超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、現在はゲーム開発と産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」代表の小野憲史さんが、ゲーム業界の現在を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は、米サンフランシスコで3月2~6日に開催された世界最大級のゲーム開発者会議「ゲームディベロッパーズカンファレンス(GDC)」で盛り上がるVR(仮想現実)について語ります。
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ここ数年注目を集めているVRゲームに関する議論は今年のGDCも健在で、発売に向けて開発者コミュニティーを積極的に巻き込もうとする各社の姿勢が感じられた。VRといえば、2012年のGDCで米オキュラスVR社が、PC向けのヘッドマウントディスプレー(HMD)「オキュラスリフト」を発表し、2013年のGDCでソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)もプレイステーション4向けに「プロジェクトモーフィアス」を公開した。今年のGDCでは、SCEから製品化を見越した新型試作機が披露される一方、台湾のスマートフォン会社・HTCと米国のゲーム会社・バルブ社が共同開発したHMDを、米国の機器製造ビュージックス社も独自のHMDを発表し、開発者にアピールした。
講演でもさまざまな技術情報が開示された。オキュラスVR社は快適なVRコンテンツを開発する上で欠かせない開発者向けプログラム「SDK」の技術概要などを解説。エキスポ会場でもデモを一般公開して人気を集めた。SCEも技術情報の開示と共に、サンプル動画を通してVRコンテンツの開発ノウハウを共有。関係者向けにデモをじっくり体験できるコーナーも用意した。
各社が開発中の製品を積極的に公開するのは、開発者コミュニティーとの関係構築のためだ。これまで家庭用ゲーム機では発売前の製品情報が一般公開される例はほとんどなかった。一方PCでは、基礎技術や開発者向けプログラムが毎年バージョンアップされ、試作版を公開してフィードバックを得ながら製品向上に役立てていくスタイルが主流だ。家庭用ゲームのビジネスがPCの文化に大きく影響を受けた結果だと言えるだろう。
特にオキュラスVR社が発表当初からいち早く開発者向けキットを販売し、誰でも自由にVRコンテンツを作って体験できるようにした功績は大きい。VRコンテンツを開発しても販売する手段は存在しないが、新しいものが大好きなゲーム開発者が世界中で飛びつき、すでに10万台以上が販売されたという。日本でもVRコンテンツは開発者コミュニティーで人気を集めており、さまざまな勉強会やイベントがボランティアベースで開催され、知識が蓄積されている。
SCEも開発者コミュニティーの支援に積極的だ。グループ内でゲーム開発を統括する吉田修平さん(ワールドワイドスタジオ・プレジデント)は「小規模のコンテンツでも新鮮な体験が得られるVRはインディーズ(独立系)ゲーム向け」として参入をアピールしながら、デジタル流通で世界に販売してほしいと語った。会議の開催中、インディーズゲーム開発者に対する「プロジェクトモーフィアス」のサポートを進めていく発言が、ツイッターで投稿される一幕もあった。
VRコンテンツの特徴は、現在でも市場が存在しないことだ。そのため普及台数に乏しい初期では、大手企業にとって力を入れにくい。コンテンツ開発のノウハウも特殊で、これまでの手法が必ずしも通用しない。その一方で優れたVRコンテンツは一瞬にして体験者をとりこにする魅力があり、ゲーム以外の用途にも応用できる可能性がある。そのため求められるのがインディーズゲームの発想力と身軽さというわけだ。
この状況はスマートフォンの初期市場を思い起こさせる。当時も大手企業は、市場を席巻していた「モバゲー」や「グリー」のフィーチャーフォン向け市場にとどまり、スマホゲームへの参入が遅れた。その間隙をぬって個性的なインディーズゲームがリリースされ、世界的なヒットを記録するものもあった。こうした雑多なタイトルを通して、スマホゲームの開発ノウハウが蓄積され、新興のゲームメーカーも誕生した。
もっともスマホゲームと同様に、VRでもデバイスの普及と共に大手が参入し、市場を席巻する未来も想像できる。ただし、市場をより活性化させるためには、大手が安易に技術や情報の囲い込みに走るのではなく、常に外部のコンテンツやノウハウを入れ、門戸を開き続ける必要がある。多様性を欠いた市場は硬直化して、衰退していくのは明らかだ。これは、企業と開発者コミュニティーの関係性にも通じる。VRコンテンツでゲーム産業自体が、より風通しの良いものになっていくことを期待している。
◇プロフィル
おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーのゲームジャーナリスト。2008年に結婚し、妻と猫3匹を支える主夫に“ジョブチェンジ”した。2011年から国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表に就任、2012年に特定非営利活動(NPO)法人の認定を受け、本格的な活動に乗り出している。
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