デビューの形はいろいろあるが「経験を積むつもり」で受けたという初めてのオーディションで、見事に大役を獲得した新人俳優・奥平大兼さん。数々の話題作を世に送り出してきた大森立嗣監督が長澤まさみさんを主演に迎えて挑んだ意欲作「MOTHER マザー」(7月3日公開)で、祖父母を殺害してしまう少年役というのだから「どんなポテンシャルを持っているのだろうか」と誰もが興味を持つだろう。奥平さんに、初めてづくしだった撮影に臨んだ心境や、今年17歳になる“等身大の今”について聞いた。
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芝居の経験もなければ、オーディションを受けたこともなかった……。そんな一人の少年が「受かりたいという気持ちで受けなければいけないと思うのですが」と言いつつも、「オーディションというものがどういうものなのか経験したい、勉強したいという思いだった」と本音を吐露する。だからこそ、合格の知らせが来たときには「まったく実感がなく、夢を見ているような感じでした。当然、覚悟もできていなくて、正直怖い気持ちしかなかった」と振り返る。
奥平さんが演じる周平は、長澤さん扮(ふん)するシングルマザー秋子の息子だ。男たちとゆきずりの関係を持ち、その場しのぎに生きてきた母の側にずっと寄り添い、母親からの執着ともいえる愛情を、自分なりの解釈で受け止め、成長してきた周平。秋子の歪(ゆが)んだ愛はやがて、周平に祖父母殺害という殺人事件を起こさせてしまう。
多くを語ることなく、自分の気持ちを内に秘める少年。台本を読んだだけでも非常に難解な役柄だと感じられる。しかも周平の演じ方で物語の色味が変わってしまうといえるほど、重要な役割だ。演技経験もなく、大きな覚悟も持てぬまま臨むのだから「怖い気持ちしかなかった」というのはある意味、当たり前だろう。
そんな奥平さんのために大森監督は撮影前の1カ月間ワークショップを開いて、徹底的に役と向き合う時間を与えた。奥平さんは「この期間がとても大きかった」と笑顔を見せる。「怖いから、失敗したくないという気持ちが強かったので、チャレンジしなかった」とワークショップの序盤を振り返る。「そこで大森監督から『自分を解き放たないとダメ』という助言を何度もいただきました。経験のない僕にとって、大森監督の言葉がすべて。最初に壁をぶち破ってもらい、そこからいろいろなことを教えていただきました」と大切な時間だったことを強調する。
それでも最初は「本当に何もできず、つらい毎日でした。『こんなこともできないんだ』とどんどんネガティブになってしまった」と何度もへこたれそうになったというが、「初めての作品で、こんな大切な役をいただけ、監督に1対1で指導してもらえるなんて普通じゃ考えられないこと」と恵まれた環境であることに感謝し、踏ん張った。
この貴重な時間のお陰で、クランクインしたときには“怖さ”は払拭(ふっしょく)できていたという。さらに、もともと持つ奥平さんの“気持ちの強さ”も良い方向に作用した。「どんな場面でも緊張はするのですが、でもどこかで緊張してもしょうがないという気持ちもあるんです。失礼があってはいけないとは思いますが、あまり縮こまっていると、相手にも悪いと思って、なるべく現場ではフラットでいようと心がけました」という。
そこには幼少期からやっていた空手競技のお陰もあるようだ。奥平さんは全国武道空手道交流大会「形」で優勝経験もある。「最初は緊張していたのですが、緊張しすぎるとうまくいかないんです。“緊張するのは無駄”だと思うようになってから、少しずつ緊張の解き方が身についてきました。今は緊張しないように調節できるようになりました」と頼もしい言葉が返ってきた。
もともと俳優業に強い憧れがあってこの世界に入ったわけではない。「最初に『マルモのおきて』(フジテレビ系、2011年)というドラマを見て、阿部サダヲさんのことを面白い人だなと思ったのですが、自分とは違う世界の人なんだ」と俳優業に対して、そこまで前のめりではなかった。
しかし、撮影現場では想像していた以上に多くの人が携わっていることを知った。最初は緊張したが、慣れてくると“楽しい”と感じられるようになった。人の多さもプレッシャーではなく「それだけすごい世界なんだ」と魅了され、「やりたいという気持ちにスイッチが入りました」と力強く語る。
これまで映画やドラマなどで、俳優に焦点を絞って作品を見たことがなかったという奥平さん。憧れの役者などもいなかったというが、現場を経験して、作品の見方も変わった。「今はいろいろな方の演技を観て、勉強しようという視点で作品を見ています。今回も阿部さんや長澤さんとご一緒して、お芝居のすごさを感じました」と目を輝かせる。
今年9月に17歳になる奥平さん。俳優業への思いが強くなる一方、プライベートでは音楽とファッションへの興味が強いという。「音楽は保育園に入る前から聴いています。音楽なしの生活は考えられない」と熱い思いも。洋楽を中心にいろいろなジャンルの音楽を聴き込んでいるようで、各国のヒット曲のルーツや、どんな音を追加すれば曲調が変わるかなど、聴きながら分析する癖があるようだ。自身もピアノを弾き、クラシックがお気に入りだという。洋服についてもパリコレなどのファッションショーで自身の好きなブランドの傾向などをチェックすることも楽しみの一つというから本格的だ。
「今回の現場で得たことや、他の作品を見て感じたことを、また実際の現場で生かしたい」と貪欲に俳優業に向き合うことを誓う奥平さん。「ちょっと恥ずかしい」と自らを解き放って演じた周平という役についてはにかんでいたが、「それでも見ていただいた方がどんな感想を持つのか興味があります」と公開を待ち望んでいた。
(取材・文・撮影:磯部正和)
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