海堂尊:新作小説「アクアマリンの神殿」 「バチスタ」の10年後描く 翔子とアツシ編1

油断していたその時に現れたのは、幼いころからアツシを見守ってくれている女性、ショコちゃんだった (c)海堂尊・深海魚/角川書店
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油断していたその時に現れたのは、幼いころからアツシを見守ってくれている女性、ショコちゃんだった (c)海堂尊・深海魚/角川書店

 ドラマ化もされた「チーム・バチスタ」シリーズの10年後を描いた海堂尊さんの新作「アクアマリンの神殿」(角川書店、7月2日発売)は、「ナイチンゲールの沈黙」や「モルフェウスの領域」などに登場する少年・佐々木アツシが主人公となる先端医療エンターテインメント小説だ。世界初の「コールドスリープ<凍眠>」から目覚め、未来医学探究センターで暮らす少年・佐々木アツシは、深夜にある美しい女性を見守っていたが、彼女の目覚めが近づくにつれて重大な決断を迫られ、苦悩することになる……というストーリー。マンガ家の深海魚(ふかみ・さかな)さんのカラーイラスト付きで、全24回連載する。

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◇翔子とアツシ編 1 もうひとりの後見人、登場

 部屋に戻ったぼくは、鞄を投げ出すと地下室に直行する。定時チェックは午後七時だから三十分遅れだ。トーストにかぶりつきながらモニタの前に座り、木曜夜のチェック項目を確認する。

 乱雑さを示す指標・エントロピーは増大し、時の流れを決定する。生命はエントロピーが増大することで、いずれは失われる運命にある。だから、生命を維持するには毎日こまめに手を加えて、序列を回復し、エントロピーを減少させなければならない。

 ぼくは、てのひらからこぼれおちそうになる、儚いいのちを守る番人だ。

 ぼくはそんな大役に選ばれたことを誇りに思っている。たとえそれがどれほど煩雑な作業でも、うんざりするくらい単調で、一瞬の気の緩みも赦されないものであっても、いや、そんな気を抜けない大切な業務だからこそ、誇りに思う。

 でも時々疲れてしまって、こころが折れそうになることもある。そんな時に絶妙なタイミングで姿を現すのが後見人の西野さんであり、もうひとりの後見人だ。

 ぼんやりしていたその時、一階のピロティから雷のような怒号が響いた。

「くぉら、アツシ。また手抜きご飯してるな。そんなんじゃあ、ちゃんとした身体を作れないぞ」

 口にくわえたトーストをぶはっと吐き出すと、一階を見上げる。幸い、齧りかけのトーストは机に置いた白い皿に軟着陸したので大惨事にならずに済んだ。

 目の前に降臨したのは白衣の天使、如月翔子。愛称ショコちゃん。

 幼い頃からそう呼び習わした女性が、両手の拳を腰に当てて、ぼくのことを見下ろしていた。

 彼女はいつも、思いもかけないタイミングで、ぼくの前に現れる。

<毎日正午掲載・明日へ続く>

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