岸谷五朗:「夜明けの街で」に出演 「普通のヤツが不倫にハマっていかなければいけない」

「夜明けの街で」で不倫をするエリートサラリーマンを演じた岸谷五朗さん
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「夜明けの街で」で不倫をするエリートサラリーマンを演じた岸谷五朗さん

 自作の映画化が相次ぐ人気作家・東野圭吾さんが、初めて挑んだ恋愛小説「夜明けの街で」が若松節朗監督によって映画化され、8日から公開されている。41歳の妻子あるエリートサラリーマン、渡部和也と、31歳の派遣社員、仲西秋葉の不倫劇。秋葉役は深田恭子さん、相手の渡部を演じるのは岸谷五朗さん。「ただの不倫劇になってしまっては面白くない」との思いで撮影に臨んだという岸谷さんに話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 岸谷さんは、日ごろから不倫に対して「非常に勇気のいる大胆な行為」と「非常に繊細なもの」の両極端のイメージを持っていたという。そのはざまで揺れる心の動きを追わずして、原作が持つ「主人公の心の動きや苦しみ、地獄感」を表現することはできないとの考えは、ときとして若松監督との意見の相違を生み、その都度、話し合いが持たれたという。

 例えば、「監督が軽く考えていたシーンを、僕はすごく重く考えていたり」、逆のパターンもあったそうだ。だが、ぶつかりあいながらやっていくことが、むしろ「面白かった」と満足している。具体的には、渡部が自宅のマンション前の橋まで来て、マンションを見上げ、携帯電話のボタンを押し、秋葉のもとへ向かうシーン。当初は「すごく軽いシーンだった」。ところが出来上がった映画では、渡部の背中を撮るカット割りなどが大幅に増え、長いシーンになった。そこを、「家族に対して背中を向けることの一つの決心」ととらえていた岸谷さんにとっては、納得のいく場面となった。

 ちなみに、その場面で渡部は目に涙をためる。“捨てられる”家族の側に立ちがちな女性の観客には理解しがたい涙だが、その渡部の気持ちを岸谷さんが代弁する。「家族って、本当にいとおしいものなんです。男にとっては宝物で、そこを汚されようものなら、命懸けで守る動物だと思うんです。半面、渡部の気持ちの中では、秋葉の方に行くのは必然。だから家族を捨てていく。その温かい灯がともっているものに背を向けていくということは、つらいという言葉でしか表せないのです」と心情を説明する。

 渡部にそこまでの苦悩を強いた秋葉は、岸谷さんの言葉を借りるなら「小悪魔的な、非常に不思議な魅力を持った」女性だ。その秋葉に出会い、渡部はいろんな体験をしていくわけだが、その中には、秋葉が抱える心の闇を、渡部が探っていくというサスペンスフルな展開も含まれている。しかし渡部は、ヒロインの悪事を暴く、もしくはヒロインを守るヒーローではない。あくまでも、30代の女性との恋に舞い上がる40代のサラリーマンだ。だから岸谷さん自身、役作りをする上で、「普通(のもの)を作る」ことに腐心した。「非常に飛んでいる、例えばすごくモテモテのヤツでもいけないし、すごくダサいヤツでもいけない。普通のヤツがここにハマっていかなければいけないんです」と、渡部像を解説する。

 撮影は、岸谷さんが豊臣秀吉を演じるNHKの大河ドラマ「江~姫たちの戦国」の撮影期間と重なった。もともと作品の掛け持ちを避ける岸谷さんだが、今作の話が来たとき、「若松監督との仕事ということも含めて、この映画をやりたいと思った」という。そこで、大河ドラマのスタッフにお願いし、秀吉の撮影のない期間を2週間ほど作ってもらった。そうした周囲の協力もあり、また「衣装を着て、づら(かつら)を付けると勝手に動き出す」秀吉と、あくまでも普通の男の渡部。両者は「全く違う人間だった」からこそ、「混ざることなくできた」と明かした。

 岸谷さんの演技力の高さ、表現力の豊かさは、いまさらいうまでもないが、その底辺には、岸谷さんならではの役に対するアプローチ法がある。手渡され、初めて表紙を開いたときは「何も見えない分厚いもの」に過ぎない台本が、読み込むことで、自分のはもとより、他人のせりふもすべて頭に入り、さらに、衣装や小道具が形をなしていくに従い、「だんだん透けて見えてくる」という。それはまるで、「台本がズンと身体の中に入るCG映像を見ているようなイメージ」なのだそうだ。もともとは緊張するタイプだという。「台本を読み込み、時間をかけて役作りをし、僕ではない人間になれるからカメラの前にいられる。(台本を読み込み)余裕を持てることが、たぶん俳優として演技ができる理由だと思います」。

 そんな岸谷さんをして、「本当に難しかった」といわしめた今作のラストシーン。撮影日の朝、現場は東京・新橋。撮影プランが若松監督も岸谷さんも見つからない中で、岸谷さんは「人を見たくなって、とりあえず(周辺を)回ってみた」。その瞬間、「これだ」とひらめいた。「みんな何かを背負って生きている。つらいことのない人間はいないという見方ができて、それで足が1歩前に進んだという感じでした」。原作小説とは趣を異にするその場面で、映画ならではの余韻に浸ってほしい。

 <プロフィル>

 1964年、東京都生まれ。83年、芸能界デビュー後、舞台や映画、テレビ、ラジオと幅広く活躍。俳優の寺脇康文さんと結成した演劇ユニット「地球ゴージャス」では、企画、脚本、出演者を務める。また、09年には「キラー・ヴァージンロード」で映画監督デビューを果たした。今夏の劇団EXILE W-IMPACT公演「レッドクリフ 愛」の演出も担当した。最近の主な出演作に映画「クローズZERO」シリーズ(07、09年)、ドラマ「サムライ・ハイスクール」(09年)、「八日目の蝉」(10年)など。11年のNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国」に出演。 

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