日々ロック:入江悠監督に聞く「ここまで真っすぐでバカな映画はない」

最新作「日々ロック」について語った入江悠監督
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最新作「日々ロック」について語った入江悠監督

 売れないロックミュージシャンと凶暴なトップアイドルの物語を描いた「日々ロック」が公開中だ。「週刊ヤングジャンプ」(集英社)で連載中の榎屋克優(えのきや・かつまさ)さんの人気マンガが原作で、俳優の野村周平さん主演で実写化。野村さん演じる主人公の貧乏ロッカー・日々沼拓郎らの演奏シーンの熱気が見どころだ。メガホンをとった入江悠監督に、音楽映画やライブシーンへのこだわりなどを聞いた。

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 ◇オーディションでの野村周平の行動に驚く

 今作のオファーを受けた時、「こんな汗をダラダラかいて涙とか血とか出てくるマンガをメジャー映画でやるの!?」と思ったという入江監督。冒頭から激しい描写が押し寄せるが、「基本的に僕が見てきたメジャーな音楽映画は、イケメンでカッコいい」という印象だったが、「こんなにカッコ悪い主人公を描けるんだと。カッコ悪い主人公がすごく好き」と今作の主人公・日々沼への熱い思いを語る。

 ロッカーなのにヘタレという強烈な個性を持つ日々沼を演じる野村さんは、これまでのイメージを覆すような役柄だが、「オーディションで松竹の会議室で芝居を見ました。芝居だけど歌ってもらった」という。野村さんはオーディションで歌う際、「Tシャツをおもむろに脱いで上半身裸になり、普通の会社の会議室で歌いながら踊り狂っていた」と笑いながら明かす入江監督。「(野村さんは)普段はそんなやつじゃないですが、それだけバカになれるんだと思いました」と驚嘆しつつも、「僕らはシラーと見てたんですけどね(笑い)。すごく緊張してましたけど、それだけスイッチを入れられるんだと思い、お願いすることにしました」と起用理由を明かす。

 日々沼役に決定した野村さんに「彼はバンド経験がなかったので、撮影に入る前から何カ月もすごく練習をしてもらった」そうで、「ギターにボーカル、ステージングまですべて、本当に指から血が出るぐらい練習してもらった。そういうところからスタートしたので、撮影に入った時はかなりちゃんとした“売れないバンドマン”になっていた(笑い)」と猛練習の成果を認める。

 ◇バランスが取れたキャスティングに自信

 日々沼のバンド「ザ・ロックンロールブラザーズ」のメンバーとして、草壁まもる役を前野朋哉さん、依田明役をロックバンド「黒猫チェルシー」の岡本啓佑さんが演じている。前野さんについて「前野君は以前から知っていて、いつか一緒にやりたいと思っていた」と語り、「若手の俳優の中では断トツに(演技が)うまいので、面白キャラとしてぜひ、前野君にいてほしいなと思って、来てもらった」と明かす。

 一方、「ギターもベースもヘタという設定なので、ドラムしっかしていないと曲に戻ってこれないし、聴けない。ぶれてもドラムがいるという安心感が欲しかった」という理由から、「ドラムだけは俳優じゃなく本当のミュージシャンにやってほしい」と考えていた入江監督。今作が演技初挑戦となった岡本さんに対しては、「別に演技をしたいとは思っていないと思いますが(笑い)、訳も分からずやってくれました」と感謝するも、「初めてだし、多分二度とやらないと思います」と冗談めかし、「一生懸命にやっていて3人はすごくいいバランスでした」と手応えを感じたようだ。

 ◇ライブを通して成長する姿を描く

 原作について「がむしゃらさというか熱量をマンガで出せるのはすごい」と感じ、実写化にあたり「主人公が成長していく過程にライブがないといけないなということ」に注目した。「歌詞がちゃんとせりふとしてお客さんに届けられなければいけないので、脚本の段階からかなり考えて入れた」と力を込める。映画の中核を担うライブシーンでは「日々沼のむちゃくちゃさや熱気」が大事だと考え、「最初は誰に向けて歌っているのか分からないけど歌いたいから歌っているというのが、だんだんお客さんやあの子に届いてほしいというふうに変わっていくところ」が映像に反映されるよう撮影した。

