イスラエルとパレスチナ自治区の家族のそれぞれの息子が、出生時に湾岸戦争の混乱の中で取り違えられ、18歳になってから事実を知ったときの家族の葛藤を描いた「もうひとりの息子」が19日からシネスイッチ銀座(東京都中央区)ほか全国で順次公開されている。民族や宗教の難しい問題が横たわる中、家族が壁を乗り越えようとする姿を力強く描き出し、昨年の第25回東京国際映画祭で東京サクラグランプリと監督賞を獲得した話題作だ。このほど来日したロレーヌ・レビ監督は「一緒に過ごすことで壁を越えられる」と話した。(上村恭子/毎日新聞デジタル)
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映画は、テルアビブに住むフランス系ユダヤ人一家の18歳の息子ヨセフ(ジュール・シトリュクさん)が、兵役検査を受けるところから始まる。出生時の病院での取り違えが発覚し、衝撃を受ける両親。“もうひとり”は、分断壁(イスラエルが2002年から建設)の向こう側、ヨルダン川西岸地区の一家の息子、ヤシンだった。
レビ監督は準備のために撮影の4カ月前にイスラエルに入った。
「私やスタッフがフランス人なので、まず現地の文化を理解することが大切でした。現地の方にスタッフとして参加してもらい、エキストラとしても出演してもらいました」
撮影はイスラエル側とヨルダン川西岸地区の両方で行われた。双方で家族の話をたくさん聞いて回ったレビ監督。映画を描くにあたり、両者をリスペクトし、バランスと公平性を保つことを心掛けた。
「壁の両側で、同じ大地をお互いが自分のものと主張しています。どちらの方々からも平和を望む心を私は感じました。だから、2人の青年に希望を託すように描いたのです」
2人の息子は過酷な運命に動揺するものの、一緒に過ごすことによって理解し合っていく。
「一緒の時間を共有することは、お互いが理解し合うため最も大事なこと」とレビ監督。それは、反目し合っていた父親同士が、カフェで沈黙し合う場面においても同じだという。
「沈黙をシェアすることは親密な行為なのです。彼らは同じ時間を過ごすことによって、最初の一歩を踏み出したといえます。このシーンでは、周りのエキストラに『もっとにぎやかにするように』と言って、無言の父親たちとのコントラストを出すようにしました」
政治的信念にとらわれた父親たちを歩み寄らせたのは母親たちだった。2人の母親は、深い葛藤を抱えながらもたくましく、寛容だ。
「母性にオマージュを捧げようと思いました。私の考えでは、母親はバイタリティーに満ちあふれていて、生命の力、温かい力を持っていて、希望を自分の中に内包しています。世の中の状況を進化させるのは女性たちなのです」
演じるのはフランスの大女優エマニュエル・ドゥボスさんとパレスチナの大女優アリーン・ウマリさんだ。
「俳優たちとシーンを作っていく作業はとても綿密でした。役者から提案が出て、それを受けて、たくさんのリハーサルを重ねます。リハーサルで調整して構図を決めてしまうので、監督によっては15テイクとか撮る人もいますが、私の場合は大体4~5テイク。俳優は楽器のようなもので、私はどういう音が出ているのだろうと思いながら一緒に作り上げていくだけです」
ところで、ヨセフとヤシンは18歳という設定だ。兵役検査を受ける年齢であるとともに、青年がアイデンティティーに向き合う年齢でもあるところから、映画を普遍的なところへ落とし込んでいる。監督は若い観客にこう呼びかける。
「映画の中の2人の息子は身に起こった困難から、自分らしさとは何かと自分に問いかけました。自分の道を見つける修業をしたのです。若い時期は美しいですが、困難でつらい時期でもあります。生きることがどういうことなのかという実存的な問題を持ちながら、自分の手で扉を開けて自由への道を見つける時期だからです。日本の若い観客にも、2人の若者の姿から、父親や母親のように生きるというだけでなく、自分らしく生きることとは何かをこのドラマから感じていただけたらと思います」
<プロフィル>
1985年、劇団創立後、数々の舞台の脚本、演出を手掛けた。その後、テレビと劇場用映画の脚本を書き始め、2004年に初の劇場用長編作「La premiere fois que j’aieu 20 ans(私が20歳であった最初のころ)」を発表。08年、マルク・レビのベストセラー「Mes Amis,Mes Amours(ぼくの友だち、あるいは、友だちのぼく)」を脚色し、監督第2作として発表。今作で東京国際映画祭グランプリと最優秀監督賞をダブル受賞。
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