負けヒロインが多すぎる!:北村翔太郎監督インタビュー “影”で表現したこと 絶妙なリアリティーラインを目指す

「負けヒロインが多すぎる!」の一場面(c)雨森たきび/小学館/マケイン応援委員会
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「負けヒロインが多すぎる!」の一場面(c)雨森たきび/小学館/マケイン応援委員会

 小学館ガガガ文庫(小学館)のライトノベルが原作のテレビアニメ「負けヒロインが多すぎる!」。7月にTOKYO MX、BS11ほかでスタートし、放送時間にSNSで関連ワードがトレンド入りするなど大きな盛り上がりを見せ、「今期の最注目アニメ」「覇権アニメ」などとの呼び声も高い。監督を務めるのは、北村翔太郎さんで、今作が初監督作品となった。北村さんに制作の裏側を聞いた。

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 ◇キャラクターへの共感を重視

 同作は、雨森たきびさん作、いみぎむるさんイラストのライトノベル。第15回小学館ライトノベル大賞でガガガ賞に選ばれたことも話題になった。食いしん坊な幼なじみ系ヒロインの八奈見杏菜、元気いっぱいのスポーツ系ヒロインの焼塩檸檬、人見知りの小動物系ヒロインの小鞠知花といった負けヒロイン(マケイン)によるドタバタ青春ストーリーが描かれている。アニメはA-1 Picturesが制作する。

 北村監督は2018~19年放送のテレビアニメ「ゾイドワイルド」で演出デビューし、「カードファイト!!ヴァンガード」「かぐや様は告らせたい-ウルトラロマンティック-」「かぐや様は告らせたい-ファーストキッスは終わらない-」などに参加してきた。

 北村監督は「負けヒロインが多すぎる!」の原作をどのように読んだのだろうか?

 「僕が読んできた2000年代のライトノベルのようなマインドを感じました。ただ、懐かしいだけではなく、普通は描かれない負けヒロイン、モブに焦点を当てた切り口が新しい。ですので、アニメでも新しい切り口で、王道のラブコメを表現しようとしました。一方で、ラブコメであることを意識しすぎないようにもしました。一番重視しているのは、キャラクターが立って、それぞれのキャラクターに共感してもらうことです。それを実現するにはどうするのか?を考え、段々と今の画(え)作りになっていきました」

 同作の舞台は愛知県豊橋市で、街の風景が丁寧に描かれている。風景は“共感”を表現するための大きな要素になっているという。

 「ちょっと懐かしいと感じる景色、色……など見た人の夏の記憶につながるようにしようとしました。舞台の豊橋市をロケハンする中で、きっとこの場所は誰かが青春を過ごした場所なんだろうな……と考えていました。自分は豊橋にゆかりはないのですが、ちょっと懐かしいと感じたんです。僕も地方出身なので、場所は違っても、共感できるところがあり、それをアニメとして伝えられたら、より説得力が増すと考えました」

 背景がリアルではあるが、キャラクターとマッチしていて、違和感がない。

 「リアリティーラインをどこに持っていくのかが難しいところでした。コメディータッチの作品ですが、コメディーに寄せすぎると、肝心のドラマが軽くなってしまう。ドラマに寄せすぎると、コメディーが浮いてしまう。バランスが難しいんです。そこで、リアルな背景のタッチに合わせたキャラクターのデザイン、色にしようと決めました。背景はリアルタッチで、少し懐かしく、少し華やかにする。キャラクターは、アニメならではのデフォルメ感があります。リアルな背景の中で、キャラクターが立つように、色や線の処理を何度もテストしながら、今の形になっています」

 ポップでコミカルな作品にしては、影が多いのも特徴だ。キャラクターの影の付け方にもこだわった。影の付け方を何パターンも用意し、シーンによって使い分けた。

 「とても大変なので通常のアニメではまずやらないことですが、キャラクターの影付けの設定を何パターンも用意して、絵コンテの段階で影付けのパターンを指定して、シーンに合わせて明るくしたり、暗くしたりしています。暗いシーンだからといって、ただ暗くしてしまうと、キャラクターが見えにくくなる。キャラクターの線量、デフォルメのバランスによって、暗くできる範囲が変わってきます。リアル寄りな画のキャラクターのアニメはもっと暗くできますが、ポップなデザインになればなるほど、暗くできない。原作イラストの印象を変えない程度に、リアリティーラインを上げ、コントロールしています。また、レンズも強く意識しています。カメラのレンズと人間の目では見え方が違います。写実に寄せるわけではないのですが、写実をベースに人間の目に近い見え方を目指しています」

