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インクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬・DPP-4阻害薬)
2024年9月6日
岐阜大学
インクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬・DPP-4阻害薬)が
グルカゴン応答性インスリン分泌を低下させることをリアルワールドデータで発見
【本研究のポイント】
・グルカゴン負荷試験は膵臓からのインスリン分泌能力を血糖値に左右されずに評価できるとされ、1型、2型糖尿病の鑑別や治療薬剤の選択において臨床的に有用な検査とされています
・本研究は、2型糖尿病のヒトでインクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬・DPP-4阻害薬)を使用している際に、グルカゴン静脈負荷試験によるグルカゴン応答性インスリン分泌が低下することを、これまでの多数例の臨床データ解析により明らかにしました
・インクレチン関連薬使用時には、グルカゴン負荷試験によるインスリン分泌能の過小評価が懸念され、インクレチン関連薬使用時には他の検査による評価が必要です
・本研究によりグルカゴンによるインスリン分泌機構に、新たなメカニズムの存在が示唆されました
【研究概要】
関西電力医学研究所/関西電力病院/岐阜大学の共同グループは、2型糖尿病治療におけるインクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬・DPP-4阻害薬)(*1)の使用が、1mgグルカゴン静脈負荷試験(*2)によるグルカゴン応答性インスリン分泌を低下させることを世界で初めて報告しました。
グルカゴン負荷試験はインスリン分泌能の評価法の一つとして、糖尿病診療において広く使用されています。我々は、これまでに2型糖尿病のヒトにおいてGLP-1受容体作動薬を開始する際、グルカゴン負荷試験によるインスリン分泌評価が有用であることを報告していました(Usui R, et al. J Diabetes Complications. 2015)。
グルカゴン負荷試験の機序として、膵β細胞においてグルカゴン受容体が発現しており、直接刺激でインスリン分泌促進シグナルの増幅経路が活性化されると考えられていました。しかし近年、グルカゴンはグルカゴン受容体のみならずGLP-1受容体をも介してインスリン分泌を示すことが基礎的研究で報告されており注目されています。今日の臨床においては、同じインクレチン関連薬の1種であるDPP-4阻害薬が広く使われており、さらにGLP-1受容体作動薬の使用も増え2型糖尿病の7割近くの患者さんに使用されています。この状況を踏まえると、インクレチン関連薬を使用している状態におけるグルカゴン負荷試験は、膵β細胞機能を正しく評価できているのか否かを明らかにする必要に迫られていました。本研究では、当研究所においてこれまで蓄積した多数例の解析によって、インクレチン関連薬を使用している群においては、グルカゴン負荷試験によるインスリン分泌が使用していない患者群で予想されるよりも明らかに低いことが示されました。
このことから、グルカゴン負荷試験によるインスリン分泌促進は、グルカゴンがGLP-1受容体を介したシグナルを刺激している可能性がヒトでも確認されました。つまりDPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬を使用することにより、GLP-1受容体そのものあるいはその下流におけるシグナルがグルカゴン刺激に対して抑制的な状態があると推察されました。詳細なメカニズムについては今後さらに検討が必要ですが、本研究によってインクレチン関連薬を使用している群におけるグルカゴン負荷試験では、インスリン分泌能の過小評価が懸念され、結果の解釈には十分注意が必要であることが示されました
本研究成果は、2024年8月28日に米国糖尿病学会の機関誌「Diabetes」で公開されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202409055956-O3-018XvsRQ】
【背景】
糖尿病は、インスリン分泌の不足とインスリン抵抗性によって引き起こされる慢性疾患であり、その病態の評価には精緻なインスリン分泌能の評価が不可欠です。特に、東アジアにおける2型糖尿病は肥満によるインスリン抵抗性よりも、β細胞機能の低下によるインスリン分泌低下が病因として特徴づけられ、インスリン分泌能の評価が治療方針の決定において重要です。
1mgグルカゴン静脈負荷試験は、残存する膵β細胞のインスリン分泌能を評価するための標準的な検査方法として古くから広く使用されています。そのメカニズムとしては、グルカゴンによりβ細胞のグルカゴン受容体を介して直接インスリン分泌を引き起こすものと考えられていました。しかし近年、グルカゴン刺激によるインスリン分泌は、グルカゴン受容体のみならずインクレチンの1種であるGLP-1の受容体をも介して引き起こされていることが主に基礎的研究で報告されており、グルカゴン応答性インスリン分泌機構の新たな理解が進んできました。一方で、糖尿病状態のヒトにおいて、同様にグルカゴン応答性インスリン分泌がGLP-1受容体を介しているか否かは明らかではありませんでした。
2型糖尿病の治療目的の薬剤として、GLP-1受容体を介した血糖降下作用を示すインクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬・DPP-4阻害薬)は広く臨床上で使用されています。これらの薬剤は、GLP-1受容体を介したインスリン分泌促進メカニズムを有することから、薬剤使用時にグルカゴン負荷試験を行った場合、GLP-1受容体を介する作用が重複している、あるいはインクレチン関連薬による持続的な刺激状態が存在することから、グルカゴン応答性インスリン分泌が低下する可能性が想定されました。
今回、インクレチン関連薬使用時のグルカゴン負荷試験結果への影響について、インクレチン関連薬非使用時と比較して低下するか否かを検討するため、
【①GLP-1受容体作動薬使用前後のグルカゴン負荷試験結果の変化】
【②DPP-4阻害薬使用者と非使用者におけるグルカゴン負荷試験結果の違い】
上記2課題についての後方視的な解析を行いました。
【研究成果】
