劇場版 美少女戦士セーラームーンCosmos:ファンを裏切らない作品を 高橋知也監督に聞く

「美少女戦士セーラームーンCosmos」の一場面(c)武内直子・PNP/劇場版「美少女戦士セーラームーンCosmos」製作委員会
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「美少女戦士セーラームーンCosmos」の一場面(c)武内直子・PNP/劇場版「美少女戦士セーラームーンCosmos」製作委員会

 武内直子さんのマンガ「美少女戦士セーラームーン」の劇場版アニメ「美少女戦士セーラームーンCosmos」。最終章となる<シャドウ・ギャラクティカ編>を前後編の劇場版として制作し、前編が公開中で、後編が6月30日に公開された。「世界一初恋 ~プロポーズ編~」の監督、「妖怪ウォッチ シャドウサイド」の監督補佐などの高橋知也さんが監督を務める。高橋さんが「美少女戦士セーラームーン」の監督を務めるのは初めて。同作の大ファンという高橋監督は「ファンを裏切らない作品」を目指したという。高橋監督に制作の裏側を聞いた。

ウナギノボリ

 ◇全く新しいものを作るのではなく

 「美少女戦士セーラームーン」は、1992~97年に少女マンガ誌「なかよし」(講談社)で連載された人気マンガ。テレビアニメが1992~97年に放送された。コミックスの世界累計発行部数は約4600万部。2022年に連載開始30周年を迎えた。

 高橋監督は、子供の頃から「美少女戦士セーラームーン」の原作、アニメが大好きで「ド世代」だったといい、特別な思いがあった。

 「テレビアニメがはじまった頃から見ていましたし、妹が買っていた『なかよし』も読んでいました。家族旅行に行った時、駅の売店でコミックス第1巻を買って、みんなで読み回したことをよく覚えています。当時、セーラーマーキュリーが好きでした。アニメのエフェクト、水がきれいに動いているところが好きでした。アニメのエフェクト、光、建物などが気になっていました」

 子供の頃からアニメの“動き”が好きで、なるべくしてアニメ監督になった高橋監督。長く愛されている「美少女戦士セーラームーン」の新作で監督を務めることになり、大切にしたのは「ファンの思いに応えること」だった。

 「時代を超えて愛され続ける作品ですし、ファンの方の思いも時間をかけて結晶化し、どんどんきらめきを増して、強い思いになっています。原作ファン、アニメファン、これから『美少女戦士セーラームーン』の世界に入る人……と全ての人を裏切らないように、ファンの方と向き合いたかった。全く新しい『美少女戦士セーラームーン』を作るのではなく、原作とアニメの両方を経験した立場から作品を作ろうとしました」

 ◇うさぎの気持ちに寄り添える作品に

 目指したのは「うさぎの気持ちに寄り添える作品」だった。

 「原作で武内先生が表現したいことははっきりしています。全ての人に、あの頃のときめきを思い出していただけるように、そこを表現しようとしました。第3期<デス・バスターズ編>、第4期<デッド・ムーン編>は新キャラが増え、群像劇の要素も強いですが、第5期<シャドウ・ギャラクティカ編>は、第1期<ダーク・キングダム編>に立ち返るようなところもあります。うさぎの細かな心境の変化により向き合っています。いきなり恋人が消滅し、自分の記憶を封印してしまう。一度は絶望するも、しっかりと前を向きなおして、仲間、そして宇宙の平和をも救うことを決意する。上下の落差が激しいところもあるので、いかにうさぎの気持ちに寄り添い、気持ちの変化と共に物語を楽しんでいけるかが大切になってきます。そこを最もやらないといけないと思っていました。なので、これまでのシリーズとは雰囲気が違うところもあります」

 「美少女戦士セーラームーンCosmos」は、冒頭からうさぎの目線で物語が進み、自然にうさぎの気持ちに寄り添うことができる。うさぎは、ドジで泣き虫だが、愛と正義の美少女戦士に変身し、活躍する。本来は普通の女の子だ。

