紀里谷和明監督:伊原剛志と「ラスト・ナイツ」語る 「分かり合えることを映画で表現したかった」

映画「ラスト・ナイツ」について語った紀里谷和明監督(左)と伊原剛志さん
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映画「ラスト・ナイツ」について語った紀里谷和明監督(左)と伊原剛志さん

 映画「CASSHERN」(2004年)や「GOEMON」(09年)などを手がけた紀里谷和明監督のハリウッド進出作となる「ラスト・ナイツ」が全国で公開中だ。映画は「忠臣蔵」をベースにした物語で、ある封建国家を舞台に、主君を死に追いやられた騎士たちが命を懸けて敵討ちする姿を描いている。今作のメガホンをとった紀里谷監督と、クライブ・オーウェンさんやモーガン・フリーマンさんらと並び出演した唯一の日本人キャストである俳優の伊原剛志さんに話を聞いた。

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 ◇多彩な国籍のキャスト&スタッフが集結

 2人のカナダ人が「忠臣蔵」をモチーフに書いたという脚本を読み、「脚本としての完成度がものすごかった」と衝撃を受けたという紀里谷監督は、「アメリカにいると年に何本も脚本を送られてきて、その当時は数百本と読んでいる状態でしたが、実は本当にすごいと思うものにはあまり出くわさない」と実情を紹介しつつ、「(今作の脚本は)最初から最後までワーッという感じで読んでしまい、すぐに電話して『やりましょう!』といったぐらいの作品です」と製作意欲をくすぐられたという。「なかなかそういう(脚)本はない」と紀里谷監督は絶賛する。ドラマで「忠臣蔵」に出演した経験を持つ伊原さんも脚本を読んで、「改めて面白いな、と」と魅力を感じたことを明かす。

 グローバルなキャスティングとなったが、紀里谷監督は「そもそも全員、日本人の役者でやるような脚本だったのですが、そうではなくて、まったく異なる人種の人たちでやらせてほしいと提案した」と明かすも、「最初は『何を言っているんだ』と、誰も理解しなかった」と振り返る。その理由を、「ありとあらゆる国の人が入ってきて、一つのものを作っていき、肌の色や環境、国境などを越えて、みんなで分かり合えるということを映画で表現したかった」と語り、「超越できると思っていたし、それができれば、今の若い日本人の役者さんとかも『こういうことができるんだ』と感じてもらえるのではと考えた」と明かす。

 ◇お互いの“戦う姿”に感銘を受ける

 唯一の日本人キャストとなった伊原さんについては、「殺陣を通した精神というものが重要で、それは一朝一夕にいかないようなもの」と映画に欠かせない要素だと説明し、「長年培ってきたものがあって、それを映さないとやっぱりうそになってしまうので、そこは先輩(伊原さん)にいうのはあれですが、本当にお見事という感じでした」と笑顔でたたえる。そして、「侍というか、心の話なので、それは表情だったり、たたずまいから始まる。伊原さんのような方が1人現場にいらっしゃると、周りの人もそれを見て感じるところもあっただろうし、お手本にすることはあったと思う」と紀里谷監督は語る。

 一方、伊原さんは、「本当に雪の中で果敢に戦っている、それこそ騎士のような感じ」と紀里谷監督の印象を表現し、「尊敬もしているし、クライブ・オーウェンやモーガン・フリーマンはじめ、いろんな国の役者とちゃんと向き合って演出し、ディスカッションして納得をしてやってもらっているという感じが現場の中であった」と撮影当時を振り返る。そういった雰囲気があったからこそ、「みんな(紀里谷)監督の下で何かいいものを作りたいという空気になっていたと思う」と伊原さんは力を込める。

 さらに、「紀里谷さんといえばCGを多用した映像をイメージするだろうけど、僕は初めて仕事を一緒にするので、僕の中ではちゃんと向き合って、ちゃんと演出する、ちゃんと芝居のことを考えるというイメージ」と伊原さんはいい、「そういう監督の姿しか現場では見なかったし、役者として参加する唯一の日本人として、その背中を見ながら自分はもっと頑張らないといけないと考えながらやっていました」と伊原さんは紀里谷監督の強いリーダーシップに引っ張られたと語る。

