海堂尊:新作小説「アクアマリンの神殿」 「バチスタ」の10年後描く 夏美の学園生活編6

アツシにとって夏美は、同盟を締結して近くで観察する価値がある、と思わせるほどに個性的で興味深いのだ (c)海堂尊・深海魚/角川書店
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アツシにとって夏美は、同盟を締結して近くで観察する価値がある、と思わせるほどに個性的で興味深いのだ (c)海堂尊・深海魚/角川書店

 ドラマ化もされた「チーム・バチスタ」シリーズの10年後を描いた海堂尊さんの新作「アクアマリンの神殿」(角川書店、7月2日発売)は、「ナイチンゲールの沈黙」や「モルフェウスの領域」などに登場する少年・佐々木アツシが主人公となる先端医療エンターテインメント小説だ。世界初の「コールドスリープ<凍眠>」から目覚め、未来医学探究センターで暮らす少年・佐々木アツシは、深夜にある美しい女性を見守っていたが、彼女の目覚めが近づくにつれて重大な決断を迫られ、苦悩することになる……というストーリー。マンガ家の深海魚(ふかみ・さかな)さんのカラーイラスト付きで、全24回連載する。

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◇夏美の学園生活編 6 ドロン同盟

 麻生夏美は、視線が自分の本性をあからさまに剥き出しにしてしまったことに気がついたのか、綿菓子のような微笑を浮かべた。でも今さらそんな風に取り繕って見せても、もう遅いって。

「そうじゃないの。サボるのに都合のいい環境づくりに協力し合う同盟よ。基本的にはお互い、当たらず障らず、でも、サボりたい時には協調し合う。悪くない話でしょ?」

 ぼくの返事を待たず、麻生夏美はさくらんぼみたいな唇で、続けた。

「さしあたってはこころ浮き立つような名前が必要ね。それなら“ドロン同盟”なんてどうかな? 英語で“横着者”の意味だから、あたしたちにぴったりだと思わない?」

 そんな同盟をクラス委員長が率先して提唱するのはいかがなものか、などという素直な感想は脇に置いて、ぼくは麻生夏美が一方的に滔々と展開する話の奔流に懸命に抗おうとする。

 それからふと、どうしてぼくはここまでムキになって反発しているのだろうと考えてみた。すると答えがわかった。把握できない相手の存在は容認したくないという、個人的なこだわりからだ。

 そう思い至った時、ひょっとしてこの申し出は、実はぼくにとっても願ったり叶ったりなのでは、と思い直した。こうした同盟を組めば、麻生夏美の謎を解明できるチャンスが増えるではないか。すると彼女の言う通り、この同盟を締結するメリットは大きそうに思えてきた。

「わかった。ただし合意するにはひとつ条件がある。お互い、身の上の詮索はナシだ」

「それはこちらも望むところよ。それならこれで条約締結ね」

 同盟を結びたい一心の麻生夏美の回答は打てば響くようで、蜜のように甘い。

 実に惜しい。声優になれそうなくらい可愛い声だし、顔立ちは美少女。

 これで性格さえよければなあ……。と、そこまで考えたぼくは自らの不明を恥じる。

 そんな風だったら、麻生夏美は今頃、天にまします我らの神に召されているだろう。

 Those whom God loves die young.(神さまに愛されすぎると早死にするで)

 その言葉が浮かんだ時、ひょっとしたら例外もあるかもしれないな、とふと考えた。目の前に佇む少女は、神の寵愛がとても強そうに思えるのに、何だか長生きしそうな気がしたからだ。

<毎日正午掲載・明日へ続く>

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