宮田慶子さん演出の舞台「真田十勇士」(2013年)の猿飛佐助役で、役者として一回り成長を遂げたD‐BOYSの柳下大(やなぎした・とも)さんが、宮田さんと再びタッグを組み、舞台公演「オーファンズ」に出演する。2015年に舞台で右下靭帯(じんたい)を損傷し、この舞台を復帰作として並々ならぬ意欲で臨む柳下さんと、それを受け止めて厳しくも温かく見守る宮田さんが対談した。
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――「オーファンズ』は、柳下さんから宮田さんに演出をしてほしいと熱望されたとか。
柳下さん:舞台「真田十勇士」で宮田さんとご一緒したときは、そうそうたる出演者の方の中で、不安も大きかったんです。そんなときに宮田さんがいろいろ教えてくださったことで、安心できたし、結果的に伸び伸びとお芝居ができて楽しかったという印象が残りました。以降、プライベートでも仲よくさせていただいて、演出家さんではあるけれど、僕にとっては母親のような存在で、お食事に行った際に“ダメもと”でお願いしました。
宮田さん:若い俳優は、みんな必死にもがいています。演出家として演劇界の先輩として、手伝えることがあったら声を掛けてねって、私はいつもそういう気持ちでいます。トモくん(柳下さん)とは、作品を一緒に作った同士で、しかもハードな現場を乗り越えたという意味では、ある種の戦友のような信頼感があります。だから話を聞いたときは、すぐ「やるよ」って。「でも厳しいけどね」っていいました。
――宮田さんとしては、柳下さんに役者としての魅力を感じていればこそですよね。
宮田さん:もちろんです。役者というのは努力家で、辛抱強さがあってセンスもよくないとダメで。さらに、人との関係を大切にできる人でなければなれない。そういう部分でトモくんは、役者として非常に豊かな資質を持っています。あとは、演出家や先輩に鍛えられながら、貪欲に次のステップをつかもうという意志があれば十分なんです。
次の自分にチャレンジするのはどうしても怖いから、なかなか踏み出せない人も多い中で、とにかくもっと伸びたいという姿勢を見せてくれると、こちら側もうれしいし。心がほだされて、つい「手伝えることある?」ってなっちゃいますよね(笑い)。
――柳下さんは2015年の「真田十勇士」の再演のときにケガをされて、手術、入院、リハビリを経験したそうですが。舞台に立てないもどかしさも、今作に向けて背中を押しましたか。
柳下さん:いえ、正直いうとそのときは、何もしたくなくて。完全に気持ちが腐っていました。手術は初めてだったし、松葉づえって歩くのに時間がかかるから外に出かけたくないし。何をするにも面倒くさくなってしまって。それに、手術前に出演した舞台の映像を見たとき、まったく動けていなかった自分がいたんです。すごく情けなくてみじめな気持ちになって、そこからお芝居に対して恐怖感が生まれてしまいました。
手術後は、もうお芝居はしたくないと思って、その期間は舞台や映画、テレビドラマもまったく見ませんでした。それで、そういう時期が2~3カ月あって。でも、そうやって一度お芝居から離れたことで、気持ちがリセットされて、前以上に前向きな気持ちになれました。そういう意味では、今回の舞台が本当の再スタートだと思っています。役者としても、人としても。
――役者をやめようとも?
柳下さん:思いましたよ。でも、宮田さんにお願いしたのがケガをする前で、このお芝居をやることはすでに決まっていたので、すごく複雑な心境でしたけれど。気持ちが前を向いていったのは、松葉づえが取れたくらいからでした。
――宮田さんからは、何か声をかけたりアドバイスを送ったりは?
宮田さん:見舞いにも行かなかったし、メールも送りませんでしたよ。こればっかりは、手を貸しようがないですから。でも、私はやると信じていたから、私がハッパをかけるまでもなく、心を決めてくれるだろうと思っていました。
――結果的に手術後の復帰作が「オーファンズ」になったわけですが、そもそもこの作品を選んだのはどうしてですか?
