大沢たかお:石原さとみと「風に立つライオン」語る「命のバトンを受け取ってくれたらうれしい」

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 歌手のさだまさしさんが1987年に発表した名曲を基にした小説を映画化した「風に立つライオン」(三池崇史監督)が全国で公開中だ。今作は、同曲にほれ込んだ俳優の大沢たかおさんが小説化、映画化を熱望したことで、2013年にさださんが同名小説を発表し、今回の映画化が実現。長崎の大学病院からケニアの熱帯医学研究所に派遣された医師が心に傷を負った元少年兵と出会ったことで、医師としての生き方を見つめ直す姿が描かれている。大沢さんが医師・島田航一郎役で主演を務め、ケニアの現場で航一郎を支える看護師・草野和歌子役で石原さとみさん、航一郎が日本に残してきた恋人・秋島貴子役として真木よう子さんらが出演。大沢さんと石原さんにケニアでのロケの様子や初共演で互いの印象などについて聞いた。

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 ◇ほかの役者が演じているのを見たくない(大沢)

 大沢さんが熱望したことで映画化が実現したが、大沢さんは「(さださんの)曲の魅力がすべての原動力だと思うし、(同曲には)時代を超えたいろんなメッセージを込められている」とさださんの曲の魅力を語る。そして、「曲のエネルギーが作品を育ててくれた原動力なので、そういう意味ではすべてだと感じます」と感謝する。一方、「以前、テレビ番組でこの曲の特集が放送されているのを見て、とても切なくてちょっと悲しい、すてきな歌詞だなと思っていた」という石原さん。出演が決まった時は「映画化されることは知っていましたが、まさか自分が出演できるなんて思ってもいなかったので、すごくうれしかったです。また三池組に参加できるのもすごくうれしかった」と笑顔を見せる。

 完成した映画を見た大沢さんは、「もし(航一郎を演じるのが)自分ではなかったら、すごく嫉妬して眠れなかったかもしれない(笑い)」と冗談交じりに語る。「去年の12月までまだ撮影していて、映画が出来上がって見たのが2月なので、一つ一つが自分の中ではクリアに刻まれている。手前みそですがすごい作品に出させてもらったなと」と続け、「俳優をやっていてこういう仕事に出合えてよかった」と力を込める。そして、「僕でよかったかどうかはお客さんが決めることだけれど、ほかの方が航一郎を演じているのを見たらこの仕事を続けられなかったかもしれないとさえ思った」と今作への思い入れを打ち明ける。

 大沢さんの発言をうなずきながら聞いていた石原さんは、「撮影を通じて(航一郎は)大沢さんしかいない」と感じ、「大沢さんとお仕事ができるのは光栄でうれしいのと同時に、自分もちゃんとしなくては、もっと勉強しなくてはというプレッシャーもあり身が引き締まる思いでした」と振り返る。

 ◇ロケ地・ケニアの空気を感じなら演技

 大沢さんが演じるのは、ケニアの過酷な医療環境の中で患者たちと真っすぐ向き合う医師・島田航一郎。「ケニアでは演じるというより、島田航一郎として生きることが大事だと思った」と切り出し、「現場まで、さださんの曲を聴きながら通い、着いたら出演している子どもたちとせりふのトーンなどは気にせず本当の気持ちで話しました」と当時の状況を説明。「彼らと楽しい雰囲気を作り出す場面であれば自分も思いきり楽しんで体験するといったような気持ちで撮影し、帰り道にもまた曲を聴き、ホテルでは小説版を読む。そうやって航一郎として生きることを必死で心がけました」と役と向き合ったといい、「通常の演技のフォーマットとは違うので自分にとって挑戦だった」と力を込める。

 航一郎を支える看護師・草野和歌子を演じる石原さんは「和歌子像は原作を読んで、イメージしやすくなった」と話し、「ケニアに行く前、和歌子の人物像や航一郎との関係性や心情など、三池監督にたくさん質問してしまった」と笑顔で語る。しかし三池監督からは「ケニアに行ったら大丈夫。大沢さんに会ったら分かる」とだけ言われたと明かし、「実際に行ったら本当にその通りで、ケニアの風を感じながら航一郎のそばで生きていると、気になっていたことすら忘れてしまったというか、現場で感じるままに和歌子を演じられた」と撮影現場での独特の空気感が演技の後押しをしたと振り返る。