 ◇しゃく熱の忠臣蔵だったかも……

 当初、ロケ地はインドに決まっていたのだが、紀里谷監督は「何カ月もかけてロケハンまでして、廊下はこことか全部決まっていたのですが、向こうのプロダクションの都合でひっくり返ってしまった」と打ち明け、「その数日後にプラハへ行った」と急きょ、チェコ共和国にロケ地が変わった経緯を説明する。完成したものを見ると雪が舞い散る風景が物語にマッチしていて、伊原さんが「(物語に合っているのは)画を見たら雪だと思う。『忠臣蔵』を基にしているし、夏というのは、今思うとあまり想像できない」と感想を述べると、紀里谷監督は「インドバージョンでやっていたら、40度ぐらいのしゃく熱だったのかな……」と楽しそうに笑う。

 映画にはバルトーク卿役でフリーマンさんが出演しているが、前半の山場でもある裁判のシーンでは、「モーガン・フリーマンの芝居を見るために、(撮影当日は)休みだった役者も全員が見に来ていた」と紀里谷監督は驚き、「いっぱい人がいるから、演出しながら自分の作品じゃないように思えてきたし、見入ってカットをかけるのを忘れちゃいそうになった」と笑いながら振り返る。伊原さんも、「すごい長ぜりふを一発で見事に全部ちゃんとやっていて、そういう芝居に向かう姿勢はすごいと思った」と敬意を表す。

 多彩なキャストがそろう現場で、紀里谷監督は「キャストの皆さんは、それぞれ自分で人物像を作ってこられる人が多く、そこまでの演出はなかったような気がします」と感じ、「本当にこれだけの役者さんに囲まれると、あまりいうこともない(笑い)」と冗談交じりに話す。聞いていた伊原さんが、「ある程度ディレクションがあって、『最初はこんな感じで』のように少しいってもらえると、なるほど、そうなんだと思って先に進める。そういう道筋を紀里谷さんはちゃんと作っていたと思います」とフォローを入れていた。

 ◇迫力のアクションは自身で演じる

 伊原さんが演じるイトーと、クライブ・オーウェン演じるライデンという2人の関係やアクションは、今作の魅力の一つで、特に「(クライマックスで)クライブ・オーウェンと伊原さんの一騎打ちのシーンがあり、2人で見つめ合ってお辞儀をするのですが、そこは人種は関係なく、相手に対する敬意であり、そこがすごく重要だと撮っていて確信した」と紀里谷監督が語る殺陣のシーンは、迫力満点だ。

 同シーンについて伊原さんは、「(殺陣アクションの)ほぼすべて、僕がやっています」と明かし、「最初にこういうものを撮りたいという映像を自分たちで撮って見せてくれるなど、すごくいいアクションチームだった」と感謝し、「クライブと相談しながら『もうちょっとこうした方が』というのを入れていき、自分たちでできることをやった。彼もほとんどやっています」とアクションシーンに自信を見せる。

 イトーとライデンの関係性を「一種の“恋愛もの”に近い図式」と紀里谷監督は表現し、「(イトーとライデンには)お互いに対する絶対的な敬意があるわけですが、ただ超えられない組織という壁がある」と分析。そして、「本当はすごく仲のいい親友になれるのに戦わなければいけないという、悲しさがすごく重要」と強調し、「それが今回、アジア人と西洋人というまた違う“恋愛”があって、そこもまた超越していくというのが最後の戦いにはあり、この映画をやってよかったと思った」としみじみと語る。

 イトーを演じた伊原さんも、「台本に書かれてはいませんが僕の中の設定として、(イトーは)きっとどこかで拾われた奴隷上がりの騎士で、武士道と騎士道の通じるところを表現した」と役作りについて語り、「自分は今、よこしまな大臣の下にいるけれど、どこか自分の騎士道でライデンに対して思う気持ちと、忠誠を尽くさないといけないという気持ちのはざまをなんとか追いかけながらも表現したかった。とにかく画面に映っているときは、隅っこの方にいても必ずそういうことを表現した」と力を込める。

