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グスコーブドリの伝記:杉井ギサブロー監督×ますむらひろし対談「ブドリはネコじゃない」?

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「グスコーブドリの伝記」について語った杉井ギサブロー監督(左)とキャラクター原案のますむらひろしさん

 1933年に37歳という若さで亡くなった、詩人であり童話作家の宮沢賢治の作品はいまなお多くの人に愛され、とくに昨年の東日本大震災後は、岩手県出身ということもあり一層注目されている。その賢治が書いた「グスコーブドリの伝記」が、劇場版アニメ化され7日に封切られた。原作童話は、架空の森イーハトーブを舞台に、主人公ブドリが、厳しい自然と向き合いながら生きる姿を描いており、宮沢さん自身の農業体験などが反映されているといわれている。劇場版アニメ化したのは、85年に賢治の作品「銀河鉄道の夜」を手がけた日本のアニメ界の重鎮、杉井ギサブローさん。前作同様、「アタゴオル」シリーズで知られる漫画家のますむらひろしさんによるマンガ版をキャラクター原案とした。27年ぶりに再会した2人に、完成した作品について聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

 ◇杉井監督は鬼?

 −−杉井監督は5年前に製作を思い立ったそうですが、そのきっかけは?

 杉井ギサブロー監督(以下:杉井):5年前というと、ちょうど地球温暖化などの環境問題が浮上していた時期。一方で、 (宮沢)賢治は、すでに昭和7年(1932年)ごろ、この「グスコーブドリの伝記」で寒冷による飢きんを解決する話を書いていた。温暖化とは逆ですが、当時この二つが僕の中で調和したのです。

 −−この童話を、ますむらさんは83年にマンガ化しています。映画をご覧になってどんな感想を持たれていますか。

 ますむらひろしさん(以下:ますむら):ブドリがかわいそうだなあと思いました(笑い)。賢治がこのくらいで収めていたものを、杉井監督は、もっとかわいそうにしてしまった。僕がブドリがすごく幸せだったと思うシーン……イーハトーブ火山の山頂で、肥料をまき、雲が帯になって光るシーンがなくなっていて、それによってキツさが増したように感じました。

 杉井:いまの感想を聞いてドキっとしています(笑い)。その場面は意図的に取りましたが、ブドリを幸せにしたくないというのではないんですよ。僕が思うに、ブドリは人生の最初の段階でお父さん、お母さん、妹のネリという一番大事なものを失ってしまった。それによって、ある種の欠落感を抱えている。その欠落感みたいなものを、映画では強調したかったのです。

 −−ネリの扱いも原作とは違います。

 ますむら:鬼のような監督だと思いました(笑い)。なぜそこまでするのだろうと。ただ、モノを作るという意味では絶対こうでなければいけないという正解はないので、人それぞれの解釈でいいのだと思います。

 杉井:映画監督の立場でいわせてもらうと、映画とは例えばこれは7月公開ですが、その時期に映画として生きるかどうかという性質を持っている。ですから、息の長い、ますむらさんが描いたマンガや賢治の原作とは残り方が違います。映画は空気みたいなもの。観客が劇場で見て、1時間48分が終わり、エンドマークと同時に消える。つまり、人の脳裏に記憶の累積として残る芸術なのです。その時間の中で何を残すのかというのが僕ら(映像作家)の仕事。当然、どんな原作の映画化も、ある程度脚色しないと生きてこない。つまり、賢治の文学に沿って再現していくのは、僕の仕事ではないのです。

 −−ブドリをかわいそうな立場に置くのも、映画ならではの脚色であると?

 杉井:その方が、今の時代の空気になじむと思ったのです。そこには、これが、ブドリがよかったねという話ではなく、観客に対して、もうそろそろ自然と人間と科学のことをまじめに考えるべきではありませんかというメッセージを、より強調して伝えたいという意図があります。

 −−「銀河鉄道の夜」はセル画によるアニメーションでしたが、今回はコンピューターグラフィックス(CG)も取り入れました。

 杉井:今はもう、CGでなければアニメーションはできません。今回も、描いた絵を(パソコンに取り込み)CGで全部柔らかくしたり、深みを出したりしています。むしろ、「銀河鉄道の夜」のほうが生っぽく映るはずです。

