パトリス・ルコント監督:新作「暮れ逢い」語る 「愛はリーズナブルなものではない」

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 1991年、日本で「髪結いの亭主」(1990年)が公開されて以来、数々の作品で映画ファンを魅了してきたフランス人監督パトリス・ルコントさんの恋愛映画「暮れ逢い」が、20日から全国で公開されている。ルコント監督の作品は、日本では、2008年にコメディー「ぼくの大切なともだち」(06年)、13年には劇場版アニメ「スーサイド・ショップ」(12年)が公開されたが、純粋なロマンス作品は久しぶりだ。映画のPRのために来日したルコント監督に、今作についてはもちろん、映画作りにおける心境の変化、マンガ家の経験と映画製作のつながりなど多岐にわたって話を聞いた。

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 ◇フレドリックは監督自身

 映画は、第一次世界大戦直前のドイツを舞台に、実直で野心家の青年フリドリックと、彼を雇った実業家ホフマイスターの妻シャーロットの“道ならぬ愛”を情感たっぷりに描いている。シャーロットは、「それでも恋するバルセロナ」(08年)や「トランセンデンス」(14年)などに出演したレベッカ・ホールさんが演じ、ホフマイスターを「ハリー・ポッター」シリーズのセブルス・スネイプ役でおなじみのアラン・リックマンさん、フリドリックを、米英合作のドラマシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」(11年~)に出演し、来年春に公開されるディズニーの実写映画「シンデレラ」の王子役に抜擢(ばってき)されたリチャード・マッデンさんが演じている。

 「登場人物に自分自身を投影させることがとても多い」というルコント監督は、今作では、「よりフリドリックの視点に自分の視点を重ね合わせていたことはあるかもしれません」と打ち明ける。その上で「彼がロット(シャーロット)に恋をしている。でも告白できない……そういった思いや2人の関係性は、完全に停止しているわけではなく、彼女に対する気持ちはどんどんふくらんでいき、狂おしいほどの欲望になっていく。しかも、その様子を見ている第三者であるロットの夫、ホフマイスターの存在が、見ている者にとっては苦しさを倍増させている」と男女3人の関係性を説明する。

 また、「私にとって匂い、香りはどちらも重要。特定の女性でなくても香りは私が心を動かされる要素の一つ」と話し、今作における匂いを意識させる演出にも、監督自身の思いが投影されていることをうかがわせた。

 ◇恋する人間にアドバイスは届かない

 フリドリックは、下宿先の娘で彼に好意を寄せるアンナ(シャノン・ターベットさん)が止めるのも聞かず、ホフマイスターの提案を受け、彼の屋敷で暮らすことにする。ルコント監督は、このときのフリドリックの心情には、「恋をしている人間の耳にはどんな忠告も届かないものです」と理解を示し、「愛というものはリーズナブルなものではありません。だからこそよいものであり、我々の心を揺り動かすのです」と持論を展開した。

 また、お気に入りのシーンに、ホフマイスターが病床でひげをそってもらうシーンを挙げ、「あのときのホフマイスターの“告白”には自分でも鳥肌が立ちました。素晴らしい告白をこの男はしたなと万感胸に迫って涙が出ました」と、演じたリックマンさんを「素晴らしい演技をしてくれました」とたたえた。

 ◇フランス人俳優では不可能

 「昔から英国の俳優と仕事をしたいと思い続け、今回夢がかなった」と喜ぶように、ルコント監督は今作では、フランス人以外の俳優を起用している。ホールさんとリックマンさんは英国出身、マッデンさんはスコットランドの出身だ。

 フランス人の俳優を起用することは「不可能(笑い)」と、はなから考えていなかったようで、「確かにこれはドイツが舞台にもかかわらず英語を話していますが、英語はユニバーサルな言語だからドイツを舞台にしてもまだ通ります。でも、フランス人がドイツを舞台にフランス語をしゃべるのは、見ていて違和感があったでしょう」と、今回の俳優の起用がベストであったことを強調する。その上で「ですから、どのフランス人俳優を起用しますかとは聞かないで。そんなことは考えたことがないから(笑い)」とくぎを刺した。

 今回の経験を通じて英国の俳優には「フランス人俳優が持っていない資質、この映画に適した資質を持っている」こと、フランス人俳優は「奇想天外なファンタジー性をより多く持っている」ことを改めて認識できたといい、今後は両者を「使い分ける必要がある」と語った。

 ◇イラストレーターの経験は「役に立っていない」

 ところで、ルコント監督は映画監督になる前、イラストレーターやマンガ家として活躍していた時期がある。そうした経験は映画製作にどのように役立っているのだろうか。その質問に、「イラストレーターは独学でやっていたし、バンド・デシネ(フランス語圏のマンガ)のためのイラストであって、いわゆる画家のみなさんが描くような人物の芸術的なデッサンではなかったから、まったく役に立たなかった」と言い切ったルコント監督。色彩や構図など影響を及ぼすことがありそうだが、「そういわれることはありますが、自分自身が持っている感性や文化的土壌は、周囲を観察し、自分が日々張っているアンテナによって培われるもの。それは個人の資質であり、イラストレーターの手法は関係ないと思う」と自身の実写映画製作とのつながりを否定した。

 影響を受けた映画をたずねると「40年代のフランス作品」と答え、「俳優たちも素晴らしい人たちがいました。ジャン・ギャバンは素晴らしい俳優」とたたえ、監督は「一人だけ挙げるのは……」と決めかねながらも、ジャン・ルノワール監督とジュリアン・デュヴィヴィエ監督の名を挙げた。

 ◇観客が肩を落として帰るような作品は作りたくない

 さて今作に話を戻すと、その結末は、シュテファン・ツヴァイク(1881~1942)による原作の、ルコント監督いわく「微塵(みじん)の幻想も残されていない」ものとは趣を異にする。それについて監督は、「おそらく私自身が年齢的に、成熟といってよいか分かりませんが、絶望的な終わり方をする勇気がなくなってきたからでしょう」と切り出し、「一縷(いちる)の望み、あるいは希望をのぞかせて終わりたいという気持ちが年齢とともに出てきました。未来が完全に閉ざされ、観客が肩を落として帰るような作品は作りたくないと思うようになりました。それは恋愛映画に限ったことではありません」と最近の心理的な変化を明かした。そのルコトント監督がインタビューの最後で観客に向けて送ったメッセージは「どんな愛も不可能な愛はない。どんな夢もかなわない夢はない」だった。映画は20日から全国公開。

 <プロフィル>

 1947年生まれ、パリ出身。IDHEC(フランスの高等映画学院)監督科を卒業後、漫画家、イラストレーターとして活躍。75年に長編映画で監督デビュー。「レ・ブロンゼ/日焼けした連中」(78年)、「恋の邪魔者」(81年)、「タンデム」(86年)などを発表し、フランスでは商業監督として人気を確立させる。日本では、91年に「髪結いの亭主」(90年)がルコント作品として初めて公開され大ヒットを記録。ほかに「仕立て屋の恋」(89年)、「タンゴ」「イヴォンヌの香り」(ともに93年)、「ハーフ・ア・チャンス」(98年)、「橋の上の娘」「サン・ピエールの生命」(ともに99年)、「歓楽通り」(2001年)、「ぼくの大切なともだち」(06年)、劇場版アニメ「スーサイド・ショップ」(12年)などがある。

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