遠くへ行きたい:きょう放送50周年 受け継がれる永六輔さんの教え 制作歴46年の番組P語る“テレビジョンのありかた”

「遠くへ行きたい」第1回放送のワンシーン=読売テレビ提供
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「遠くへ行きたい」第1回放送のワンシーン=読売テレビ提供

 1970年10月4日にスタートした旅番組「遠くへ行きたい」(読売テレビ・日本テレビ系)。「旅人のドキュメンタリーによる日本再発見」をコンセプトに、毎週一人の旅人が日本各地を旅する様子を描き、10月4日放送50周年を迎えた。当初は、故・永六輔さんが毎回旅をしていたといい、番組に46年間携わってきたテレビマンユニオンの土橋正道エグゼクティブプロデューサーは、「一番最初に永さんがおっしゃった考え方というのは、50年変わらずに番組の中に続いてきました」と話す。永さんとのエピソードや、50周年を迎えた思いを聞いた。

 ◇永六輔さんが植え付けた“礼節を守ること”

 46年前、アシスタントディレクターとして、「遠くへ行きたい」の制作に携わり始めたという土橋さん。土橋さんによると、1970年に開催された大阪万博の影響で、国鉄の利用客が急増したことを受けて行われた個人旅行を促すキャンペーン「ディスカバージャパン」の一環として、番組が企画されたという。

 「1960年代に、永さんが作詞、中村八大さんが作曲した歌謡曲『遠くへ行きたい』が非常にはやっていて。その歌の気分を旅の中に持ち込んで、しかも旅する人も永さんでやろうとなったと聞いています。半年間は永さん一人で毎週担当していた」と当時を振り返る。

 まだフィルムで撮影していた時代。テレビで取り上げられることは、非常に珍しがられていた。そんな中、永さんが番組での旅を始めるにあたって、スタッフと決めたことがあったという。

 「撮影というのは人の日常に踏み込んでいく邪魔者だけれども、お時間を少し貸していただいて協力してもらう。そのことについて、きちんと礼儀を尽くしなさいというのが、一番最初に永さんがおっしゃったこと。その考え方というのは、50年変わらずに番組の中に続いてきました」。

 たとえば、スタッフが地元の人に失礼なことをしてしまったら、永さんは現場から帰ってしまったこともあった。「『あなたたちのような無作法な人と仕事しません』といなくなっちゃう。そうやって我々は、若いうちに“テレビジョンの在り方”というものを強く植え付けられたということはあります」と振り返る。

 また、ときには、宿側から「宿泊費を無料にします」などの申し入れを受けることもあるが、基本的には必ず支払うという。番組スタート当初から一貫しているといい、「先輩たちや、自分たちのやってきたことが、いまだにつながっていることが、『遠くへ行きたい』の力の一つかなと思っています」と話す。永さんが最初に「きちんと筋を通してくれた」ことが、現在も受け継がれている。

 ◇番組の中に“おかしみ”を加えること

 “スター”である永さんからは「ずいぶん仕込まれた」。永さんは、旅の中であらかじめ決められたことをやるのは「絶対嫌」という人で、“台本”は永さんの頭の中にある。ロケバスや電車の中での会話を通して、永さんがこの旅でやりたいことを探っていくしかなかった。まだ携帯のない時代ということで、たくさんの10円玉を撮影に持っていき、永さんが会いたい人にあらかじめ電話をしておくが、永さんには隠れて電話をしていた。

 「あらかじめ約束していたことを知ると、永さんの気分が悪い。永さんに隠れて赤電話(公衆電話)を探して、『すみません、行くかもしれませんが、行けないかもしれません。だけどもし行きましたら、よろしくお願いします』と言っておくんです」

 というのも、永さんは、「旅の中に『おかしさ』や『面白さ』を付け加えたり、いわば『遊び心』がないと、人に楽しんでもらえる旅にならない」という考えの持ち主。そのため、突然行き先を変更することもしばしば。土橋さんは慌てて公衆電話を探し、「『すみません、今日ちょっと行けないことになりました』と。今みたいに携帯があれば、トイレで隠れて電話をしますが、それができない。もう非常にスリリングでした」。

 ◇日本そのものに、“くめどもつきぬ面白さ”

 現在も、番組では台本を用意しない。旅人には、事前に行きたい場所や、今の気分などを尋ねるアンケートに答えてもらい、必ず対面で1時間以上の打ち合わせを行い、旅に向かう。制作側がなにかを企画して、そこに旅人を当てはめるということはしない。番組開始当時からのコンセプト「旅人のドキュメンタリーによる日本再発見」を貫いているからだ。

 コンセプトは変わらないが、番組は“生きもの”。何回かの放送時間の変更や、時代とともに、フィルム、テープ、デジタルと、撮影方法も変化してきた。「1970年代の、世の中が騒然としていた激動の時代に(番組を)見る気分。それが過ぎて、高度経済成長の中で見る気分。バブルがはじけた後、見る気分。そういう視聴者の気分に寄り添いながら、番組がいろいろなうねりを持って、当時性に合わせていく。そういう変化を続けた結果、今に至っている」と話す。

 1970年、永さんが上野駅から出発した「遠くへ行きたい」という旅は、きょうで50周年。土橋さんは、「非常に感慨が深いというか、『思えば遠く来たもんだ』。そういう感じですよね」としみじみと話す。

 「日本そのものにくめどもつきぬ面白さというか、人々の暮らしの奥行き、奥深さがある。日本ほどどこに行っても楽しい場所ってないんですね。同じところに、別の旅人が、別の季節に行って、別の人に出会ったら、ちがう日本になるんですよ。そういう興味がずーっとつながって、『遠くへ行きたい』というものが今日につながっているんだと思います」。

 「遠くへ行きたい」は、読売テレビで毎週日曜午前7時、日本テレビで午前6時半ほか放送。10月4、11日の放送では、「50周年スペシャル! 懐かしきニッポン再発見!」と題して、前後編で50年を振り返る。

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