 影を駆使することで、キャラクターの存在感を丁寧に表現しようとした。細かい演出ではあるが、効果的で、キャラクターの感情が映像からダイレクトに伝わってくる。北村監督は「共感性につながる表現ですし、大変だけどこだわったところです。正直、流行らせたいという思いもちょっとあります(笑い)」と話す。

 ◇アニメのテンプレから少し外れているかもしれない

 “色”も細部までコントロールした。例えば、第1話のラスト、学校の屋上で八奈見がちくわを頬張る名場面は、青みを強くしているという。

 「キャラクターの色、特に人間の肌は赤みがあるのですが、第1話のラストシーンは、かなり青くしています。屋上は空に囲まれています。八奈見と温水が夏に飲み込まれ、背景に染められているような見せ方にしようとしました。各シーンにテーマがあって、例えば、非常階段は日陰者のたまり場をイメージして、周りの生徒たちの明るさに対して、暗くしています。各シーンの色の表現を積み重ねることで、青春のリアリティー、ありそうでない理想の学園コメディー感を出そうとしています。こんな高校生活を送りたかった……と感じるような映像にしようとしました」

 テンポのよさも魅力だ。倍速で映画やアニメを見る人もいる昨今だが、「負けヒロインが多すぎる!」は情報量が多く、倍速で見ることが難しいはずだ。

 「最初はもう少し遅いテンポを想定していました。青春感を出すために、キャラクターの心情を積み上げていこうとすると、どうしてもテンポが遅くなる。今の視聴者の受け止め方を考え、シリアスとコメディーのバランスを見直した結果、速くしました。原作の1巻分をアニメでは4話で制作していますが、原作は文量が多く、一つ一つをひもといていくと内容も濃いんです。速いテンポで全力疾走していく中でも、キャラクターの気持ちを積み上げるようにしています」

 テンポは速いが、風景をしっかり見せるシーンもある。バランスがよく、アニメの世界に引きずり込まれるような感覚もある。

 「緩急なんですよね。速いものを速いと思われてしまうと失敗だと思っています。見た後、言葉にならない感覚が残るような映像を狙っていました。もう一度、見たくなるように、過度な説明もしていません。もちろん不親切にならない程度には説明していますが、普通のアニメだったら入れているような、場所が移動しました、時間が変わりましたという段取りを極力省き、印象的なシーンを一発で見せています。第1話を見ていただくと分かると思うのですが、新しいキャラクターがどんどん出てくるけど、誰も自己紹介しないんです。アニメのテンプレから少し外れているかもしれませんが、それでも伝わるような描写を考えていました」

 説明過多ではないが、情報量が多い。ただ、自然と頭に入ってくるような感覚もある。一度見ても理解できるが、見返すと新たな発見もある。いわゆる“考察がはかどる”アニメにもなっていることが、SNSでの盛り上がりにつながっているのかもしれない。北村監督をはじめとしたスタッフの細部へのこだわりによるところも大きいのだろう。

 「業界の人には、すごく大変そう……と言われますね。芝居感もコメディーのためのコメディー、いわゆるラブコメアニメらしいコミカルな表現は、なるべくやらないようにしています。基本的ににぎやかで楽しい明るいコメディーですが、ふと立ち止まった時、振られてしまった女の子たちの話なので、大事なところでそこをネタにしないようにしています。負けヒロインが振られたことをギャグにしてしまうと、ただのギャグアニメになってしまうので、その部分ではコミカルな表現をなるべくしないようにする。そうすると、作画の難易度もカロリーも跳ね上がるんですけどね(笑い)。音や音楽の入れ方で表現しようとしているところもあります。例えばセミの鳴き声は、ギャグとして使っています。セミが飛び立つ音が鳴る、セミの鳴き声はピタッと止まるなど、リアルなのですが、コメディーっぽい使い方をしています。画的にも音的にも難易度が高くなるのですが」

 笑えるが、切なさもある。甘酸っぱく、これぞ青春!と感じるようなアニメになっている。第8話からは、季節は秋に移り、小鞠を中心としたストーリーが展開されている。

 「第8話から秋になってキャラクターたちが衣替えをします。また、背景の影が微妙に変わっています。撮影のフィルターも変えて、空の色も夏の青とは違う青を表現していて、秋空らしくなっているシーンもあります。小鞠ちゃんの話ということもあり、ドタバタするよりも、しっとり見せようとしました」

 「負けヒロインが多すぎる!」は、何度見ても新たな発見があるアニメだ。第7話までと第8話以降を見比べると、気付くこともあるはず。今後の展開からも目が離せない。

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