめとする8部門で受賞。ほかの主な作品に「ザ・ビーチ」(2000年)、「28日後…」(02年)、「サンシャイン2057」(07年)、「127時間」(10年)、「トランス」(13年)など。11年にはロイヤル・ナショナル・シアターで「フランケンシュタイン」を演出。また、12年にはロンドン五輪の開会式の演出を担当した。
 (インタビュー・文:りんたいこ)

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