プレスリリース詳細 https://kyodonewsprwire.jp/release/202602063710
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癌細胞は腹腔内環境を巧みに制御して播種を形成する
2026年2月2日
名古屋大学
岐阜大学
科学技術振興機構(JST)
卵巣癌の急速な腹膜播種形成のメカニズムを発見! ~癌細胞は腹腔内環境を巧みに制御して播種を形成する~
本研究のポイント
・卵巣癌は早期発見が極めて難しく、ほとんどの患者が腹膜播種(はしゅ)※1という腹腔内※2に転移を伴う進行期で診断される予後不良な癌である。腫瘍発生部位である卵管・卵巣から遊離した癌細胞が、腹水※3を介して腹膜へと到達することで腹膜播種を生じると考えられているが、その過程に関しては不明な点が多い。
・腹膜内は他の組織とは異なる細胞で構成されているが、腹膜中皮細胞※4が腹水中にも存在することをsingle-cell RNA sequencing解析※5を用いて明らかにした。腹水中に遊離した卵巣癌細胞は、中皮細胞と複合体スフェロイド※6を形成していることを最新の顕微鏡技術およびマウスモデルを用いて明らかにした。
・卵巣癌-中皮細胞スフェロイド(aggregated cancer-mesothelial spheroid: ACMS)の内部では、卵巣癌細胞から放出されるTGF-β1※7を中心としたシグナルにより、中皮細胞に劇的な変化が生じる一方で、卵巣癌自体には大きな変化が起きていないことを明らかにした。変化した中皮細胞はFascin-1※8などの浸潤に寄与するタンパクを発現して組織に積極的に浸潤し、卵巣癌はその経路を利用することで容易に腹膜播種を形成できることを示した。
・卵巣癌は自身が変化せずとも、腹腔内の中皮細胞の性質を巧みにコントロールすることによって、卵巣癌の特徴である短期間に急速な腹膜播種形成を引き起こせるメカニズムを解明した(図1)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602063710-O12-M6Au5Q83】
図1. 本研究の研究結果をまとめた図。原発である卵管・卵巣から脱落した卵巣癌細胞は即座に周囲の腹水中に存在する腹膜中皮細胞とスフェロイド(ACMS)形成を行い、腹水中で生存することが可能となる。このACMS形成を通して、卵巣癌細胞は主にTGF-β1刺激により腹膜中皮細胞の性質を劇的に変化させる。TGF-β1刺激を受けた中皮細胞は浸潤能が高くなり、組織へ積極的に浸潤する。卵巣癌細胞はその浸潤経路を辿っていくのみで、腹膜の至る所へ播種を形成することができると考えられる。
研究概要
名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学の宇野 枢(うの かなめ) 客員研究者(元:大学院生/名古屋大学・ルンド大学国際連携総合医学専攻Joint-Degree Program、現:ルンド大学post-doctoral fellow)、同大学医学部附属病院産科婦人科の吉原 雅人(よしはら まさと) 病院講師、同大学大学院医学系研究科産婦人科学の梶山 広明(かじやま ひろあき) 教授、腫瘍病理学の榎本 篤 (えのもと あつし)教授、岐阜大学大学院医学系研究科腫瘍病理学の富田 弘之 (とみた ひろゆき)准教授らの研究グループは、ルンド大学Division of Translational Cancer Research、トヨタ記念病院との共同研究で、卵巣癌-中皮細胞スフェロイドという腹水中の構造形成が、卵巣癌の特徴である急速な腹膜播種形成に重要となるメカニズムを発見しました。
本研究では、なぜ卵巣癌を早期発見することが難しいのかという臨床的疑問を、最新の遺伝学的解析と顕微鏡技術、マウスモデルを用いて検討しました。これまでは、発生部位である卵管・卵巣から腹腔内に脱落した卵巣癌細胞は、単独で腹水中に存在していると考えられていましたが、本研究では、豊富な臨床腹水検体を用いて、卵巣癌細胞が単独ではなく、複数の細胞が集合するスフェロイドという特徴的な構造で生存していることを示しました。またそのスフェロイドが、実際には卵巣癌細胞単独ではなく、腹腔内の最も重要な正常細胞の一つである中皮細胞とスフェロイドを形成していることを、最新の顕微鏡技術と特殊なマウスモデルを用いて明らかにしました。
この卵巣癌-中皮細胞スフェロイド(ACMS)は、卵巣癌単独のスフェロイドと比較して、腹腔内条件で生存率が高く、通常の抗癌剤に対しても抵抗性が高く、また腹膜表面への浸潤能が非常に高いことを、連続撮影で可視化することに成功しました。この卵巣癌-中皮細胞スフェロイド(ACMS)形成を通して、卵巣癌からのTGF-β1を中心としたシグナルにより、中皮細胞に劇的な変化が生じる一方で、卵巣癌自体には大きな変化が起きていないことを明らかにしました。卵巣癌にコントロールされた中皮細胞はFascin-1などの浸潤に関与するタンパク発現を増加させて組織に積極的に浸潤し、卵巣癌は中皮細胞が形成した経路を利用することで早期に、そして容易に腹膜播種を形成できることを明らかにしました。
