星守る犬:瀧本智行監督に聞く 「撮っても撮っても満足できないから撮り続ける」

「星守る犬」について語る瀧本智行監督
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「星守る犬」について語る瀧本智行監督

 「泣けた本ランキング」第1位、「読者が選ぶプラチナ本」第1位に輝くなどし、「とにかく泣ける」と評判の村上たかしさんのマンガ「星守る犬」(双葉社)が、「イキガミ」(08年)や「スープ・オペラ」(10年)で知られる瀧本智行監督によって実写映画化され、11日に封切られる。白骨死体で見つかった中年男性と犬のなきがら。市役所勤務の青年は、その男性が行く先々で触れ合った人々から話を聞くことで、その男性=“おとうさん”の旅路をひもといていく。“おとうさん”を演じるのはベテラン俳優の西田敏行さん。「僕自身も『星守る犬』」と話す瀧本監督に聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 村上さんによる原作マンガは、ハッピーと名づけられた犬が語り部となり、おとうさんとの旅の様子が描かれている。映画では、玉山鉄二さん演じる公務員・奥津京介を軸にしたロードムービーに仕立てた。「星守る犬」には“後日談”として「日輪草(ひまわりそう)」という短編があり、奥津はこちらに登場する。瀧本監督は原作を最初に読んだとき、その「日輪草」の方に気持ちが向き、「奥津がたどっていくロードムービーにしたいというのが(映画を作るときの)初期衝動だった」と話し、その理由を「奥津は小さいころ犬を飼っていて、愛情をきちんと注いでやれなかったことに忸怩(じくじ)たる思いがある。それが僕自身の経験と重なった」と振り返った。

 映画には原作同様、孤独死やリストラ、熟年離婚といった不幸なエピソードがちりばめられており、描き方を一歩間違えれば、観客を落ち込ませる危険性をはらんでいる。ところが完成した作品はそうはならず、むしろ観賞後にはささやかな希望を感じることができる。

 「前半の、西田さんとハッピーのたたずまいというんですかね、それが幸せに映っていればいいと思っていました」と瀧本監督は話す。その一方で、孤独死や格差といった、マスコミが生んだいわゆる「キャッチーな言葉」が独り歩きし、「その言葉のイメージにわれわれが圧倒され、忌み嫌うようになってしまい、それによって一人一人の人生をきちんと見つめられなくなっているのではないか」と現状を危惧する。そして、「そういう言葉がない時代のことを思えば、人は当たり前だけど孤独に死んでいくわけですし、人生、山もあれば谷もある。畳の上で死ぬほうがいいのかもしれないけれど、おとうさんのような(死に方をする)人にも幸せだった時代はあるわけで。人間の人生なんてそんなもの、と幅広く受け止めてもらえれば」と作品に込めた思いを説明する。

 映画で、おとうさんは“旅立ち”に際してある言葉をはく。その言葉は、瀧本監督がこれまでに語ってきた内容に反するものだ。その言葉を、なぜおとうさんに言わせたのか? 「実はあれ、台本にはなかったんです」と瀧本監督は打ち明ける。「西田さんとはずっと、死を目前にした人間のリアリティーみたいなものをどうすれば表現できるかを話し合っていました」。そして、撮影当日、雪の中で薄い衣装で寒そうにしている西田さんを見て、「言いますか」と切り出したという。「映画の表現としては結構際どいところなので、自分なりに迷ってはいた」が、その迷いを振り切っての決断だった。「それが成功か失敗かは分かりません」と瀧本監督は正直に語る。ただ、「劇場を出たとき、ああよかったともいかない話。それでも世の中は続いていく。そういうことを(観客に)思っていただけると、僕としてはやったかいがあったといえます」と心情を吐露する。

 瀧本監督は、最もこだわったシーンに、「奥津というキャラクターの転換点となる」弘前ねぷたまつりの場面を挙げた。「旅を続ける中でおとうさんという人間がだんだん見えてきたことと、自分自身の記憶がないまぜになり、混乱みたいなものを起こす。それを、幽玄なねぷたまつりに託したいというのと、日本映画の伝統としてロードムービーに祭りは必須」との思いが重なった。この場面も最初は台本になかったそうだが、実際のねぷたまつりで撮影し、さらにエキストラ600人、6台の山車の協力によって、「迫力のモブ(群衆)シーンができたと思います」と胸を張った。

 タイトルの「星守る犬」には「犬が決して手に入らない星をじっと見ている様子」から転じて、「高望みしている人」という意味がある。「僕自身も星守る犬。無力でちっぽけな人間。だけど人ってみんなそうだと思う。だからこそ生きることに価値があるんだということを、僕は、この映画の撮影を通して悟りました」と語る。瀧本監督にあえて「いまのあなたの夢は?」とたずねてみた。すると「映画を撮ること。撮り続けることです」という返答だった。「奥津のせりふに『望んでも望んでもかなわないから望み続ける、ただそれだけ。人はみな生きている限り、星守る犬だ』というのがあるんですけど、僕流に言うと、撮っても撮っても満足できないから撮り続ける、ただそれだけ。映画一本一本は当然ベストを尽くし、出来上がった作品に悔いはないけれど、完璧な映画というのはできないから、自分にとって完璧な映画を撮り続けること、それが僕の夢です」。そう静かに語った瀧本監督の顔は、一作品を撮り終えた後の充足感に満ちあふれていた。

 <プロフィル>

 1966年、京都府生まれ。フリーの助監督として降旗康男監督の「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)や高橋伴明監督の「光の雨」(01年)などに参加し、技術を磨く。05年、自らの脚本で監督デビューを果たした「樹の海」は、第25回「藤本賞・新人賞」に輝いた。監督としては07年「犯人に告ぐ」、08年に「イキガミ」(脚本も担当)、10年に「スープ・オペラ」のメガホンをとる。社会派からヒューマンドラマまで守備範囲は広い。初めてハマった日本のポップカルチャーは「ウルトラセブン」の最終回。「セブンがアンヌ隊員に、自分がウルトラセブンであると告白する回なんですが、あかね色の、恐ろしいような色合いの夕景に、子どもながらも作家性を感じましたし、人生を見たような気がしました」という。

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