映画、テレビドラマ、CM、舞台と2023年も引っ張りだこの俳優・伊藤沙莉さん。最新主演映画「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」(6月30日公開)では、自身が“ダディー”と呼び絶大なる信頼を寄せている内田英治監督、そしていま日本映画界で大注目の片山慎三監督とタッグを組み、大いに癖のあるSF作品を作り上げた。子役から活動している伊藤さんは、すでに芸歴20年にも及ぶが、過去に作品を共にした監督と再度現場を共にすることには、大いなるプレッシャーがあるというのだ。伊藤さんに話を聞いた。
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映画は、新宿歌舞伎町を舞台に繰り広げられる奇想天外な作品。本作で伊藤さんは、小さなバーのママ兼探偵業を営むマリコを演じる。メガホンをとるのは映画「獣道」や、Netflix「全裸監督」シリーズで作品を共にした内田監督と、映画「岬の兄妹」や「さがす」など話題作を世に送り出し、やはり「全裸監督」で現場が一緒だった片山監督。
長いキャリアを誇り、数多くの監督と作品を作り上げてきた伊藤さん。内田監督との縁も深く、自身が愛情を込めて“ダディー”と呼ぶほど信頼を寄せる。それでも伊藤さんは「初めてより2回目、3回目と作品を重ねる方が断然緊張するんです」とやや意外な言葉を発する。「一番はこれを最後に見限られてしまうのでは……」という不安があるからだ。
「一度作品をご一緒して、また声を掛けていただけるというのは、きっと何かを期待してくれているんだと思うんです。だからこそ、成長した自分を見せられたらということではないのですが、『こいつつまらなくなったな』と思われたらどうしよう……というプレッシャーが大きいんです。私にとっても大好きな監督であればあるほど、回数を重ねることが歴史にならないといけないと思うんです」
特に、以前一緒だった「全裸監督」の現場で注意をされたことが、伊藤さんには強く印象に残っていたという。
「内田監督があるシーンで『いまのその芝居、どこで覚えてきたの?』と言われたことがあったんです。そのとき『あー全部見透かされてしまうんだな』と思い、お芝居する気持ちをしっかりと締め直しました。それがあってからのこの映画だったので、余計にこなれた芝居なんて絶対できない、ウソのない気持ちをしっかり表現しなければという緊張感は高かったです」
一方で、作品を重ねたからこそ、相手から求められるハードルの高さを“乗り越えてやろう”というモチベーションは上がる。
「すべてを理解しているわけではありませんが『いまはこれが欲しいんだろうな』とか、『これはいらないんだろうな』という足し算、引き算は共有できているような気はするんです。だからこそ、監督が欲しいものはしっかり出さないといけないという思いは強かったです」
強い思いで臨んだ本作。内田監督、片山監督との対峙(たいじ)はもちろん、マリコの心の支えとなる彼氏で、“自称”忍者のMASAYAを演じた竹野内豊さんとのお芝居も、伊藤さんは衝撃を受けたという。
「もうMASAYAとしてそこに存在しているんです。現場でも一生懸命先生から忍術を教わっていて……。本当に自分は伊賀流忍者なんだということを疑っていない。そんな大人がいるだけで、私たちも信じることができるんです。竹野内さんがまぎれもなくMASAYAでいてくれるので、こちらも何かを作ることなく、自然とマリコになれるんです」
伊藤さんの言葉通り、ジージャンに赤いバンダナを巻き、忍術の生徒を募集するMASAYAは、端正なルックスで女性ファンを魅了する竹野内さんのそれとはかけ離れている。
「本当に生徒募集のビラを配っている人ですよね。完全に(笑い)。そういう役を意識的に演じているという感じは一切なく、本当にその場にいるだけで、しっかりとその世界に導かれる不思議な体験をさせていただきました。元々憧れの俳優さんでしたが、お芝居も人柄も含めてすてきでした」
20年に手が届くキャリアを誇る伊藤さん。2024年にはNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)「虎に翼」で主演を務めるなど、その勢いは増すばかりだが、本作はもちろん、野心的でチャレンジング、エッジの効いた作品にも積極的に出演している。
「内田監督とご一緒してみても感じるのですが、私は楽しいことが好きなんだと思います。もちろん、うまくできなかったり、失敗してネガティブな気持ちになったりすることはありますが、やっぱり映画作りが好きですし、お芝居も好きなんです。その意味ではすごくシンプルなんですよね(笑い)」
負の感情に捉われることもあるというが、それも以前とは質が変わってきた。
「悔しいと思うことはもちろんありますが、確実に昔の悔しさと今の悔しさは違う。求められることも当然変わってきていると思います。今回のように真ん中に立たせていただいたときは、独りよがりになってはいけないし、周囲のこともしっかり見なくてはいけない。求められているのはお芝居だけではないんだなと感じることもあります。そこでうまくいかないことがあっても、それを楽しみに変換できるようにという思いは強くなっていると思います」
どんなことでも“楽しみ”に変換していきたいという伊藤さん。朝ドラ「虎に翼」放送まで1年を切った。
「長丁場になると思いますが、いまはいろいろな課題があっても、なにか一つ楽しいことを見つけてやっていければなと思っています。長期に渡って同じ役を演じるという機会もなかなかないと思うで、より深く役を知ることで、きっと新しいことにも気づけると思います。その意味で発見の多い年になるのかなと、いまはとても期待しています」(取材・文・撮影:磯部正和)
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