THE FIRST SLAM DUNK:原作以上の山王戦へ 驚きのCGの裏に隠された妥協なき挑戦 演出・宮原直樹に聞く

「THE FIRST SLAM DUNK」の一場面(C)I.T.PLANNING,INC.(C)2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners
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「THE FIRST SLAM DUNK」の一場面(C)I.T.PLANNING,INC.(C)2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners

 井上雄彦さんの名作バスケットボールマンガ「SLAM DUNK(スラムダンク)」の新作劇場版アニメ「THE FIRST SLAM DUNK」。2022年12月3日の公開から約2カ月で興行収入が100億円を突破するなど大ヒットしている。中でも話題となっているのは、臨場感あふれる試合シーンだ。原作のクライマックスである湘北高校対山王工業戦が3DCGで表現され、ファンから「井上先生の絵がそのまま動いている」「スポーツをリアルに観戦しているようだった」と感動の声が上がっている。どのようにしてこの山王戦は作り上げられたのか? 同作の演出を担当した東映アニメーションの宮原直樹さんにCG制作の裏側を聞いた。

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 ◇バスケらしさ、「スラムダンク」らしさを表現するために

 「スラムダンク」は、1990~96年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載されたバスケットボールマンガ。赤い髪の不良少年・桜木花道がひょんなことから湘北高校バスケットボール部に入部。安西先生の下、主将の赤木剛憲や流川楓、宮城リョータ、三井寿、木暮公延らとともに全国制覇を目指す……というストーリー。テレビアニメが1993~96年に放送された。国内のシリーズ累計発行部数は1億2000万部以上。

 「THE FIRST SLAM DUNK」は、原作者の井上さん自ら脚本を手がけ、監督を務めたことも話題になっている。制作する上で大きな軸となったのは「バスケットボールがしっかりとバスケットボールであること」「それぞれのキャラクター性をアニメで成立させること」だったという。宮原さんは、「ドラゴンボール」シリーズ、「プリキュア」シリーズなどで作画監督、CG監督を務めた2Dと3Dの両方を熟知する“職人”だが、今作の制作を「全部が全部、初めての作業だった」と振り返る。

 まず、一つ目の軸である「バスケらしさ」を表現すべく用いられたのが、実際の選手の動きをデジタルデータにするモーションキャプチャーだった。しかし、同作のモーションキャプチャーはほかの作品とは異なる方法だったという。

 「セオリーとしては絵コンテを描いて、それに合わせてモーションキャプチャーをとっていくのですが、今回は絵コンテがない状態で始まったんです。まず、原作で各キャラクターがどのように動いてるかを徹底的に分析して、資料を作った上でモーションキャプチャーをとっていく。コート上の10人がどの位置でパスをもらって、どう動いていくか。そうした設計をバスケットボールの専門の方に作っていただいて、それを基に実際にプレーしながら、モーションキャプチャーで1試合分のデータを作る。そこからスタートしました。この規模のモーションキャプチャーの制作は初めてでした。モーションキャプチャーの収録作業だけでも1カ月以上かかりました」

 リアルなプレーヤーの動きを再現するだけでは、「井上先生の絵がそのまま動いている」にはならない。各キャラクターの個性を再現するべく、CGのキャラクターモデルにもこだわった。

 「最初にモデルを作った時には原作に頼るしかなくて、できるだけ原作に忠実に作っていきました。通常では、CGで都合のいいような解釈で多少似ていなくても立体として成立させる作り方をする場合もあるのですが、今回だけはどこから見ても『井上監督の描かれている絵に見えるように』というところを目指して時間をかけて作ってもらいました」

 当初は宮原さんらが原作を基に制作したCGモデルだったが、井上監督が本格的に制作に参加してからは、さらに微細な修正を加えることになった。

 「それぞれのキャラクターの目や眉毛など細かいところまで作り込んだつもりだったのですが、井上監督に監修していただくと、またさらにその上があったという(笑い)。原作を描かれた時と、今の井上監督の絵は当然違うので、その辺りがどんどんモデルにプラスされていきました。最新の井上監督が描かれたものがCGとして成立しているというのは、見ていて感動しましたね。中でも顔の構造は最後までこだわられていて、まつげの本数まで『ここは1本減らして』というようなこともありました。それをやると“らしく”なるので、毎回感動していました」

