孤独な老人アンリと、女子大生のコンスタンスが送る奇妙な共同生活を描いたフランスのコメディー作の舞台公演「女学生とムッシュ・アンリ」が、加藤健一さんと瀬戸早妃さんのコンビで日本初上演される。2人に上演に向けての気持ちを聞いた。
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――「女学生とムッシュ・アンリ」を上演しようと思ったきっかけは?
加藤さん:2012年に「バカのカベ~フランス風~」(2015年4月に再演)というフランスのコメディーを風間杜夫さんとやって、それが非常に面白かったもので、他にもフランスのいいコメディーはないかと探していたんです。そこへ翻訳家の中村まり子さんが、ぜひ私にやってほしいと偶然にも持って来てくださったのが「女学生とムッシュ・アンリ」でした。中村さんは3年前にフランスでこの舞台をご覧になったそうで、わざわざ脚本を訳してくださって持っていらして。読んだら非常に面白かったものですから、ぜひやりましょうと話が進みました。
この舞台はフランスで大ヒットして、フランス国内では映画化もされるほどの人気なんです。映画では、フランスを代表する俳優がアンリ役をやられているそうなので、負けないようにしないといけないなと気合を入れているところですよ。
――脚本を最初に読まれた印象は?
加藤さん:まず、設定が変わっていますよね。息子とその嫁を、執拗(しつよう)に別れさせようとする父親が主人公ですから。姑(しゅうとめ)が嫁をいじめるものはよくありますが、舅(しゅうと)が嫁をいじめるのは聞いたことがありませんでした。
瀬戸さん:私は、とても感動しましたよ。というのも、女学生のコンスタンスが、自分と重なるところがすごくあって。夢に向かって猪突猛進するというか、怖いもの知らずの部分は、私が20歳くらいのときに単身ニューヨークに留学して、見ず知らずの現地人とルームシェアして住んだことを思い出しました。
――加藤さんの中ではコメディーとはどういうものでしょうか。
加藤さん:昔はコメディーって、あまり好きではなかったんです。もっとメッセージ性のあるものに憧れていました。でも年齢を重ねてからは、みんなが大笑いして、明日会社に行く元気をもらえるというものも、重要なメッセージなんじゃないかと思って。それからコメディーが好きになりました。
瀬戸さん:このお話は、家族というものがベースにあって、人とのつながりを持つことはいいことだと思わせてくれる作品です。人と馬が合わないことはいくらでもあるけど、どうせ同じ人生を過ごすなら、好きな人が多くいる人生がいいなと思わせてくれる。そういう意味では、十分にメッセージ性がありますね。
加藤さん:これはあとで知ったのですが、人は笑うことでナチュラルキラー細胞が活性化するそうで。それを知ってからは、より一層コメディーの力を信じるようになりましたね。
――では、演じてらっしゃる皆さんも、どんどん健康に?
加藤さん:それが、喜劇の原点は悲劇なので、そういうわけでもないんです(笑い)。お客さんは笑っていても、舞台上の我々は一生懸命悲劇を演じていて、そのズレが笑いを生みます。稽古(けいこ)場や舞台裏ではみんな笑顔ですけど、役作りやストーリーは非常に苦しいものだったりするんです。特に私が演じるアンリは、ずっと何かに怒っているという役ですから。
――アンリは偏屈で怒りっぽいですが、根底にはきっと愛情があるのでしょうね。
加藤さん:そうですね。愛情が深いがゆえに、表に出せなくて周りからは理解してもらえない。私は、おじいさん役を何度もやっていますが、たいていはいいおじいさんだったので、ここまでひねくれたおじいさんは初めてです。ただ、最後にちょっと違った面が見えるので、そこを楽しみにしていてほしいです。
瀬戸さん:最初は、加藤さんは優しく目を合わせてくださっていたんですけれど、稽古が進むにつれてどんどんにらみつける感じになっていって、本当に怖いんですよ(笑い)。でも、普段は本当に優しい方なんです。そういうアンバランスが、結果コメディーとして面白いものになっていくんじゃないかと思います。
実はアンリってうちの父親と似ていて、父もとても偏屈なんです。アンリがお酒をあおりながら「これでもう破滅だ」というシーンがあるのですが、うちの父親もそんなこといっていたなって、演じながら重ねてしまいました。この作品をご覧になる方も、ぜひご自分の家族と重ねながら見てもらえたらうれしいです。
――テンポのいいせりふのやりとりは、見せ場の一つですね。
加藤さん:普通のおじいさんっぽくゆっくりもやってみたんですけど、それだとコメディーにはならなくて。早妃ちゃんはまだポンポン言葉が出てきますけど、私はなかなか立て板に水というわけにはいかなくて。でも本番にはきっちり仕上げますので!
