ボーカルの横山剣さん率いる「クレイジーケンバンド(CKB)」が、ニューアルバム「香港的士-Hong Kong Taxi-」を3日にリリースした。横山さんがロカビリーバンド「クールスRC」のボーカル兼作曲家としてデビューしてから35周年を記念し、SMAP、TUBE、グループ魂、和田アキ子さん、一青窈さんらに提供した楽曲のセルフカバーやフジテレビ系連続ドラマ「続・最後から二番目の恋」の劇中歌として書き下ろした小泉今日子さんと中井貴一さんのデュエット曲を野宮真貴さんとデュエットした「T字路」、さらに35年前のデビュー曲の新録バージョンやCKBの新曲なども収録されている。「アイドルにも大御所の方にも(自分の曲を)歌ってほしい」と作曲家としての意欲を見せる横山さんに、数々の楽曲提供にまつわるエピソードや自身のキメぜりふ「イイネ!」の誕生秘話、35周年の思いなどを聞いた。
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――横山さんのキメぜりふ「イイネ!」は、かなり前から存在していたそうですね。
小学生の時からやっています。これは母方の伯父の口ぐせなんですよ。(今のような)「イイネ!」じゃなくて「いいねえ~」って(しみじみと言う)感じだったんですけど、それが移ったんです。伯父は、もう口を開けば「いいねえ~」、誰の顔を見ても「いいねえ~」って意味もなく言っていて、それで自然に出るようになって。中学の時に初めてバンドに入れてもらって、初ステージが文化祭だったんですけれど、MCで何を話していいか分からないので、「イイネ!」とかって言って場をつないでました。
――もともと、横山さんは作曲家志望で、クールスのマネジャーやファンクラブの責任者といったスタッフを経てメンバーになり、81年にデビューしたそうですが、今作にも収録されているデビュー曲「シンデレラ・リバティ」にまつわる思い出は?
横須賀のどぶ板通りというところに、大将(ミシン)ししゅう店という、バッチやスカジャンに刺しゅうの文字やデザインを入れてくれる刺しゅう屋さんがあるんですけど、そこのオヤジさんの発案で、店のいたるところに「シンデレラ・リバティ」って書いたステッカーが貼ってあったんです。それは、米兵に「遅くまで遊んでないで12時(午前0時)までに船に戻りましょう」と喚起する意味で、僕がジャンパーやキャップに刺しゅうしてもらったオマケにそのシールをプレゼントされて、オヤジさんにその話を聞いて曲のイメージが出てきたんです。それが17歳の時で、レコーディングしたのが20歳、発売になった時は21歳になってました。
――この35年間で楽曲提供したアーティストも幅広いですね。2005年のSMAPのアルバム「SAMPLE BANG!」に収録されている「退屈な日曜日」は、SMAPに提供することを前提に制作したのでしょうか。
この曲はもともと、自分たちのバンドでライブだけでやっていた曲だったんですけれど、その時からSMAPのイメージが脳内にあって「歌ってくれないかな」と思っていたので、話が来た時にすぐこの曲を出しました。ソウルミュージックが下地になっているというか、ニューソウルという感じの曲で、歌詞はラブソングなんだけど、ちょっとメロウな切ない感じ、幸せっていうんじゃなくて、うまくいってない感じ……そんな歌詞なんですけど、(SMAPが歌う「退屈な日曜日は」)ホントに「こんな感じになればいいな」って頭の中で鳴ってるSMAPの声、そのままでした。
――TUBEの「タイムトンネル」、グループ魂の「欧陽菲菲」など、バンドに提供した楽曲に関しては?