 音楽映画とその他の映画の違いとして、「ライブをやったら成長しなきゃいけない」という点を挙げ、「彼らが変わっていく様だったり、人間的に大きくなっていく様というのをライブを通して見たいと思う」と意図を説明。撮影では「『このライブでここまで大きくなったから次はここを目指したい』というのを、一番考えながら撮っていたかもしれない」と振り返る。準備についても、「普通の映画だったら撮影場所を探して衣装を決めて、とやるのですが、今作はまずどういうバンドにするかというところからスタートし何カ月も練習させる」という違いがあり、「レコード会社がやっているような作業ですね」と笑顔で語る。

 楽器演奏は野村さんらが「全部やっている」といい、「普通の音楽映画と違って、その間にアクションが入ってきたりするので、ハプニングが起きたりする」と入江監督。続けて、クライマックスでいえば風で吹き飛ばされたりアンプが聴こえなくなったりするので、そのタイミングも全部合わせないといけない。普通に演奏して歌っていればいいというだけではない」と音楽映画ならではの難しさを語る。

 映画に登場する楽曲の数々を手がけるアーティストは、音楽プロデューサーのいしわたり淳治さんと相談しながら決めたという。個性あふれる歌詞については「マンガにも少しだけ書かれているけれど、それを基に僕が一回歌詞を書きました」と話し、「歌詞もせりふと一緒で、こういうことをここで歌ってほしいというのがある。それを書いて作曲してくれるバンドに作ってもらった」と楽曲作りの工程を説明。特にクライマックスで流れる「いっぱい」は歌詞を直前まで何度も書き直したといい、「一番最後に撮ったので、それまでに日々沼拓郎と宇田川咲(二階堂ふみさん)がやってきたことの集大成になってほしい」と思い、「物語とリンクして歌詞が聴こえるようにかなり練りました」と思い入れたっぷりな表情を浮かべる。

 ◇作品の持つエネルギーを感じてほしい

 音楽映画を数多く撮ってきた入江監督だが、「割とジャンル問わず聴いていて、ロックにヒップホップ、クラシックとなんでも好き」と普段は多彩な音楽に触れているという。そんな監督が初めてはまったポップカルチャーは「映画と音楽が両方同時にきた感じ」といい、「ハリウッド映画が僕の子供の時は全盛期で、『ターミネーター2』のエンドロールで流れる主題歌がガンズ・アンド・ローゼズで、両方同時に『すごい!』と思い、映画を見た後にCDを買いに行きました」と思い出話を披露した。

 今作を「こんなにエネルギーが詰まった映画はなかなかない」と表現し、「がむしゃらだったりむちゃくちゃだったり、ここまで真っすぐにバカなことをするというのはないと思う」とユーモアを交えて強調する。「ぼんやり見てもらってもいいですし、本当に音楽にかぶりついて見てもらってもいいですし、エネルギーを浴びてほしいと思います」と力を込めた。ちなみに、監督自身のバンド経験を聞くと「昔やってみようと思ったが、楽器の演奏に挫折した」と笑い、「ギターのコードを練習していて、『ちょっと待て。ステージに立って弾きたいか?」と考えたら、別にそうでもないなと思った」とエピソードを語る、大笑いしていた。映画は全国で公開中。

 <プロフィル>

 1979年生まれ、埼玉県出身。「SR サイタマノラッパー」でゆうばり国際ファンタスティック映画祭2009オフシアター・コンペティション部門グランプリなど数多くの賞を受賞。2009年、映画監督協会新人賞を受賞。シリーズ3作目「SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者」ではインディーズ映画として最大規模のフェス撮影で話題を呼んだ。テレビドラマやミュージックビデオなど活躍の場を広げる中、2015年には監督作「ジョーカーゲーム」の公開を控える。

 (インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)

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