この研究成果により、卵巣癌細胞と正常細胞との関わりの重要性が認識され、卵巣癌の早期播種形成のメカニズムの解明や新たな治療アプローチ再考の必要性、さらには卵巣癌再発のメカニズム解明につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年2月6日付(日本時間2月7日4時)で国際科学総合雑誌『Science Advances』に掲載されます。
1.背景
卵巣癌は、早期発見が非常に難しく、3ヵ月ごとの超音波検査や腫瘍マーカー採血検査を行ったとしても早期に診断することは困難であり、卵巣癌のスクリーニング方法は確立されていません。また、初期には症状が乏しいため、卵巣癌患者の約70%は、腹腔内に多量に播種病巣と腹水が存在する進行期で発見されます。そのため、卵巣癌はサイレントキラーとも呼ばれる最も予後の悪い婦人科癌です。これまで、卵巣癌がなぜ短期間に急速に腹腔内播種を形成できるのかは分かっていませんでした。
他癌種と比較して、卵巣癌は腹膜播種という特徴的な転移様式にて、お腹の中に多くの転移を形成します。これは、他癌種が血中やリンパ管を通して転移をきたすのとは異なり、腹腔内に脱落した卵巣癌細胞が、腹水中で生存し、その腹水を利用して腹腔内に生着することを指しています。また、過去の研究の多くは、腹水中の細胞成分を、他の組織と同様に扱っていたため、特殊な腹腔内環境を十分に説明できておらず、正確な細胞構成も明らかになっていませんでした。
本研究では、この腹水中に存在する卵巣癌細胞が、どのようにして腹水中で生存することができ、腹膜播種を早期に形成できるのかについて、多くの臨床検体と特殊なマウスモデルを、最新の顕微鏡技術と遺伝解析技術を用いて明らかにすることを目的としました。
2.研究成果
本研究では、下記の5つの点について最新の技術を用いて明らかにしました。
①. 卵巣癌は腹水中でスフェロイドという細胞集合体として生存していること。
②. 腹水中には中皮細胞が最も多く存在する間質細胞であること。
③. 卵巣癌細胞は中皮細胞と癌―中皮細胞スフェロイド(ACMS)を形成していること。
④. ACMSは卵巣癌単独のスフェロイドよりも非常に高い浸潤能を持っていること。
⑤. ACMS形成を通して、卵巣癌細胞は中皮細胞の性質を劇的に変化させることができ、変化した中皮細胞が高い浸潤能を獲得し、卵巣癌はその経路を辿るだけで播種形成を行うことができること。
以下ではそれぞれの内容について詳細に解説します。
①. 卵巣癌は腹水中でスフェロイドという細胞集合体として生存していること。
実際の患者さんの腹水検体の観察を通して、卵巣癌のほぼ99%はスフェロイドという細胞集塊を形成していることを確認しました。この構造は検体により多様な構造を示しており、単独の卵巣癌細胞はほぼ確認できませんでした(図2)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602063710-O6-v9ND9lab】
図2. 腹水中に存在する卵巣癌細胞の形態。ほぼ全ての細胞が細胞集塊であるスフェロイドという構造を形成している。大きさや形は検体によって多様である。スケールバー:50μm
②. 腹水中には中皮細胞が最も多く存在する間質細胞であること。
癌細胞スフェロイドの周囲には、単独の正常細胞が多く存在しています。その細胞構成を、病理学的な形態的評価と、single-cell RNA sequencing解析のデータを用いて、詳細に評価しました。その結果、これまで腹水中に多く存在するとされていた間質細胞である線維芽細胞(fibroblast)のほとんどが、実際には中皮細胞で形成されていることを明らかにしました(図3)。この結果は、過去の報告で線維芽細胞とされていた細胞の性質が、実は中皮細胞についての性質であった可能性を示唆しており、癌が発生する部位によって、構成細胞を入念に検討する必要があることを示しています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602063710-O7-V55V60pf】