 ◇ネコだからこそ描いた

 −−原作では丁寧に描かれているオリザ畑での農耕場面も、映画では短くまとめられています。

 杉井:賢治の作品がひと筋縄でいかないのは、1作作るのに何度も改稿を重ねていること。今作も、最初に「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」があり、次に「グスコンブドリの伝記」があり、最後に「グスコーブドリの伝記」にまとめたという経緯がある。この映画には、それらすべてを入れてあります。作品をよく知っている人が見ると、あれは「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」から取ったなと分かるはずです。

 −−反対に、映画を見て感心した場面はどこでしょう。

 ますむら:火山局の場面や、イーハトーブの街並みです。僕は、「グスコンブドリの伝記」を300ページかけて描きたかったんです。それくらいのページ数があれば、自分の気持ちを描けるからです。でも、これだけのすごい画像が流れれば、もう描く必要がなくなりました。

 −−今回は「銀河鉄道の夜」のときのような“ネコ騒動”は起きなかったのですか?

 杉井:作っている過程ではなかったですね。前回は大変でした。賢治が人間で書いた童話を、なぜ人間でやらないんだと。

 ますむら:賢治研究家の中に、ネコではダメだという人が極少数いたんですね。僕としては、人間をネコに描こうがキツネに描こうが、その向こうには人間がいるんだから何を騒いでいるんだろうと思っていましたが。

 杉井:そういう(反対派の)意見は、賢治の考え方とは反対ですからね。賢治自身は、物事はいろんな見方をすることがいいことなんだという思想を持っていました。僕は、ますむらさんのネコで描かれた「銀河鉄道の夜」がなかったら、映画にはしていませんからね。人間の子供だったら絶対に映画にしていません。

 −−ということは、ますむらさんは、前作「銀河鉄道の夜」と今回の「グスコーブドリの伝記」の第2の生みの親といえますね。

 ますむら:僕はもともと、賢治の童話を読んでネコを描いたんです。ですから、自分の中では、賢治にもらったものをお返ししたのがネコだったと思っています。もしあの世で賢治に何かいわれても、僕は彼を説得できますよ(笑い)。

 杉井:(賢治の弟の宮沢)清六さんはすごく喜んでくれましたよね。

 ますむら:ただ、映画の主人公がネコであったことが深く浸透して、ジョバンニ(「銀河鉄道の夜」の主人公)はネコだと思っている人が出たのは想像以上でした。ともあれ、繰り返しになりますが、ジョバンニがどんな形であれ、ブドリが犬であろうと、いわんとしたことが伝わればそれでいいのです。それにもともと「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」では、(主人公たちは)ばけものですからね。

 杉井:ブドリも、ネコの格好をしていますが実はネコじゃない。 

 ますむら:中に人が入っている。

 杉井:よく見るとチャックがあったりしてね(笑い)。

 <杉井ギサブロー監督のプロフィル>

 1940年生まれ、静岡県出身。58年東映動画に入社。「白蛇伝」(58年)、「少年猿飛佐助」(59年)、「西遊記」(60年)のアニメーターとして活躍後、61年、虫プロ創立に参加。テレビアニメ「鉄腕アトム」の作画・演出、「悟空の大冒険」「どろろ」の総監督などを担当。69年、田代敦巳氏らとグループ・タックを結成、「クレオパトラ」(70年)の原画や「哀しみのベラドンナ」(73年)のアニメーション監督を務める。74年、「ジャックと豆の木」で劇場用アニメ監督デビュー。85年、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をアニメ化し高い評価を得る。他の作品に、「源氏物語」(87年)、「あらしのよるに」(05年)、テレビアニメ「タッチ」「キャプテン翼」などがある。初めてはまったポップカルチャーは、ディズニーアニメ「バンビ」。

 <ますむらひろしさんのプロフィル>

 1952年生まれ、山形県出身。73年、「霧にむせぶ夜」が第5回手塚賞準入選作に選ばれ「週刊少年ジャンプ」でマンガ家デビュー。その後、雑誌「ガロ」で、ヒデヨシをはじめとするネコのキャラクターが登場する「アタゴオル」シリーズを連載し人気を集めた。宮沢賢治作品のマンガ化も多く、83年発表の「銀河鉄道の夜」は、杉井ギサブロー監督によって85年に劇場版アニメ化された。97年、「アタゴオル玉手箱」で日本漫画家協会大賞受賞。初めてはまったポップカルチャーはビートルズ。

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