火曜の良純孝太郎:上野・寛永寺を訪問 “神格化”された家康の肖像画をテレビ初公開

6月9日放送の「日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎」の一場面=テレビ朝日提供
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6月9日放送の「日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎」の一場面=テレビ朝日提供

 石原良純さんと小泉孝太郎さんがMCを務め、世界遺産や秘境といった日本のさまざまな名所の素晴らしさを学ぶテレビ朝日系バラエティー番組「日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎」(火曜午後7時)。6月9日は「プラチナファミリー&火曜の良純孝太郎 合体SP」と題して放送し、東京・上野の寛永寺を訪れる。

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 今も徳川家の菩提寺として6人の将軍が眠る寛永寺は、江戸時代、東京ドーム21個分という広大な面積を誇る境内だった。しかし、1868年の上野戦争で諸堂の多くが焼失。明治12年、現在の場所に寺の本堂にあたる根本中堂が再建された。

 江戸時代から残る貴重なご本尊を参拝し、普段は非公開だという徳川家康の肖像画をテレビ初公開。描かれていたのは“神格化”された晩年の家康公の姿だった。家康は死後、寛永寺を創建した天海大僧正の提案により、東照大権現という特別な神としてまつられるようになったが、その背景を知った小泉さんは「寛永寺も含めてすべてはこの方(=家康)から始まったんですね。重みを感じる絵ですね」としみじみと語る。

 寛永寺では、普段は見ることができない徳川最後の将軍・徳川慶喜ゆかりの場所にも特別潜入。そこは、慶喜が大政奉還後に2カ月間、謹慎生活を送った葵の間だった。は江戸城での豪華な生活とは違い、僧侶と同じ精進料理を食べ、風呂もない質素な暮らしを送っていたことが明らかになる。

 さらに2人は上野公園内にある老舗レストランも訪問。上野は庶民が集まる一大行楽地となったが、明治政府によって上野公園という西洋式のテーマパークへと進化した。明治時代、不忍池周辺では競馬も行われ、上流階級の社交サロンとしての役割も果たしていたという。大スケールのイベント「内国勧業博覧会」開催時には日本初のエスカレーターやロープウエー、さらにウォーターシュートなどが設置されたと知り、小泉さんは「この時代にスゴくないですか!?」と上野の最先端ぶりに驚く。

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