 ◇人柄や取り組む姿勢を互いに絶賛

 共演してみて、互いの印象は「石原さんは今すごく活躍されている方だという印象を持っていた」と大沢さん。続けて、「僕はすでにケニアのロケが始まっていたのでスタッフとも関係が深くなっているけど、石原さんは途中からで大変だったと思う」と石原さんの心情を理解し、「本人は隠しているつもりだろうけど、クランクインした時はめちゃくちゃ緊張しているのが分かった」と話す。その理由を「よりによって最初が事前に多く話し合わなければならないオペのシーンで、『こうした話し合いを毎日やるのかな』と戸惑ったと思う」と切り出し、「石原さんが参加初日にもかかわらず監督や僕、医療指導の方の前に原作を持ってきて、ここがこうだから自分はこう感じるとはっきりと意見を出し、すでに準備ができていてトップギアで臨んでいることがよく分かったと思う」と撮影姿勢を表現する。

 石原さんも「途中参加だったのでアウェーな感じがあるかなと思い、緊張していました」と同意し、「最初にさらっと名前を紹介されただけですぐに撮影に入りました。余計なことを考えている余裕もなくとにかく必死でした」と振り返る。大沢さんについては、「ものすごくタフで生命力あふれる方。ケニアという地でこんなに頼れる人はいないと思いました」と印象を語り、「お話ししていてもいつも楽しませてくださり、私は英語でコミュニケーションをとるのに必死でしたが、大沢さんは子どもたちともすぐに仲良くなってしまう」とうらやましがる。

 続けて、「大沢さんがいなくなると子どもたちの笑顔も少なくなるし、大沢さんがいない現場はどこか寂しかったですね」と打ち明ける。「和歌子も途中から病院に来て、航一郎さんがいなくなったり、現れたりするところが、自分自身の気持ちともリンクしていた」と自身と役柄を重ね合わせ、「そのことも私がケニアでちゃんと生きていたという実感につながり、とても大沢さんを尊敬しています。ぜひまた共演させていただける機会があったらうれしいです」と目を輝かせる。

 ◇過酷だが楽しさもあった撮影現場

 大沢さんが話していたオペのシーンについて、石原さんは「最初のシーンを撮った翌日もオペシーンの続きだったのですが、カットがかかった時に大沢さんがほほ笑んでくださった」と切り出し、「大沢さんも私もマスクをしているので目で表情をうかがうしかないのですが、褒めてくれたと解釈して喜んでいた」と言って笑う。事態を察した大沢さんも笑いながら、「実は手術道具の渡し方が逆だったのだけど、カットがかかった瞬間にやり切ったみたいな感じですごくいい笑顔をしていた。だからつい笑ってしまった」と告白。石原さんは「勘違いでした(笑い)。本当は間違えていたことを知ってショックでしたが、そのことがきっかけで初めてたくさんお話ができ、撮影に入ったばかりで気を張っていた時期だったので救われました」と感謝する。

 ケニアでの撮影では「常に大量のハエとの戦いでいいシーンほど顔に止まる」ことが大変だったと話す石原さん。大沢さんが「僕にはそれほど止まっていないから、石原さんのうるおいがなせる業なのかも(笑い)」とちゃめっ気たっぷりに言うと、「たしかに保湿するとすぐに止まりました(笑い)」と石原さんも切り返し、息の合った様子をかもし出していた。ほかにも石原さんが「野外では砂ぼこりや竜巻のような風で中断しなければならない時もあった」と明かすと、「自然を相手にしている時や子どもたちとのシーンなど、予定を変更したことは、数え切れないほどたくさんある」と大沢さん。「彼らは役者ではないし、何が飛び出すか分からない。彼らと僕との距離感の中で自然に出てきたものからピックアップしていました」といい、「僕の腕にぶら下がってくる子がいるけど演出ではないんです。理由を聞くと裸足で歩いていると地面が熱いからと言っていた」と意外な撮影エピソードを披露した。