今回の検討では、GLP-1受容体作動薬使用前と比べ、使用後に有意にグルカゴン応答性インスリン分泌が低下することが示されました(図1)。また、DPP-4阻害薬使用者と非使用者について、それぞれ傾向スコアマッチング法(*3)で対象者背景を揃えた上で各種インスリン分泌試験の解析を行ったところ、食事負荷試験や24時間蓄尿Cペプチド測定などのインスリン分泌能測定法では2群間に有意差がないにも関わらず、グルカゴン負荷試験時のグルカゴン応答性インスリン分泌がDPP-4阻害薬使用者で有意に低下することが示されました(図2)。
本研究成果から、インクレチン関連薬使用時にグルカゴン負荷試験によるインスリン分泌能の過小評価が懸念されることを示されました。さらにそのメカニズムとして、グルカゴン及びインクレチン関連薬によるGLP-1受容体への影響が想定されました。糖尿病においてもグルカゴン応答性インスリン分泌にGLP-1受容体が関与することを示唆する初のリアルワールドエビデンスと考えられました。
【今後の予定】
今回の検討は、単施設で後ろ向きにインクレチン関連薬とグルカゴン負荷試験検査値の関連について示したものであり、今後は基礎的な研究を通じて、グルカゴンによる膵島におけるインスリン分泌機構の解明を進める予定をしております。
また、実臨床におけるグルカゴン負荷時のインスリン分泌評価について、中長期的な実臨床における意義について再検討します。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202409055956-O4-M3F26X0z】
図1 GLP-1受容体作動薬使用前後のグルカゴン応答性インスリン分泌
GLP-1受容体作動薬使用前に比較して使用後にグルカゴン負荷試験時のΔCペプチド(CPR)(*4)が有意に低下しました (1.40 [0.98, 2.38] ng/ml→0.89 [0.33, 1.31] ng/ml. P<0.01; Wilcoxon signed-rank test)
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202409055956-O5-ek7nDeO8】
図2 DPP-4阻害薬使用の有無による各インスリン分泌能測定検査結果
食事負荷試験や24時間蓄尿CPR検査ではDPP-4阻害薬使用有無による検査結果に違いは認めませんでしたが、グルカゴン負荷試験時にはDPP-4阻害薬使用者は、非使用者と比較して有意にΔCPRが低下しました(DPP-4阻害薬使用者; 1.58 [0.91, 2.21] ng/ml, DPP-4阻害薬非使用者; 1.88 [1.15, 2.75] ng/ml. P<0.05; Mann–Whitney U test)
【用語解説】
*1 インクレチン/インクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬・DPP-4阻害薬)
インクレチンは、食事に応じて消化管から分泌される消化管ホルモンで、GLP-1とGIPがあり、膵β細胞を刺激してインスリン分泌を促進する役割を持っています。インクレチン関連薬は、このホルモンの作用を利用して血糖値を低下する糖尿病治療薬です。GLP-1受容体作動薬は、インクレチンの一種であるGLP-1の受容体に作用し、インスリン分泌を促進するとともに、グルカゴン分泌を抑制します。DPP-4阻害薬は、インクレチンを分解する酵素であるDPP-4を阻害することで、体内のインクレチン濃度を高め、血糖降下作用を持続させます。
*2 1mgグルカゴン静脈負荷試験
1mgグルカゴン静脈負荷試験は、糖尿病患者のインスリン分泌能を評価するために行われる検査です。グルカゴンは、膵臓のα細胞から分泌されるホルモンで、血糖値を上昇させる働きを持つほか、β細胞を刺激してインスリン分泌を誘導することが知られています。この試験では、被験者に1mgのグルカゴンを静脈内に投与し、その6分後の血中Cペプチドの濃度変化を測定することで、残存するβ細胞の機能を評価します。特に、インスリン分泌がどれだけ刺激されるかを見ることで、糖尿病の進行度や治療の効果を確認するために用いられます。
*3 傾向スコアマッチング法
傾向スコアマッチング法は、観察研究において、治療群と対照群の間のバイアスを減らすために用いられる統計手法です。この方法では、各被験者に「傾向スコア」と呼ばれる値が割り当てられます。傾向スコアは、年齢、性別、基礎疾患などの共変量に基づいて計算されます。治療群と対照群の傾向スコアを一致させることで、観察データにおける選択バイアスを減らし、因果関係の推定精度を向上させることができます。この手法は、無作為化試験が難しい場合に特に有用です。
*4 Cペプチド(CPR)
Cペプチド(CPR)は、インスリンが膵臓のβ細胞で生成される際に同時に生成されるペプチドです。インスリンとCペプチドはプロインスリンという前駆体から切り離されることで生成されます。Cペプチドはインスリンと異なり、体内で長時間循環するため、インスリン分泌の指標として有用です。Cペプチドレベルが高いほど、患者のインスリン分泌能が保たれていることを示唆します。
【論文タイトルと著者】
論文名 Title: Glucagon Stimulation Test and Insulin Secretory Capacity in Clinical Assessment of Incretin-Based Therapy for Diabetes
掲載雑誌 Diabetes
著者 Takuya Haraguchi, Yuji Yamazaki, Hitoshi Kuwata, Ryota Usui, Yoshiyuki Hamamoto, Yutaka Seino, Daisuke Yabe, Yuichiro Yamada
DOI https://doi.org/10.2337/db24-0518
【本研究への支援】
本研究は、特定の企業・団体からの申告すべき支援は受けておりません。
【研究者プロフィール】
責任著者 山崎 裕自 (やまざき ゆうじ)
関西電力医学研究所 糖尿病研究センター 上級特別研究員
関西電力病院 糖尿病・内分泌代謝センター 部長
筆頭著者 原口 卓也 (はらぐち たくや)
関西電力医学研究所 糖尿病研究センター 研究員
岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学 大学院生
関西電力病院 糖尿病・内分泌代謝センター 医員
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