NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」(1987年)など多くのヒット作を手がけた脚本家のジェームス三木(本名:山下清泉=やました・きよもと=)さんが6月14日、肺炎のため東京都内の病院で亡くなった。享年91。6月19日に三木さんの公式サイトが更新され、訃報を伝えた。ドラマチックな人生に触れたことのある記者の証言を元に、その人柄を紹介する。
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三木さんは、1934年6月10日、旧満州(中国北東部)で生まれ、小学生の時に大阪府へ引き揚げた。高校時代に俳優座養成所の試験に合格して上京。だが、芽が出ずに2年で辞め、歌手の道へと進んだ。1955年に「ジェームス三木」を名乗ってデビュー。こちらも鳴かず飛ばずで、1967年、シナリオコンクールでの入選をきっかけに脚本家に転身した。1992年には、32年間連れ添った妻とドロ沼の離婚劇に発展。その際に妻が出版した暴露本の内容は、世間に衝撃を与えた。
三木さんの作品も人生と同様にドラマチックな展開が多い。1980年代、高視聴率をたたき出すヒットメーカーとして名をはせた三木さん。沢口靖子さんをヒロインに起用したNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「澪つくし」(1985年)では最高視聴率55.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区、以下同)をマークし、続く「独眼竜政宗」は大河ドラマ歴代1位となる平均視聴率39.7%を記録。27歳で主人公の伊達政宗を演じた渡辺謙さんの出世作にもなった。
「独眼竜政宗」はNHK BSで今年1月から再放送中で、6月23日午後6時には第25回「人質、めご」を放送する。同作について、SNSでは「骨太な脚本」「品格と人間臭さが自在」と高く評価する投稿が目立ち、時代を問わず、視聴者の心をつかんでいる。
三木さんは、大河ドラマを「独眼竜政宗」のほか、「八代将軍 吉宗」(1995年)、「葵 徳川三代」(2000年)の3作を手掛けた。
7年ほど前、三木さんと膝をつき合わせ、取材した記者は「輝かしい実績を残している大御所でありながら偉ぶるところがなく、名刺交換の瞬間から場を和ませるサービス精神旺盛な方だった」と当時の様子を振り返る。
「三木さんの名刺には、肩書きとして『脚本』『演出』の次に『喫煙』と記されていました。いただいてすぐに『喫煙も仕事なんですか』と笑いながら尋ねたところ、『これね、入れておくと、こっちから言わなくても灰皿を出してくれるんです』とにんまり。一気に緊張した空気感が変わりました」
続けて、「君はたばこは吸わないのか」と尋ねられたという記者は、長年愛煙していたものの、ひどく扁桃腺(へんとうせん)が腫(は)れたことを機にやめたのだと明かすと、「続けられなかったんですか? 根性がないねぇ~」と笑顔でダメ出しされたという。
「この時は、たばこを吸うと鼻毛が伸びるという都市伝説も引き合いに出して、『だからたばこを吸う人にハゲはいないんです。私もふさふさです』と笑わせた。引き出しに小ネタをたくさん持っているんでしょうね。クスッと笑わせる下ネタもお得意でした。どんなエピソードからも話を作るのがうまい。人の心を動かす作品を手掛ける脚本家は、雑談力も違うと感じました」
ユーモアたっぷりの大人の会話劇をもう少し見たかった。その願いは新作ではかなわないが、過去の作品でその希有(けう)な才能をしのびたい。(小川泰加/MANTAN)