 ◇航一郎から力強い何かを受け取ってほしい(石原)

 今作に出演を通して、大沢さんは「子どもたちの中にはスラム街に住む子もいて、普段あまり食べ物を食べられないから、出される食事もうれしくて仕方がない。ペットボトルの水も普段は飲めないから、そこにいる子たちで分け合って飲もうとしていた」と現地の子どもたちの様子について語り、「そういう子たちと触れ合えたことで感じること、できたことがたくさんある。僕が役を演じているだけでは、きっと彼らは心を開いてくれなかったし、彼らがいたからこそ僕は航一郎として生きられたと思う」としみじみと実感する。

 一方、石原さんは「和歌子は自分の意思でアフリカに行き、航一郎と同じように、異国の地でも強い風の中に一人で立っている自立した女性。そういう生き方がすごくいとおしいと感じるようになった」と和歌子に共感する。さらに、「撮影中はただ必死でしたが、振り返ってみると、航一郎や和歌子の“無償の愛”は大切で必要なもの、純粋に貴いものだと感じました」と真摯(しんし)に語り、「和歌子としての日々について考えていたら自然と背筋が伸び、へこたれずに生きていこうと思えた」と真っすぐに前を見つめる。そして、「和歌子として航一郎を見ていた時、彼の生命力やキラキラしたものに触れてすごく温かい気持ちになるしパワーをもらえた」と続け、「でも航一郎が『ガンバレ』と叫んでいるシーンは、逆にすごく苦しくなったりもして不思議な気持ちでした。石原さとみとして、和歌子として両方で感じ取っているからかもしれない」と自身の気持ちを語る。

 大沢さんと石原さんの熱い思いが込められた今作。「この作品に参加させていただいて人生観が変わりました」と力を込める石原さんは、「大沢さんも航一郎も人を引きつける吸引力がすごく、本当に多くの人に影響を与えることができる方なんだろうと思います」と持論を語り、「完成した映画を見た後、自分が今生きていることに感謝し、へこたれないように生きていこうと思えた。壮大なケニアの自然や航一郎の生き方から皆さんにも力強い何かを受け取ってほしい」とメッセージを送る。

 大沢さんは「この映画に関しては、いくら自分の言葉で説明しても空回りしてしまうなと感じることがある」と打ち明け、「とにかく見ていただいて感じていただくことが一番。さださんの歌から始まり、小説になって、映画になった。最後に皆さんに届くことを願って頑張ってきましたので、命のバトンを受け取ってくれたらうれしい」と笑顔でアピールした。映画は14日からTOHOシネマズ日本橋(東京都中央区)ほか全国で公開。

 <大沢たかおさんのプロフィル>

 東京都出身。1987年にモデルとしてデビューし、94年にテレビドラマ「君といた夏」で俳優に転向。95年放送のドラマ「星の金貨」で注目を集め、同年、映画初出演を果たす。以降、テレビや舞台、映画などで活躍中。映画「解夏(げげ)」(2004年)では日本アカデミー賞優秀主演男優賞、「地下鉄(メトロ)に乗って」(06年)では日刊スポーツ映画大賞助演男優賞、日本アカデミー賞優秀助演男優賞などを受賞。主な映画出演作は「世界の中心で、愛をさけぶ」(04年)、「終の信託」(12年)、「ストロベリーナイト」「藁の楯」(13年)など。放送中のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」に出演中。

 <石原さとみさんのプロフィル>

 1986年12月24日生まれ、東京都出身。第27回ホリプロスカウトキャラバンでグランプリを受賞。2003年に映画「わたしのグランパ」に主演し本格的映画デビューを果たし、ブルーリボン賞、報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞などで新人賞を受賞。同年、NHK連続テレビ小説「てるてる家族」のヒロインに抜てきされる。以降、映画、ドラマ、舞台など幅広く活躍中。近年のドラマの出演作に「失恋ショコラティエ」(14年)、「ディア・シスター」(14年)など。2015年夏には出演した映画「進撃の巨人」(前後編2部作)の公開を控えている

(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)

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