 「うさぎは、真の心の強さを持っている女の子です。銀河系最強の再生力を持つシルバームーン・クリスタルを持っていますが、世界を救うのはその力ではない。うさぎの真っすぐ突き進む強さが世界を救います。武内先生は、本当の強さを伝えたかったのではないか?とずっと思っていました。敵も丁寧に描くことで、うさぎ自身が持つ強さを見せていきたいいていこうとしましたと思っていました」

 大人になり、改めて「美少女戦士セーラームーン」を見ると、うさぎの心の強さに胸を打たれるところもある。

 「大人になると、うさぎのよさがより分かるところもあります。単純で泣き虫に見えるけど、何があっても最終的に自分の足で一歩踏み出していけるのが彼女の強さです。『私は被害者だ』『つらい』と言ってしまいたくなる状況ですが、それでは物語が進みません。それは人生も同じですよね。そういうことを伝えられるのは、アニメやマンガの魅力の一つだと思っています。作劇の原点に立ち返ろうとしたところもあります」

 ◇セーラースターライツ変身シーンの裏側

 アニメの表現は日々進化しているが、1990年代に放送されたアニメ「美少女戦士セーラームーン」シリーズは今見ても新鮮に見える。令和の時代に「美少女戦士セーラームーン」をアニメ化するにあたり、高橋監督は改めて約30年前のアニメの“すごさ”を感じたという。

 「30年前にできていたことが、今はできないこともあります。特に変身シーンはなどが、とてつもなくエポックメーキングな作品です。アニメ業界に入ってから、これはおかしい、無理だ……と感じるほど当時、大変なことをやっています。セルを重ねていくと、くすんでしまうため、そんなに枚数は重ねられないのですが、そのくすみすら計算して効果を重ねていっているんです。考えると、頭が爆発しそうになるくらいなります」

 先輩たちの仕事が偉大であるが故に「完全に新しいものをやった方がいいのか。オマージュを強めにしたらいいのか。その中間では中途半端になってしまう。バランスが難しい」と悩んだ。

 「美少女戦士セーラームーンCosmos」の見どころの一つであるセーラースターライツの変身シーンも悩みながら“らしさ”を表現しようとした。

 「セーラースターライツは、黒沢守さんと一緒に考えました。90年代テレビアニメで、ディープ・サブマージ、マーキュリー・アクア・ラプソディー、ヴィーナス・ラブ・アンド・ビューティ・ショックなどの技バンクの原画を描かれた方です。セーラースターライツに変身するスリーライツは原作では女性で、90年代テレビアニメは普段は男性で、変身して女性になります。今回のアニメは原作に準拠しているため、女性であることを変身シーンでフィーチャーするとおかしくなります。女性になって、困惑することもありません。そこが『美少女戦士セーラームーン』のよさだと思いますし、星野たちは星野たちだから格好いい!と彼らのアイドルらしい格好よさを表現しようとしました。『美少女戦士セーラームーン』は本当に奥が深い作品です」

 奥の深い「美少女戦士セーラームーン」の世界を表現するために細部までこだわった。その一つがセーラーギャラクシアの表現だ。

 「僕は実家が寺なのですが、以前からセーラーギャラクシアはシルクロードの仏像技術がモチーフになっていると感じていました。武内先生は、諸星大二郎さんの『暗黒神話』の影響を受けていると聞いています。なので、今回、曼陀羅(まんだら)のモチーフを入れています。曼陀羅は花をモチーフとしたデザインなので、『美少女戦士セーラームーン』、セーラーギャラクシアに合いますし。キャラクターごとにモチーフや音で特徴を表現しようとしています」

 後編の公開に向けて「さらに重い内容になっていきます。うさぎが最後に下す決断をぜひ見ていただきたいです」と語る高橋監督。スタッフが愛を込めて作り上げた最終章を最後まで見届けてほしい。

※高橋知也監督の「高」ははしごだか。

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