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大江千里:ロングインタビュー(下) 最新刊に新海誠監督がコメント 「言の葉の庭」が結んだ“共演”

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最新刊「ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス」を発売した大江千里さん

 シンガー・ソングライターとしてデビューし、現在は米ニューヨークでジャズピアニストとして活動する大江千里さん。19日に発売した著書「ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス」(KADOKAWA、1944円)では、現地の音楽大学でジャズを学ぶために2008年に渡米した大江さんが、12年の大学卒業とともに自身のレーベルを設立し起業のため奮闘する姿などNYでの音楽活動や日々の暮らしについてつづっている。また帯には劇場版アニメ「君の名は。」で知られる新海誠監督がコメントを寄稿していることも話題だ。同監督が劇場版アニメ「言の葉の庭」(13年)のエンディングテーマに大江さんの曲「Rain」(劇中の歌唱は秦基博さん)を使用したことがきっかけでつながった縁だという。実は“大江千里ファン”だという新海監督にまつわるエピソードや「言の葉の庭」の裏話、NYでの最近の生活などについて、大江さんに聞いた。

 ――今、NYのブルックリンではどのような生活をされているんですか。

 わりと早起きで、一緒に米国に渡った11歳の犬がいるので、毎朝ご飯を作って散歩して、それが一段落すると、僕はレーベルの社長なんで、仕事のメールとかを午前中にいろいろやって、午後はジャズピアニストとしての練習ですね。あとはジムに行ったり、1日に8000~1万2000歩くらい歩いたり。それで晩ご飯を食べて、その後は作曲。夜は作曲をしたりエッセーを書いたり。料理も作っています。ガーデニングもやっているし。ちなみに今年はトマトが1個もならず、なったのはししとうだけでした(笑い)。

 ――著書「ブルックリンでジャズを耕す~」の帯にコメントを寄せている新海誠監督は、ご自身の映画「言の葉の庭」で大江さんの楽曲「Rain」を使用したり、今回の帯の文を書くにあたって、完成した本の1.2~3倍もある校正前のゲラをすべて読んだりと、大江さんの大ファンだそうですね。

 「Rain」を使いたいというお話をいただいたときに、もう新宿御苑(東京都新宿区)とかの映像を手持ちのビデオで撮っていらっしゃっていて、それと絵コンテを足して、セリフも入っていて、「あんたはそうやって……ずっと一人で生きてくんだー!」っていうところで僕の音楽が入る。もう画(え)が出来上がってるんです。実は、僕が「Rain」を書いて歌ったときに見えた景色と、新海さんが作られている景色とロケーションは違うんですね。映画は新宿御苑でしょ? 僕はつつじヶ丘とか調布の方のロータリーを想像していて。でも何となく(京王線で)新宿まで来られちゃうから、雨の音がつなぐ何かがあるというか。新海さんが触発された「Rain」を書いた僕が、それを使って新海さんが作った作品にまた「触発返し」されるという感動がありました。

 ――新海監督が寄せた「思春期に世界の見方を与えてくれた大江千里は、今でも形を変え、世界の美しさを奏でる方法を僕に教えてくれる。」というコメントを読んでどう感じましたか。

 僕は女の子のファンが多かった25、6歳のときに、「AVEC」(86年)というアルバムでちょっとシリアスな方向に行って、歌詞をグッと書き込んだ時期があったんです。その時に想定していたのは、いわゆる男子の隠れファンというか。僕のメロディーと構築された詞の世界を聴いて、自分のクリエーティビティーにつなげる人が出てくればいいなあ、なんて思いながら、そういう人がファンになってくれるものを作りたい、と思って作っていたから……でも「まさか本当にそんなことが」って。音楽がつなぐ人の縁というか、時代を超えてバトンが渡されてきた生き生きした感じとか、色あせていないものを見せられたというか。毎回毎回、もう思い残すことがないぐらい命を注いで作品を作ってきて、本当によかったなと思いましたね。

 ――今後、またポップスのフィールドで活動する可能性は?

 ポップスってやっぱり旬の音楽で、ポケットの中で手が触れて、握る直前にピュッと離れるような瞬間や、フルーツをシュパッと切った時に果汁が飛び散るようなものを、どれだけ焼き直してあぶりだしていくかっていうのが僕の好きなポップスで。でも、40代の時、自分が思うポップスと、40代になって歌う世界観というものに若干ズレがあって、何かもっとしっくりくるものに自分のエネルギーを使うことはできないかのな、と思っていたんです。

 やっぱり(「Rain」の歌詞で描いた)路地裏で抱きしめようとして抱きしめ切れなかった、あの2、3センチの距離の切なさは、そこ(作った当時)に置いてきたからこそ、今も人から人へバトンを引き継いできているもので、それを僕が安易に触れてはいけない。僕が今、ジャズの世界にいるのも、それを違う形でやるということにチャレンジしているから。だから、捨てているというような感覚ではないんです。僕も大江千里のひそかなファンの一人として、やっぱり大好きだからこそ大事にしたい、という思いですね。

 <プロフィル>

 おおえ・せんり 1960年9月6日生まれ。83年にシングル「ワラビーぬぎすてて」とアルバム「WAKU WAKU」でデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「ありがとう」などのシングルがヒット。2008年にジャズピアニストを目指すために渡米し、NYの音楽大学「THE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSIC」に入学。12年、大学卒業と同時に自ら設立したPNDレコーズから、アルバム「Boys Mature Slow」でジャズピアニストとしてデビューを果たした。15年には、渡米からジャズ留学、大学卒業までを記した著書「9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学」(KADOKAWA)を発売。大江さんが初めてハマッたポップカルチャーは、テレビアニメ「妖怪人間ベム」。「(見たのは)10歳ぐらいのときだったと思うんですけど、(テーマソングが)ジャジーでカッコよくて、ものすごく影響を受けましたね」と話した。

 (インタビュー・文・撮影:水白京)

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