瀬戸さん:コンスタンスがピアノを弾くシーンも、見どころの一つ。私は子どものときに習っていた程度だったので、15年以上ぶりにピアノを弾いたのですが、最初はまったく指が動かなくて。2月から練習して来た成果を、楽しみにしていてください!
――コンスタンスは、アンリに背中を押してもらうことで、あきらめていた音楽家という夢にもう一度向かう力をもらいます。お二人が役者の道に進む背中を押したものは、何でしたか。
瀬戸さん:私は、高校生のときの部活の先輩の言葉です。陸上部でマラソン選手を目指していたときにスカウトされて、芸能界かマラソンかで悩んでいたとき、「どっちも追っていたらどっちもダメになるから、一つに絞ったほうがいい」とアドバイスをいただきました。それにマラソンは何歳でもできるけれど、芸能界は今このチャンスを逃すと一生ないかもしれない、とも。それで芸能界の道に進んだのですが、先輩の言葉がなければ今の自分はいなかったと思います。
加藤さん:私が演劇に入ったときは、特に志があったわけでもなく、サラリーマンが肌に合わなくて、何となくだったんですよ(苦笑い)。デザインとか写真とか、選択肢の中に演劇もあったというくらいの感じでした。どんな業界にも悪い面の魅力があると思いますが、私も最初は演劇界のダメな部分……酒飲んでワイワイやっている、楽しげな雰囲気に魅力を感じていましたね。でも、あるとき役者の先輩から「役者というものは、芸術の女神の衣の裾に、少しでも触れようとしてジャンプし続ける存在なんだ」といわれました。その言葉に心を打たれて、芝居に真剣に打ち込むようになったら、チャラチャラしているより、よほど面白くなって、それで今に至っています。
――そんなお二人が打ち込むこの舞台を見たいという方に、メッセージをお願いします。
加藤さん:年の瀬の忙しい時期で、暗いニュースも多いですが、ほっと一息つける時間を作ってはいかがでしょうか。ぜひ、笑いに来てください。
瀬戸さん:演劇だからと構えずに見ても、シンプルに楽しめるものになっています。だから、普段演劇を見たことがない方、触れてこなかった方にこそ、ぜひ見てほしいです。初めて見るには、もってこいの作品ですよ。もちろん演劇が好きな方にも、楽しんでもらえるように頑張ります!
2人が出演する「女学生とムッシュ・アンリ」は、12月2~13日に紀伊国屋サザンシアター(東京都渋谷区)で上演予定。
<加藤健一さんのプロフィル>
1949年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、半年間のサラリーマン経験を経て、劇団養成所に入所。劇団つかこうへい「蒲田行進曲」をはじめ、加藤健一事務所の主催で「ブロードウェイから45秒」「カトケン・シェイクスピア劇場 ペリクリーズ」などを上演。12月12日から公開される山田洋次監督の映画「母と暮せば」に出演している。
<瀬戸早妃さんのプロフィル>
1985年生まれ、宮城県出身。高校生のときにスカウトされ芸能界に。以降タレント、女優として活動。2007年からニューヨークへ留学し、帰国後は映画やドラマ、舞台などで活躍。ロックバンド「SUPER BEAVER」の曲「生活」のミュージックビデオにも出演している。2016年2月1日から渋谷ユーロスペース(東京都渋谷区)で公開される映画「ゆれる心」で主演を務める。
(取材・文・撮影/榑林史章)