TUBEはちょうどアニバーサリーイヤー(2015年がデビュー30周年)で、TUBEの曲も、聴くと一瞬にしてその時代にワープできるタイムトンネル的な音楽だなと思ったので、ドライブしながら過去にさかのぼっていく感じとか、実際のトンネルとタイムトンネルがリンクするような感じにしたいなと思って作りました。
グループ魂は、「竹内力」とか、人名ソングが多いので、俺も作ってみようと思って「欧陽菲菲」を作ったんですけど、台北に行った時に、タクシーの運転手さんがボーリング場を指さして「あのボウリング場は、欧陽菲菲がどうのこうの……」って言って、その後は聞こえないんですよ。もう1回聞いても、また聞こえない。でもとにかく、欧陽菲菲にちなんだボウリング場なんだなと思いながら、欧陽菲菲が巻き毛で、イブ・サンローランか何かのサングラスをしてボウリング場に登場したっていう絵を浮かべてみたり。一方で、阿部サダヲさんがつま楊枝をくわえてハーレーに乗ってる絵も浮かんだので、それも入れて、あと24時間営業の店の、何時に行ってもそこだけまだ夜が続いてるような“24時間営業のグルーブ”っていうのも思い浮かんだので、それも入れてみたという。そこに何の関連性もないんですけど、阿部さんが歌うと、やたら説得力があるんですね。これを僕が歌うと「やっぱ、わけの分かんない歌になっちゃった」って感じがするんですけど(笑い)、これはやっぱりグループ魂じゃなきゃダメっていうを分かっていただくためにも、それでもいいなって。
――女性歌手では、和田アキ子さんの「女ともだち」、一青窈さんの「茶番劇」がありますね。
「女ともだち」は、アッコさんの温度感みたいなものを想像しながら、詞と曲は割とスムーズに出てきました。自分で歌うとなると、和田さんの気分を、少しでも乗り移るように呼び込んで、という感じでしたね。一青さんの場合は、昭和的でツイストが踊れるような曲っていうリクエストがあって、ツイストなんだけど、いわゆるリーゼントにポニーテールっていうんじゃなくて、エレガントな感じにしたいなと思って。歌詞はご自身ですけど、仮歌の時からの「とんだ茶番劇……」っていうのはそのまま使ってもらいました。
人が作った歌詞の方が(セルフカバーの時は)シンガー的な喜びというか、チャレンジする感じがして楽しいですね。例えば、女の人を泣かせてきたようなタイプの中条きよしさんが、(代表曲「うそ」などで)泣かされた女の側の歌を歌うっていうのはあるので、そういう気分で歌わせてもらいました。
――CKBの新曲「モトマチブラブラ」は「横浜元町チャーミングセール」のCM曲として書き下ろしたそうですが、横浜在住の横山さんにとって、元町はやはり身近な街なんですか。
そうですね。車で10分ぐらいです。(地元が)本牧なので、本牧通りをずっと行ったらすぐ元町に出ますし。市民プールがあるんですけど、20代の頃はそこばっかり行ってました。あとはカフェ、スーパーマーケット、洋服屋に服を買いに行ったりとか。
――今作は、まさに35年間のキャリアを凝縮したアルバムといえますが、ご自身で聴いて感じることは?
35年前の曲は35年前じゃないとできなかった曲だなあと思ったり。やっぱり、その時その時に出てきたもので、どう頑張っても同じものはできないので、ホントに“メモリー”ですよね。後ろを振り返るっていうのは、今、続けているからこそできるわけで、そうじゃないとメモリーはできないので、続けてきてよかったな、これからもまた続けていこうっていう気持ちになります。今年は“攻め”がテーマなので、どんどん攻めていこうという気分ですね。体が追っつかないのがちょっとなんなんですけど(笑い)。どうしても曲を作っていると(夢中になって)朝ごはんを食べ忘れたり、健康的にもあんまりよくないので、そのへんも大事だなって身にしみて感じてます。
<プロフィル>
1960年生まれ、横浜市出身。1981年にクールスRCのボーカル兼作曲家としてデビュー。その後、ダックテイルズやCK’Sなどのバンドを経て、97年にクレイジーケンバンドを結成。横山さんが初めてハマッたポップカルチャーは、6歳の時に初めて見たF1映画「グラン・プリ」。「僕は音楽も好きなんですけど、モータースポーツ……車のレースやバイクも大好きで、車好きになったきっかけが、三船敏郎さんやイブ・モンタンさんが出ている『グラン・プリ』という映画でした。昔、『11PM』という深夜番組があって、そのテーマソングを作曲した三保敬太郎さんという方が、作曲家でピアニストでレーサーだったんです。それで、作曲家でレーサーってカッコいいなっておぼろげに理想にしてたんですけど、この映画がなかったら、三保敬太郎さんへの憧れもなかったと思います。あと、7~8歳になって、『慕情』という(香港が舞台の)映画をテレビのリバイバルで見たんです。それからもう、たまらなく香港が好きになりました。今回(のアルバムタイトルと表題曲)は『香港的士-Hong Kong Taxi-』ですけど、ここまで香港、香港って(いろんな曲の中で)いうのは、それが理由です」と話した。
(インタビュー・文・撮影:水白京)