図3. 原発(Primary)、播種(Metastatic)、リンパ節(Lymph Node)、腹水(Ascites)における正常間質細胞の分布をsingle-cell RNA sequencing解析で示した図。左図は線維芽細胞(Fibroblast)マーカー、中央は中皮細胞(Mesothelial cell)マーカーを発現する細胞を示す。腹水中の細胞は中皮細胞マーカーを多く発現していることを示している。右図は各細胞がそれぞれの組織で構成する細胞を示し、水色の中皮細胞(Mesothelial cells)が腹水(Ascites)の最も重要な間質細胞であることを示す。
③. 卵巣癌細胞は中皮細胞と癌―中皮細胞スフェロイド(ACMS)を形成していること。
スフェロイドの詳細な観察により、多くのスフェロイドでは、卵巣癌細胞のみではなく、中皮細胞様の細胞も卵巣癌スフェロイドに含まれていることが分かりました。この卵巣癌スフェロイドの構造を明らかにする目的で、内部まで立体的に観察できる最新の顕微鏡技術である多光子顕微鏡を用いてスフェロイド全体を観察した結果、60%以上の癌スフェロイドには中皮細胞が含まれていることを明らかにしました(図4)。また、この中皮細胞の割合は、抗癌剤使用後の検体で著明に増加していました(図5)。さらに中皮細胞を赤色に標識できるようにした特殊なマウスモデルを用いて行った実験でも、緑色に染色した癌細胞は、赤色の中皮細胞とスフェロイドを形成していることを明らかにしました。これらの結果を踏まえ、この卵巣癌細胞―中皮細胞スフェロイドを新たにAggregated Cancer-Mesothelial Spheroid (ACMS)と定義しました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602063710-O13-rb6l7XKI】
図4. 卵巣癌-中皮細胞スフェロイドの代表的な図。緑色は中皮細胞を標識するHBME1染色陽性の中皮細胞、赤色は癌細胞スフェロイドの全体像を示す染色。卵巣癌スフェロイドは、卵巣癌単独ではなく、中皮細胞が含まれていることを多光子顕微鏡という高度な顕微鏡で確認した。スケールバー:50μm
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602063710-O14-svKukJ75】
図5. 抗癌剤使用後の卵巣癌-中皮細胞スフェロイドの形態変化図。図4と比較して卵巣癌スフェロイドに占める中皮細胞の割合が増加しており、このようなスフェロイドは抗癌剤耐性を持っていることを示唆する所見である。スケールバー:50μm
④. ACMSは卵巣癌単独のスフェロイドよりも非常に高い浸潤能を持っていること。
続いて、なぜ卵巣癌細胞は中皮細胞とスフェロイドを形成する必要があるのかについての検討を行いました。その結果、癌細胞―中皮細胞スフェロイド(ACMS)は、卵巣癌細胞単独のスフェロイドと比較して、腹水中での生存率が高く、抗癌剤に対して抵抗性を持つこと、さらに周囲の組織への浸潤能が高いことが分かりました。ACMSからどのように他臓器へ浸潤を行うかを、継時的な撮影で詳細に観察したところ、常に中皮細胞が先に周囲へ浸潤し、卵巣癌細胞はその後を追うように、組織へ浸潤している所見を確認しました(図6)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602063710-O10-YRe4ZwzT】
図6. 卵巣癌―中皮細胞スフェロイド(ACMS)から中皮細胞が周囲の組織へ浸潤する図。卵巣癌細胞は緑色、中皮細胞は赤色に標識しています。左図は赤色の中皮細胞が周囲のコラーゲン組織へ積極的に浸潤し、緑色の卵巣癌細胞はその後ろを追ってくる所見を示す。右図は正常腹膜中皮細胞(青色)へ、スフェロイドを形成していた中皮細胞(赤色)が先に浸潤をしている所見である。緑色の卵巣癌細胞はまだ内部にとどまっているため、卵巣癌細胞単独のスフェロイドではほとんど浸潤を示さない。スケールバー:200μm
⑤. ACMS形成を通して、卵巣癌細胞は中皮細胞の性質を劇的に変化させることができ、変化した中皮細胞が高い浸潤能を獲得し、卵巣癌はその経路を辿るだけで播種形成を行うことができること。
卵巣癌細胞―中皮細胞スフェロイド(ACMS)内で、卵巣癌細胞と中皮細胞にどのような遺伝子発現の変化が起こっているのかを確認したところ、卵巣癌細胞での遺伝子発現変化はわずかであった一方で、中皮細胞には劇的な変化が起こっていることを確認しました。その中で、特にTGF-β1経路が上昇しており、その結果、中皮細胞での浸潤に寄与するタンパクであるFascin-1やMMP2/9などが上昇していることを確認しました。卵巣癌との接触を受けて、性質が大きく変わった中皮細胞は高い浸潤能を持つことを示しました(図7)。その結果、卵巣癌細胞はACMS形成を通して中皮細胞を巧みにコントロールし、転移の足掛かりを形成させ、卵巣癌細胞自身は大きく変化することなく、短期間に広範な腹膜播種を形成できることを示しました(図1)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602063710-O11-922rC788】