 ◇日本の価値観を世界に伝えたい

 今作は「忠臣蔵」が題材だが、「(ストーリーを)知っているとはいいながら、エンディングも違いますし、至るところで違う要素をちりばめているから、多分、多くの人たちが『忠臣蔵』だということを途中で忘れちゃうと思う」と紀里谷監督は自信たっぷりに語る。そして、「当初からいっていますが、“武士道”というものは日本人特有のものではないと思うし、それが“騎士道”というものでもあり、中国にも韓国にもアメリカにも(同じような精神は)ある」と自身の考えを明かし、「いわゆる自己犠牲であり、信念であるというところを軸としていますので、あまり日本ということではない、世界共通のものという考え方を基に作らせていただきました」と作品の根幹を説明する。

 聞いていた伊原さんも、「今回の映画は日本人の監督が撮っているような感じではない」と同意し、「最初に見たときに僕は『おおー!』と思いましたが、(多くの人も)今作を見たときに『日本人の監督が撮っているの?』ときっとなるだろうし、それぐらいのスケールをこの映画は持っているのではないかと思う」と絶賛する。さらに、「試写会で僕の妻が見たのですが、女性だからどうかなと思っていたら、『最初から最後まで緊張感のあるすごくいい映画だった』と。彼女にもそういうのは伝わっているんだなと思いました」と伊原さんは笑顔で語る。紀里谷監督も「思いのほか、女性の反応がいい」と女性層への手応えも感じているという。

 今作について、「挑むということがすごく重要だと思う」と紀里谷監督はいい、「世相がそうなっていますが、やっぱり挑まなければいけない時代だと思うし、特に日本人はそうしなければならない」と持論を語り、「それを僕たちが今回やらせていただいて、それを確信しました」と深くうなずく。続けて、「もしかしてこれから映画監督になりたいと思っている子もいるかもしれないし、若い映画監督もいるでしょうが、僕は日本人だからこれができないんだと思ってしまうのがすごく嫌」と前置きし、「もっとやればできるんだということを見てもらえたらすごくうれしいし、チャレンジというものを、やればできるんだと思ってほしい」と熱く語る。

 うなずきながら聞いていた伊原さんは、「日本人の役者が一人で挑戦した部分、監督は監督で日本人のスタッフ一人で果敢に挑戦し、日本人だけど日本を越えて世界で戦って、日本の色も出しながら作っていった作品を見てほしい」と力強く語ると、紀里谷監督は「日本の価値観というものが、こういう作品を通して世界で見てもらい、伝わっていけばいいなと思います」とメッセージを送った。映画は全国で公開中。

 <紀里谷和明監督のプロフィル>

 1968年生まれ、熊本県出身。15歳で渡米し、マサチューセッツ州のアートスクールでデザイン、音楽、絵画、写真などを学び、パーソンズ美術大学では建築を専攻。ニューヨーク在住時の1990年代半ばに写真家として活動を開始。その後、数多くのミュージックビデオを制作し、映像クリエーターとして注目を集め、CM、広告、雑誌のアートディレクションも手がける。2004年に「CASSHERN」で映画監督デビューし、09年には「GOEMON」の監督を務めた。今作がハリウッドデビュー作となる。

 <伊原剛志さんのプロフィル>

 1963年11月6日生まれ、大阪府出身。83年に舞台「真夜中のパーティ」で俳優デビューし、84年公開の「コータロー・まかりとおる!」で映画初出演を果たす。以降、数々の映画やドラマ、舞台などに出演。2006年には、「硫黄島からの手紙」でハリウッド映画デビュー、14年には「トクボウ 警察庁特殊防犯課」で連続ドラマ初主演を飾る。最近の出演映画に「相棒-劇場版3-巨大密室!特命係絶海の孤島へ」(14年)、「超高速!参勤交代」(14年)、「ストレイヤーズ・クロニクル」(15年)などがある。

 (インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)

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