美容と健康への意識が人一倍高いタレントとして知られる長谷川理恵さんは、00年にテレビ番組の企画でホノルルマラソンに参加して以来、数々のマラソン大会に出場し、記録を伸ばし続けている。3月には、国際大会の選考会である「名古屋国際女子マラソン」を継承する「名古屋ウィメンズマラソン 2012」にオフィシャルサポーターとして参加し、プロ選手や一般ランナー約1万5000人とともにフルマラソンを完走した。走ることは「生活の一部ですね。走らないとやっぱり物足りないし、走ることによって自分のバランスを保つことができる」と語る長谷川さんに、ライフスタイルの一部としてのマラソンにのめり込んだ理由、生活上でのこだわりを聞いた。(毎日新聞デジタル)
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マラソンを始めた直接のきっかけとなったのはホノルルマラソンへの参加だが、マラソン経験はもちろん、運動の経験もあまりなかったという長谷川さんがチャレンジすることを決めたのは意外にも「ハワイだったからできるかな」という軽い気持ちだったという。「実は、ホノルルでフルマラソンをやっていることも、マラソンの距離が42.195キロだということも、当時知らなかった」と笑う。コーチと決めた「タイム4時間を切る」という目標設定も大変さが想像できなかったといい、「衝撃的でしたね。あれ以上苦しいレースはない。ここまで行くと危ないというのが分からない。知らないから、怖いところまで自分を追い込んでしまったんです」と振り返った。
初マラソンがそんなにつらかったのに、なぜその後も続けたのか。「そのときの記録が3時間59分。頑張った分の達成感がものすごくて、つらさ以上の喜びがあったので、そのことに感動したんです。日常生活でも、それ以上のものがなかなかなかった。またすぐ来年も走ってみようかなと思ってのめり込んでいったんです」と力を込める。そして「翌年からいきなり目標が3時間半になって、でもそれも達成できたんですよね。そこからどんどん面白くなってきてしまった。3時間15分を切ると、東京国際女子マラソンに出場できるので、走ることばっかり考えていました」と明かした。
そんな長谷川さんが普段いつも持ち歩いているものは、ナイキの多機能のスポーツウオッチ。「今のはGPS機能とかいろいろあってすごいんです。マラソンをするときはいつも着けています」といい、「自分の走った記録を、パソコンにつないでデータを保存することもできる。そのときの調子と今の調子を比べることができるんです。また、時計なので、軽い方がいいですね。デザインも機能性も重視しています」とプロランナーのようなこだわりを語った。一方で、練習で着るウエアは気分が上がる色を選ぶといい、「好きなのはピンクと紫。暗い色より明るめの色を選んで着ています。スピード練習の時みたいに気合を入れなきゃいけないときは、ラッキーカラーのターコイズブルーを取り入れたり、割と気分で選んでます」とファッションも楽しんでいる様子。
食事に対するこだわりを聞くと「自分に必要な栄養素を取り入れます。もちろん野菜も果物も食べるんですけれど、最近は、香港で飲んだ温かい豆乳が好きになりました。家でも温めて朝飲むようにしたら、すごく肌の調子がよくなった」と独自の美容法を披露。ちょっと練習や仕事がハードになったときの解決法は「鶏がらごと煮込んで作る薬膳チキンスープを飲むと元気になります」と栄養の知識も豊富な長谷川さん。マラソン大会の朝の食事は縁起を担いでいるといい、「食べるものは決まっていますね。バナナとカステラは必ず食べます。あと前日にはお赤飯。これは私のマラソンの師匠に伝授されました」とちゃめっ気たっぷりに答えていた。
次回は、長谷川さんにとって重要な存在となったマラソンについて聞く。
<プロフィル>
はせがわ・りえ。73年12月1日生まれ、神奈川県出身。93年、ファッション誌「CanCam」(小学館)で読者モデルとして初登場し、その後「Oggi」などファッション誌の人気モデルとして活躍。00年にテレビ番組の企画でホノルルマラソンに参加して以来、数々の大会に出場している。自己ベストタイムは3時間15分36秒。趣味はマラソン、サーフィン、料理。ベジタブル&フルーツマイスターの資格を持ち、農業に携わったり、ベジフルティーチャーとして小学校に出向き、食の大切さを伝える活動もしている。11年5月にはトライアスロンに初挑戦、12年3月には女性のみが参加できる「名古屋ウィメンズマラソン 2012」にも参加した。