 さらに、宮原さんらスタッフは、井上監督の絵のタッチに近い「ざらつき感」も表現しようとしたという。

 「通常のセルアニメだとはっきり直線的な影があったり、その影が割と彩度の高い色で塗られていたりして、画面が明るくつるつるとしているように見える。そこからいかに“ざらつき感”を表現するか。紙の質感を薄く残していたり、絵の具のにじみの要素を少し入れてみたり、輪郭線が予期しないような形でちょっとぶれていたり、そういう要素を技術方面のスタッフに作ってもらって、ざらつき感を表現しようとしました」

 ◇アニメチックでもリアルすぎてもいけない

 モーションキャプチャーを駆使したリアルな選手の動き、個性的なキャラクターたちの表現するための妥協なきモデル作り、井上監督の絵の質感をアニメで再現するための工夫……。迫力ある山王戦の裏には、予想を超えた制作陣の情熱があった。

 「アニメチックに誇張された形にはしたくなかったし、かといって、リアルなものをただリアルに見せても、そこにドラマチックなものが生まれるかというとそうではない。映像作品としても成立するし、本物のゲームを見ているような感覚にもなるという、いいとこ取りをしないといけない。そうしたテーマがあったことが、成功につながったのかなと思います」

 原作を再現しただけでもなく、リアルな試合を再現しただけでもない。それは試合シーンのスピード感にも現れている。

 「モーションキャプチャーを使って収録して、それをリアルタイムで再現すると、ちょっと緩く見えるんです。そのスピード感が正確ではあるのですが、人が動いてる絵と、CGデータとして出来上がったものでは、見え方に少しだけ差がある。だから、アニメでは実際の選手の動きよりもスピード感を出して、分かりやすく見せたいシーンはスローを使っています」

 試合シーンの中でも宮原さんが苦労したのは、桜木花道のシーンだという。

 「桜木はリアルとアニメの中間にいる人なんです。リアルの中にいないといけないのですが、普通ではないし、モーションも大きくて派手で『ただ者じゃない』ところを表現しなければいけない。一つ一つの動きもやり過ぎるとアニメチックになってしまうし、リアルすぎるとおとなしくなってしまう。例えば、桜木がダンクをしてリングにぶら下がるシーンでは、どこまで足が上に上がるか?と。そこはリアルよりも誇張した動きになっていると思います。桜木のシーンは作っていて苦労しましたし、面白かったですね」

 ◇原作の「さらに上を」 画期的なスポーツ映画に

 制作を振り返り、宮原さんは井上監督の「もっと上があるかもしれないですね」という言葉が印象に残っているという。

 「『このカットにはまだ上がありそうですね』と言われると、僕らスタッフもビビッとくるというか。何度も何度もリテークを重ねて『これでいきましょう』となるのですが、その2カ月後ぐらいに『やっぱりもっと上があるかもしれないですね』と。先生は『原作の上』を目指していました。『僕も進歩していますので』とおっしゃっていましたね。『さらにその上』というのは大きなキーワードとしてあったと思います」

 原作以上の山王戦を表現した「THE FIRST SLAM DUNK」。宮原さんは、今作を「スポーツ映画として画期的だった」と話す。

 「コートにいる10人全員がちゃんとバスケットをしているという見せ方。オフェンス側のチームがゴールを決めた後、ディフェンスに戻る選手の姿もちゃんと一つの画面に映っている。モーションキャプチャーの精度も含め、今の時代だからこそできたことだと思います。また、テレビシリーズではここまで時間をかけられないし、映画という枠組みがあったからこそできたことでもあります。これまでスポーツものの名作は『ロッキー』であったり、ラグビーの『インビクタス/負けざる者たち』であったり、盛り上がるゲームのシーンが最後の10分に凝縮されていて感動を呼ぶという形だったと思います。今回の『THE FIRST SLAM DUNK』は、ほぼ全編にわたって1試合まるごと描いています。その中に各キャラクターの成長、挫折があって、そこからの再生がある。1試合の中でこんな見せ方ができるというのは、関わっている側としても驚きと感動がありました。実写を含め画期的な映画になったのではないかと思います」

 「スラムダンク」の連載終了から約26年。スポーツマンガの歴史的試合とも言える山王戦が、原作の「さらに上」を目指してアニメで表現された。ストーリーを知っていても、結末を知っていても、心を揺さぶられるのは、そこに全く新しい「スラムダンク」があるからなのかもしれない。

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