矢野顕子:ソロデビュー50年 小6でジャズを初めて聴き「これが私のやりたいこと」 青山学院を目指して「死に物狂いで勉強した」 「徹子の部屋」で

7月16日放送の「徹子の部屋」に出演した矢野顕子さん=テレビ朝日提供
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7月16日放送の「徹子の部屋」に出演した矢野顕子さん=テレビ朝日提供

 ソロデビュー50年を迎えたシンガー・ソングライターの矢野顕子さんが、7月16日放送の黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演。3歳でピアノを始めてからの音楽活動について語った。

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 職業は何かと聞かれたらピアニストと答えていた。「一度もピアノを弾くことが嫌になったことがない」「ピアノを弾くことと自分が生きることは同じくらい密接だった」という。

 FM放送でジャズを初めて聴いたのが小学6年生のころ。「これが私のやりたいことだ」と感じた。父から青森に当時あったジャズバーなどに連れ出された。そこではミルクもコーヒーもあまり飲めなかったが、聴きたいレコードなどをリクエストした。「耳で覚えていくというか、このアンサンブルはこうだとか、こういう時にこのドラムはカッコいいとか、そういうのを全部耳で訓練していきました」と語る。

 当時、高校生が軽音楽部でジャズを演奏できるのは東京の青山学院くらいしかないと聞き、「死に物狂いで勉強しました」と振り返る。「私はプロになる、ピアノで身を立てる気満々というか、それしか考えていなかった」というが、周囲は誰もそこまで考えていなかった。それでも先輩たちがジャズ喫茶などに連れて行ってくれて、道が広がっていったと語る。

 60代になってから宇宙飛行士を目指したことも語った。デビュー50年の記念アルバムには「宇宙飛行士の野口総一さんと、そのご家族からお話を聞いて、そこから着想を得た曲も入っております」という。

 今は米ニューヨークに在住し、普段はほぼ自炊しているとか。「ほとんど老人食と呼ばれていますけれども、野菜をただ炊いたもの」などを作っている。「(調理を)手早くというのは私の得意技かも」と話し、日本ツアーの楽しみは各地の食事だという。「日本は、おいしいものがたくさんあります。日本で食べるものに勝るものはないと思っています」と思いをはせていた。

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