アウシュビッツ解放70周年を記念して製作され、昨年開催された第68回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した「サウルの息子」が、23日に公開された。同胞の遺体処理にあたるユダヤ人男性を主人公に、顔に焦点を当てた描写で、ホロコーストの惨状を浮き彫りにした。無名の新人監督だったネメシュ・ラースロー監督は、この長編デビュー作で一気に話題の人になった。ハンガリー生まれのパリ育ちで、家族が収容所で亡くなっていることから、「一つのトラウマとして負の遺産を忘れてはならない」という思いを今作に込めた。
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1944年。アウシュビッツ・ビルケナウ収容所には、連日、輸送列車でユダヤ人が運び込まれていた。労働力にならない者はすぐさまガス室に送り込まれて虐殺される。主人公のサウルは、ハンガリー系のユダヤ人。運び込まれた同胞をガス室に誘導し、遺体の処理をする「ゾンダーコマンド」と呼ばれる任務についていた。ゾンダーコマンドとはユダヤ人の中からナチスの親衛隊によって選ばれた囚人であり、いずれは殺される運命にある。
サウルの顔を終始ワンシーン、ワンショットでとらえて、背景をくっきり映し出すことはしなかった。「どんなに作り込んでも、実際の収容所は再現できない」と思ったラースロー監督は、戦争を知らない若い世代に見てほしいという気持ちから、新しい撮り方を試みたという。
「鍵穴からのぞき見るイメージで撮りました。想像してもらうことが大事だと思ったのです。遺体の一部を見せるだけで観客は想像できます。むしろ、リアルな作品に仕上がりました」
ラースロー監督は、書店でゾンダーコマンドについて書かれた本を見つけ、映画の着想を得たという。「強制収容所を描いた映画はサバイバルものやヒーローものばかり」と感じていたラースロー監督は、あまり認知されていない彼らを「今までのホロコースト作品では伝えきれていない悲劇」と思い、主人公に選んだ。
「肉体だけでなく精神が破壊されていく、極限状態の人がどう生きていたかを描くことにより、その世界で自分だったら何ができるのかを考えることを伝えたかったのです。どれだけ生々しさが伝えられるかを大事にしました」
その生々しさは、単なる恐ろしい映像や悲劇的な演出とは大きく異なる。背中に大きな赤いバツ印がついた上着を着せられたサウルの行動が、淡々と描かれていくのみだ。不安定さを表すために、35ミリの伝統的なフィルムを使った。ガス室を掃除し、遺された衣服から金品を選び出し、焼かれた遺体の灰を川に捨てに行く……。ガス室の少年を息子だと思ったサウル。彼を埋葬するために、ラビ(ユダヤ教の聖職者)を探し出すことが、彼の生きる目的となっていく。
主人公のサウル役には、俳優ではなく、米ニューヨーク在住のハンガリー人作家で詩人のルーリグ・ゲーザさんを選んだ。
「内にこもった感じが、役のイメージにピッタリだったのです。役者も少しかじっていた人で、彼は私生活で自分の考えに忠実で、強固な意志を持っています。サウルの内面を理解していたから、特別な演出はいりませんでした」
逆に細かい演出が必要となったのは、サウルの後ろに映り込むだけのエキストラの方だった。表情や体格を中心に何千人と選び出し、配役を決めるのに1年半もかけた。
ラースロー監督は、「たとえフォーカスが合っていなくても、脇役は重要です。一人一人が、エキストラ監督の指示の下に動いています。不安感やカオスを表現して、観客を引き込みたかったのです」と話す。
ガス室に連れて行かれる人々。そして、扉の向こうで響き渡る阿鼻叫喚。遺体の山となり、物のように扱われるさまに「これが人のすることか」と言葉を失う映像が続く。人間の残虐性について、ラースロー監督は「文明社会の中の攻撃的な本能」と語り、「そういった本能が人間の中にあることを心の中で危惧して、忘れてはならない」と強調する。
「ナチスだけではありません。今、世界で起きているテロや殺戮(さつりく)、自ら破滅しようとする自殺願望のようなものが人類の本能の中にあるのです。第二次世界大戦下は、世界的な規模で人類の凶暴性が高まった時代でしたが、どの時代にもそういった危うさがあることを感じています」
家族をホロコーストで失ったというラースロー監督。小さいころは「悪魔が行ったこと」と感じていたという。負の遺産を継承するために「自滅したくないなら、過去を見つめ直すべきです。私たちは歴史を学び見つめ直すことで、未来に向かって歩いていけるのではないでしょうか」と語りかける。
映画「サウルの息子」は、ゲーザさん、モルナール・レべンテさん、ユルス・レチンさんらが出演。23日から新宿シネマカリテ(東京都新宿区)、ヒューマントラストシネマ有楽町(同千代田区)ほかで公開中。
<プロフィル>
1977年生まれ、ハンガリー・ブダペスト出身。子ども時代と青年時代はパリで過ごす。パリ第3大学で映画を学んだ後、2003年にブダペストに戻る。「ニーチェの馬」(11年)などのタル・ベーラ監督の助監督につき、「倫敦から来た男」(07年)に参加。タル・ベーラ監督から影響を受ける。「ディテールに焦点を合わせ、一つのシーンの意味を理解すること。人にどれだけ主役の感情に入り込めて、観客がどれだけ同調でき、意思疎通できるかを考えて撮ることを学びました」という。
(インタビュー・文・撮影:キョーコ)
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