ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が、6月30日に米クラウドゲーム会社のGaikai(ガイカイ)を約3億8000万ドル(約300億円)で買収した。ネットがあれば端末を問わず気軽にゲームを楽しめるクラウドゲーム事業に、プレイステーション3をはじめとした家庭用ゲーム機事業を手がけるソニーが本格参入することで、ゲーム業界は新たな局面を迎えたと言えそうだ。
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「最新ゲームの中には、ダウンロードで30時間以上かかるものもある。これがGaikaiなら、数分でプレーできるようになる」。Gaikaiのデイビッド・ペリーCEO(最高経営責任者)は、6月に米ロサンゼルスで開催されたゲーム見本市「エレクトロニック・エンターテインメント・エキスポ(E3)」でクラウドゲームの優位性を強調した。
08年に設立され、日本語で「外海」を意味するGaikaiは、PC、スマートフォン、タブレットなど、さまざまな機器を対象にゲームをストリーミング配信する事業を展開している。消費者はサーバー上で起動するゲームの画像や音声データのみをインターネット経由でやりとりするため、高価なゲーム機がなくても、自分が所有する端末で最新のゲームがプレーできるのが強みだ。米エレクトロニック・アーツ、KONAMIをはじめ、ゲームメーカー約40社と提携し、「マスエフェクト3」や「アサシンクリード ブラザーフッド」などの人気タイトルを欧米圏で配信している。
こうしたクラウドゲームは再生端末を選ばないため、任天堂やソニーなどゲーム機メーカーがこれまで築き上げてきたビジネスモデルを根本から覆してしまう可能性がある。さらに現在、携帯電話やPCで遊べるソーシャルゲームが普及するなど、家庭用ゲーム機以外のゲームビジネスも市場が拡大し、結果として競争が厳しくなっている。実際、ソニーが期待をかけた携帯ゲーム機「PSVita」の販売も好調とはいえず、先行きが不透明だ。
ゲームソフトの開発コストも急増しており、欧米の大手ゲーム会社の中では、既存流通より利幅が高く、中古市場の影響を受けにくいダウンロード販売などのインターネット流通に力を入れる動きが強まっている。クラウドゲームについても「新しい販売チャネルの一つ」という位置づけで、販売時期をずらしての配信が主流だ。Gaikaiに続いて09年に設立された「オンライブ」も、ゲームメーカーや端末メーカー約50社と提携を結んでおり、両社がけん引する形でクラウドゲーム市場が拡大している。
こうした中で今回の買収劇は、SCEがゲーム機メーカーとして初めて、クラウドゲームに取り組む姿勢を強くアピールした。またクラウドゲームは、各社が悩む海賊版対策にも有効で、現在市場が急速に広がっている新興諸国向けのビジネスにも有効だ。さらに今後はゲーム機に限らず、ソニーが自社のスマートテレビやスマートフォン、タブレット向けに、これまでのソフト資産であるプレイステーション向けゲームを配信する選択肢も手に入れた。
SCE出身であるソニーの平井一夫社長は、プレイステーションのビジネスで培ったソフトウエアとハードウエアをネットワークで結ぶビジネスモデルを、ソニーグループに応用する姿勢を打ち出している。今後ゲーム機を買い替えなくても、ソニー製の端末だけで常に最新ゲームが遊べるようになれば高い競争力を持つことになるだろう。
一方で、課題も存在する。クラウドゲームには高品質なブロードバンド環境と、大規模なデータセンターの設立が必須になる点だ。Gaikaiは欧米に続いて、近く韓国でも展開予定だが、現段階では回線品質にムラがあり、日本でのサービスも未定となっている。世界規模でのサービス拡大には、大規模な設備投資や事業提携といった自社での取り組みに加え、各国、各地域のブロードバンド環境という外的要因が大きな影響を与える。あくまでも環境の整った一部の先進国向けのサービスにとどまっているのが現状だ。
さらに、ソニー側の問題として、入り組んだ提携構造もネックになりそうだ。ソニーが検索サービス大手のグーグルと提携して進める「グーグルテレビ」は、Gaikaiのライバル「オンライブ」と提携しており、7月には米国で対応端末の発売も予定されている。また、Gaikai側もLG電子、サムスンともスマートテレビ向けゲーム配信で提携しており、買収の効果を最大限に発揮するには、この入り組んだ構造を早急に整理する必要があるだろう。
最後にPS3の完成後から開発に着手しているとされ、いずれ登場するであろう「次世代プレイステーション」との整合性だ。今回の買収で、世界規模で展開する据え置き型ゲーム機のゲームビジネスがすぐになくなることはないが、次世代プレイステーションもまた、多くの端末の一つに位置付けられるだろう。その場合、クラウドゲーム市場と既存の家庭用ゲーム機市場が競合する問題もある。
4月の経営方針説明会で「One Sony」をかかげ、ソニー復活にかける意気込みを語った平井社長が、グループ全体として、どのような市場を形成していくのか、今後の戦略に注目が集まりそうだ。(小野憲史/毎日新聞デジタル)
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