柳下さん:密度濃くやりたいと思ったので、会話劇がいいなと。いろいろ脚本を読ませていただき、スタッフの意見も聞いた上で「オーファンズ」に決めました。
3人芝居というのは出ずっぱりなので、ハードルが高くて生半可な気持ちではやれません。でも、自分がトリートという役をどう演じるのか、単純にすごく興味が湧いたんです。それに僕がトリートを演じること自体意外性があると思うし、だからこそあえてそういうものにチャレンジしたくて。それも宮田さんの下でなら、やり遂げられるんじゃないか、と。
――1980年代からあるとても有名な作品ですが、今回はどういうところをポイントにしていますか。
宮田さん:80年代の米国のスラムで生まれ育った孤児という設定は、日本人には伝わりづらいかもしれないです。でも、テーマになっているのはディスコミュニケーションということ。ネット時代の今、直接顔を合わせて話す機会が少なくなりましたよね。でも生で人と話すことは、面倒くさいけれど、こんなにもステキなことなんだってことが、伝わったらいいなと思っています。
柳下さん:僕が最初に脚本を読んだときの印象は、寂しいとか孤独とか、つらくて切ないものでした。でも実際に稽古(けいこ)をしていくと、何だかとても温かいんですよ。人とのつながりや絆、本当の意味での人と人とのコミュニケーションが、ここにはあると思うんです。宮田さんもおっしゃったように、きっと今という時代だからこそ、感じていただけるものがあると思います。10代とかの若い方が見たら、ジワッとくるものがあるんじゃないかな。
宮田さん:トモくんは温かいといったけれど、トリートと弟のフィリップの関係や会話は、端から見ているとヒヤヒヤするようなものなんですね。お互いにゆがんだ依存の仕方をしているし、ああ、兄弟って面倒くさいなって思うことでしょう。でも、そこから違ったものが見えてくるのが、このお芝居の魅力です。
――柳下さんは、実際にご兄弟は?
柳下さん:弟が2人います。すぐ下の弟は、フィリップと一緒で四つ下なんです。そこで思ったのは、トリートたち兄弟の関係性って、僕が小学生から中学生くらいまでのときの弟との関係性とすごく似ているということです。そういう意味では、トリートの行動もすごくよく分かります。悪気もなく弟をたたいたり、でも弟は泣きながらついてくる。僕が弟を泣かせたときは親に叱られたけど、トリートたちは孤児なので叱ってくれる人はいなかった……。僕が想像しているよりも、もっと複雑な気持ちを想像して芝居をしないといけないんですよ。
宮田さん:今回トモくんには、正攻法の芝居の作り方をやってもらっています。何々ふうじゃなく、まったく別の人格を作り上げられるように、役のバックグラウンドや人間関係、心の中を探ってもらって。それをちゃんと体に入れて、何も考えずにフワッと出す。とても難易度が高いことなんだけど、あえてそれをやってもらっています。
――宮田さんの演出は厳しいですか。
柳下さん:厳しいです。いわれてできなくて、毎日ヘコむんですけど、それが決して嫌じゃないんですよ。それが、怒りとかイラッとするほうには向かわず、じゃあどうしようかと考えるほうに向かっている感じです。
きっと今抱えている課題や、宮田さんからしごかれている部分というのは、僕が役者を始めてからずっと怠って逃げていたことだったんだろうと思います。それが今、ドッと押し寄せてきている感じです。
宮田さん:こういう作業をさんざんやった上で、お客様から「よかったよ」といわれたときは、役者をやっていて本当によかったと絶対に思うよ。だから一緒に頑張ろう。トモくんのファンの方も、今までとはまったく違ったトモくんの表情が見られますので、ぜひ見に来てほしいです!
*舞台公演「オーファンズ」は柳下大さん、平埜生成(ひらの・きなり)さん、高橋和也さんが出演。東京公演は2月10~21日、東京芸術劇場シアターウエスト(東京都豊島区)、関西公演は2月27~28日、新神戸オリエンタル劇場(神戸市中央区)。問い合わせはワタナベエンターテインメント(電話03・5410・1885/平日午前11時~午後6時)まで。
<柳下大さんのプロフィル>
やなぎした・とも。1988年6月3日生まれ、神奈川県出身。俳優集団D‐BOYSのメンバーで、舞台「真田十勇士」やブロードウェーミュージカル「アダムス・ファミリー」など多くの作品に出演。若手役者として注目を集めている。
<宮田慶子さんのプロフィル>
みやた・けいこ。青年座研究所を経て、劇団「青年座」に入団。「MOTHER」「ディア・ライアー」など、数多くの舞台演出を手掛け多数の賞を受賞。2010年から新国立劇場演劇芸術監督に就任し、後進の育成にも努めている。
(取材・文・撮影:榑林史章)