鴻上尚史:「恋愛戯曲」で監督 理念と現実のはざまで苦しむテレビ局が舞台 結末は痛快

自身が手がけた戯曲「恋愛戯曲」を自ら映画化した鴻上尚史監督
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自身が手がけた戯曲「恋愛戯曲」を自ら映画化した鴻上尚史監督

 劇作家や舞台演出家として知られる鴻上尚史さんが、深田恭子さんと椎名桔平さんを主役に迎え、初めて自身の戯曲を映画化した「恋愛戯曲 私と恋におちてください。」が、全国公開中だ。深田さん演じるスランプに陥った人気脚本家・谷山真由美が、ダメ社員のレッテルを張られた、椎名さん演じるテレビ局の制作プロデューサー・向井正也に「私と恋に落ちてほしい」と頼み込み、その体験を、新作ドラマのシナリオに反映させようとするコミカルな恋愛劇だ。作品に込めた思いなどを鴻上監督に聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 −−深田さんが演じるヒロインが魅力的ですね。

 これは、「恋愛戯曲」というタイトルだけど、仕事の話でもあります。僕らは第1、第2、第3階層と呼んでいますが、最初の(谷山真由美が脚本を書こうと苦労しているの)が第1階層、(谷山の想像の中で)主婦が出てくるのが第2階層、そして、(その主婦が書くシナリオの)ゴージャスな世界が第3階層。第1階層は仕事、第2階層は生活、第3階層は恋愛がテーマの世界なんですけど、仕事と恋愛と生活のバランスをうまくとれている人はそうはいないんじゃないかという思いが僕の中にあって、ヒロインの谷山は三つのバランスをなんとか探ろうとしながら、希望を見いだそうとあがいている。その姿が、現代を生きている僕らの身代わりのように映り、魅力的に見えるのだと思います。

 −−ご自身と谷山が重なる部分は?

 作家は、多かれ少なかれ自分の体験を基に作品を書いていると思っています。谷山のように全部を経験しないと(物語を)書けないというのは極端にしても、僕も彼女と似ている部分はあります。もともと今回のお話も舞台版として発案するときに、書けない自分に刺激を与えてくれる事実を求める作家と、その事実を提供できないプロデューサーの関係は面白いと思ったのが出発点。ただ、もしこれを男の作家にしてしまうと、それ、君でしょうという突っ込みが入る可能性があったので(笑い)、あえて最初から女流作家と男のプロデューサーという形にしました。

 −−そもそもご自身の戯曲の中からこの作品を映像化した理由は?

 01年に(初演)舞台を永作博美さんと筒井道隆くんのコンビでやったときに、映画「トリック」の堤幸彦監督が見に来てくれて、彼から「これを映画にしたら三つのレベルすべての風景を変えられて面白いじゃない」と言われ、なるほどと思ったんですね。それがずっと記憶に残っていて、その1、2年後くらいにプロデューサーから、「(鴻上監督が)しばらく映画を撮ってないけど、何か企画ないの?」と持ちかけられ、「そういえば1本あります」と答えたのが始まりです。

 −−谷山が書くドラマのスポンサーが大手化粧品メーカーで、その宣伝部長を演じているのが中村雅俊さんです。中村さん起用の理由は?

 以前、僕が作・演出した芝居「僕たちの好きだった革命」で主役をやっていただいたんです。その芝居は、それこそ堤監督の企画で、「鴻上さん、こんな話があるんだけど書いてくれない」と言われたものなんですけど、おかげさまでそのお芝居は好評で、それを見た某映画会社の社長が「映画化しよう」と言ってくれて、堤監督も含めみんなで盛り上がったんです。でも、ちょうど堤監督が映画「20世紀少年」の三部作を撮っているときで、どんどんスケジュールが押してしまい、しかもそのうち、その某映画会社の業績悪化で企画そのものが飛んでしまった。でも、こっちは頭の中で、映画の全国公開と芝居の再演を同時期にぶつけようと考えていたんです。映画化の話がなくなり、だけど堤監督とは「この企画、僕はつぶしませんからね、頑張りますからね」と話していて、いまも持ち歩いているんですけど、ともかく雅俊さんに「映画を撮ったら出てくれます?」と持ちかけたら、「何か役あるの?」と言われ、「ありますあります、いちばんエラそうな役が」と(笑い)。で、偶然にも、その宣伝部長が中村という名前で、たったそれだけのことで「出てください」とお願いしました。

