80年代初頭にソ連(現・ロシア)で実際にあった「フェアウェル事件」。東西冷戦時代、KGB(ソ連国家保安委員会)の幹部グレゴリエフ大佐が、KGBの諜報(ちょうほう)活動に関する極秘情報を“西側”のフランスに受け渡し、それが後のソ連崩壊につながったとされるスパイ事件だ。KGBの職に就く男が、なぜ祖国を裏切るようなことをしたのか。情報はどのようにフランスへ渡り、アメリカを動かしていったのか。さらに、グレゴリエフはどのような末路をたどったのか。それらを静かなタッチでつづった映画「フェアウェル さらば、哀しみのスパイ」(クリスチャン・カリオン監督)が7月31日から公開されている。
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グレゴリエフは、「007」シリーズのジェームズ・ボンドや、「ミッション:インポッシブル」シリーズのイーサン・ハントのようなカッコいいスパイではない。地味で、家庭ではよき夫、よき父親であろうとする普通の男だ。彼から情報を受け取るソ連在住のフランスの家電メーカー技師のピエールにしても、自分がスパイ活動の片棒を担いでいることに舞い上がってしまうような“素人”だ。そんな2人の間に芽生える奇妙な友情を描き出すことで、スパイ映画には通常登場しない人間的な側面を表すことに成功した。
脚本も担当したカリオン監督は、前作「戦場のアリア」(05年)でも史実を描いた。主人公のグレゴリエフを演じるのは、「アンダーグラウンド」(95年)や「黒猫・白猫」(98年)などの監督で知られるエミール・クストリッツァさん。「祖国の裏切り者」のレッテルを張られた人物を演じることに対して政府からの圧力を恐れ、2人のロシア人俳優が降板。代わってキャスティングされたのがクストリッツァさんだ。また、ピエールは、「戦場のアリア」にも出演したギヨーム・カネさんが演じている。
スパイ映画としてサスペンスを求めるもよし、ヒューマン作品として感動を求めるもよし。いずれにせよ、堅実で良質の作品であることに変わりはない。シネマライズ(東京都渋谷区)ほか全国で順次公開中。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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