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コミケ:オタクは一目置かれた そして後継者は… 市川孝一共同代表に聞く平成回顧(後編)

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29日に開幕した「コミックマーケット95」。今回も寒空の中、初日17万人が来場した。

 日本最大の同人誌即売会で、平成最後の「コミックマーケット(コミケ)」となるコミケ95が29日、東京ビッグサイト(東京都江東区)で開幕した。平成元年(1989年)に起きた連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤元死刑囚がコミケのサークルに参加していたことからの世間のバッシングを浴び、1991年の「有害コミック」問題という危機もあった。激動だった平成のコミケについて、市川孝一共同代表に振り返ってもらった。(中編から続く)

 ◇コミケへの思い 「ラブ」から「ライフ」へ

 ――市川さんにとってコミケとは。

 「ライフ」ですね。「ラブ」から始まって「ライフ」に変わった。初代代表の原田(央男さん)、2代目の米澤、そして僕ら(筆谷芳行さんと安田かほるさんの3人)と来て、次に誰かに継いでもらわないといけないのは事実です。今の共同代表は全員50歳を超えましたし、新しい子に……と思うのですが。ただどこの組織も同じですが、若い人がいても、経験に加えて、周りの支持が必要ですからね。

 ――代替わりがうまくいかないと無法地帯になると。

 無法地帯ならまだいいのですが、管理社会的になるのが怖いですね。コミケはアナログな面があって、修正するときの個別交渉でもわかるように「0」と「1」のデジタルでは語れません。デジタルになるとイエスかノーになるので、表現が制限されます。コミケで同人誌を止めるのは簡単なんです。でもそれはダメで、いかにして頒布できるかを考えないとダメなんです。

 ――代表になると大変そうです。

 なってしまえば大丈夫ですよ(笑い)。要は「面白くない」ではなくて「どうしたら面白くなる」と考えることが大事。高杉晋作の辞世の句に「おもしろきこともなき世をおもしろく……」とありますが、普通に生きていたら面白くないのです。宮崎事件も「有害コミック」問題も、一見したらピンチに見えることを、いかにしてチャンスに変えるかです。まあ、同人誌が手に入ると思えば頑張れます。正月に箱を開けながら同人誌を読むのが何よりも楽しい瞬間なのですから。

 ◇来場者50万人は味方

 ――平成の初期は強烈なバッシングがありましたが、今は市民権を得ています。なぜここまで変わったのでしょうか。

 ズバリ数でしょう。オタクが無視できないぐらい大きくなり、一目置かれたのだと思います。一般参加者の50万人は我々の味方なんです。そしてバッシングを受けて強くなったのだと思います。刀を精製するように、たたくと強くなったわけです。

 ――最後にもう一つ。これだけ巨大になったコミケ誕生のきっかけは。

 初代の原田がパイオニアなのです。どうすれば多くの同人誌を手に入れられるか考えたときに、同人誌のサークルを集めたほうが早いという発想がコミケの最初です。当時は文通で一つ一つ同人誌を交換するのが常識ですから、本当にすごいと思います。

 人はお金や異性などいろいろな欲望がありますが、我々は同人誌に欲望を持っているわけです。だから大変なことも楽しんで乗り越えていけたらと思います。

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