 −−70年代に放送された、中村さん主演の青春ドラマの名作「俺たちの旅」の主人公“カースケ”が、大会社のおエライさんになるとあんなふうになるのかなと想像して懐かしかったです。

 あの役は、本当におおらかに見てほしいんですね。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、終盤に、その宣伝部長の横に付いている女性は、実は彼の愛人という設定なんですよ(笑い)。

 −−この映画は、テレビ局の内幕を描いているようにも思えます。

 もともとテレビ局には、もの作りの過程において、制作、編成、営業による三つどもえがあるような予感がありました。それで、物語を考えるときに、東京のテレビ局3社を回って話を聞いたら、ほぼ3局ともが同じことを言った。つまり、営業の人はモノ作りの現場に就けなかったことに対するちょっとした挫折感と、半面、この会社を支えているのはおれたちなんだというプライドがある。編成は、どこの局に行ってもブランドもののスーツを着て、いわゆるテレビ局のおしゃれなイメージは彼らによって作られているんだけど、彼らは彼らなりにもの作りの人間を統括しているのはおれたちだ、みたいなプライドがある。そして、制作はいちばん子どもっぽいというか、雑然としていて、でもいちばん生き生きとやっていて、最もテレビ局全体のことを考えていない(笑い)。それに対して営業はふざけんなと思っているし、ふざんけんなというような野蛮なことを編成は少しも言わないで、困りましたねと思っている。そういう関係性が見られたんです。

 −−テレビ局の視聴率主義への批判も感じられます。

 おそらくみなさん、これを見てビックリするんじゃないでしょうか。(台)本ができないとテレビ局ってここまでやるんだと。でもテレビ局の人にとってはそれは当たり前のこと。彼らが当たり前と思っていることを、それを知らない人が驚くというところが、ある種、複雑な構造ですよね。

 −−描くことに抵抗は?

 どんなものにも、もの作りとビジネスの葛藤(かっとう)はあります。例えば、パン屋さんでも消費者に安全なものを届けたいという思いと、原価率を計算したら、オーガニックの小麦粉は使えない、みたいな、理念と現実のギャップはあると思うんですね。同じように、ある種の理想を求めながらも番組に穴が開いたら終わりなわけだし、特に、資本主義の最先端にいるテレビ局では巨額なお金が動くわけだから、もの作りにおける理念と現実のギャップ、その戦いに、どれが正しいということはないと思うんです。そうした、やっかいな理念と現実の苦しみの中でどうやって生きていくかという、勇気というのも変なんだけど、理念と現実のはざまで苦しんでいる人がいるんだと見ることで、自分も負けないようにしよう、と思ってもらえるといいですね。

 −−映画の結末は痛快で、06年に再演された戯曲とは違います。

 戯曲のほうは“苦い”結末です。ただ今回は、全国公開のメジャー作品を作りたかった。僕はこれまで、映画では単館系の作品をメーンに作ってきましたが、これからは映画監督のキャリアも積み上げていきたいと思っています。そのためにも、全国規模の作品で実績を作っておきたかった。ですから今回は、(大衆向けの物語ではない)戯曲とは違う結末にしました。

 −−ということは、再演版の戯曲を見た人にもこの映画は楽しめますね。

 新鮮に映ると思います。演劇を見ている人は、50%ぐらい印象が違うんじゃないかな。逆にびっくりするかも。だからこそこれを、映画版「恋愛戯曲」として楽しんでもらえると思います。

 −−最後にメッセージをお願いします。

 恋愛、仕事、生活において、バランスのとり方が分からないという人に、もちろん答えはないけれど、なんらかの元気とかエネルギーを与えられる作品になれたらいいですね。

 <プロフィル>

 1958年愛媛県出身。早稲田大学法学部卒業。81年に劇団「第三舞台」を結成。以降、作・演出を手掛ける。「朝日のような夕日をつれて」(87年)で紀伊國屋演劇賞など受賞歴多数。01年の「ファントム・ペイン」で第三舞台は10年間の活動封印期間に入り、現在はKOKAMI@network、08年に旗揚げした若手俳優を集めての「虚構の劇団」での作・演出を中心に行っている。映画監督作に「ジュリエットゲーム」(89年)、「ボクが病気になった理由」(90年)などがある。初めてハマったポップカルチャーは、音楽では、ザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」。マンガでは本宮ひろ志さんの「男一匹ガキ大将」。

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