図7. 卵巣癌細胞とのスフェロイド形成を通して中皮細胞は遺伝子発現を劇的に変化させる(左図)。主な経路であるTGF-β1刺激により、浸潤に関与するスパイク状のinvadopodiaと呼ばれる構造が増加する(右図)。
3.今後の展開
本研究成果は、卵巣癌の本質に関わる部分を明らかにすることができたとともに、卵巣癌細胞―中皮細胞スフェロイド(ACMS)の強固な結合は、抗癌剤耐性の原因と考えられます。このACMSにおける治療抵抗性をさらに検討することで、今後の治療戦略や高い再発率のメカニズム解明の足掛かりになる可能性があります。また卵巣癌に対するカルボプラチン腹腔内投与が先日、日本で薬事承認・保険適用となり、日常臨床において腹腔内ポートを通じた腹水へのアクセスが可能となりました。腹腔内への薬剤投与に際して、経時的な腹水細胞診に加えてACMSの存在や質を評価することは、治療効果推定のバイオマーカーや治療抵抗性の鍵となる可能性があります。今後、腹腔内温熱化学療法(hyperthermic intraperitoneal chemotherapy: HIPEC)など、ACMSを標的とした補助治療により、上述したカルボプラチンなどの通常の抗癌剤の効果をより増強させることにより、腹膜播種の予後改善が見込まれます。また、腹膜播種をきたす他領域の癌種(胃癌、大腸癌、膵癌など)へも応用できる可能性があり、本研究をさらに発展させ、治療応用へ繋げていく予定です。
用語説明
※1)腹膜播種:腹膜を覆う腹膜表面へ広汎に腫瘍細胞が転移巣を形成する卵巣癌に特徴的な転移形態。
※2)腹腔内:いわゆる腹部と言われる領域で、腹膜に覆われ、腹部臓器が存在している空間のこと。胃などの消化器官や卵巣もこの空間に存在している。
※3)腹水:腹腔内に存在する液体のこと。正常でも潤滑剤として少量存在しているが、卵巣癌などの悪性腫瘍などでは著明に増加する。卵巣癌の初期症状として腹水が数 リットル溜まることによる腹部の違和感から受診する患者が多い。
※4)腹膜中皮細胞:腹膜全体の表面を覆う単層の上皮細胞。腹水中にも存在する。上皮細胞と間葉系細胞の性質を変化させることができ、強い炎症の際には、癌細胞のような形態を示す中皮細胞も存在する。
※5)single-cell RNA sequencing解析:細胞を一つ一つ分離して、その1細胞における遺伝子発現(RNA発現)を検査できる最先端の遺伝子解析技術。この方法により、これまでは、確認できなかった細胞成分を明確に分離できるようになった。
※6)スフェロイド:細胞同士が結合してある程度の塊を作った成分のこと。大きさは数細胞のものから数細胞が集合するものまで様々な大きさが存在する。
※7)TGF-β1:トランスフォーミング増殖因子-β1。上皮間葉転換に関わる代表的な因子であり、細胞の分化や増殖にも関与する。
※8) Fascin-1:細胞が周囲へ浸潤や移動をする時に、進行方向へ腕を伸ばすように構造を変化させる際に、その構造を束ねるように働くとされるタンパク質。これまで多くの癌細胞で浸潤に重要であるとされているが、正常細胞での働きは不明な点が多い。
論文情報
雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Mesothelial cells promote peritoneal invasion and metastasis of ascites-derived ovarian cancer cells through spheroid formation
著者:Kaname Uno, Masato Yoshihara, Yoshihiko Yamakita, Kazuhisa Kitami, Shohei Iyoshi, Mai Sugiyama, Yoshihiro Koya, Tomihiro Kanayama, Haruhito Sahara, Satoshi Nomura, Kazumasa Mogi, Emiri Miyamoto, Hiroki Fujimoto, Kosuke Yoshida, Satoshi Tamauchi, Akira Yokoi, Nobuhisa Yoshikawa, Kaoru Niimi, Yukihiro Shiraki, Jonas Sjölund, Hidenori Oguchi, Kristian Pietras, Atsushi Enomoto, Akihiro Nawa, Hiroyuki Tomita, Hiroaki Kajiyama
DOI: 10.1126/sciadv.adu5944
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