個性俳優の佐藤二朗さんの主演映画「幼獣マメシバ 望郷篇」(亀井亨監督)が公開中だ。今作は、佐藤さん演じる引きこもりの中年男と愛犬のマメシバの日常を描く「マメシバ」シリーズの第4弾で、2009年に放送されたドラマ「幼獣マメシバ」を皮切りに、今回の映画を含めドラマと映画が各4作ずつ作られている。映画版に先がけて7月から放送されたドラマ版で“ニート”に成功した主人公・芝二郎(佐藤さん)が、愛犬のマメシバ一郎とともに家出した先の街で起きる出来事を今回の映画版では描いている。足かけ5年、二郎を演じ続ける佐藤さんに、二郎の生きざまやシリーズの魅力、演技に懸ける思いなどを聞いた。
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今作では口だけが達者なニートの中年と幼いマメシバという、一風変わったコンビの触れ合いが描かれる。映画も4作目を迎えて、佐藤さんはさぞ犬に愛着があるだろうと思ったが「申し訳ないんですけど、あまり興味がなくて。嫌いとか好きもないんです」と苦笑する。もともと犬に興味がなかったそうだが、「無条件に好きかというとそんなことはないんですが、当然自分が関わった犬は不幸せになるよりは幸せになってほしいし、いい人に飼われればいいなと思う」と佐藤さん。そうはいうものの、実際は「犬全般に興味はありますかと聞かれたら興味はないですね(笑い)」と言って笑う。
興味がないと話す犬との共演について、「1作目の時は、当たり前ですけど動物は思い通りにならなくて、言うことを聞いてくれればいいなとイライラする時もあった」と振り返る。だが「4作目となり、分かったことは、動物と一緒に芝居するというのは芝居を崩されるのを楽しむこと」と悟ったと明かす。部屋で二郎が寝るシーンでは、「一郎がずっと俺の股間に座っているので、『一郎どこに座っとる?』というのは完全にその場で出てきた(アドリブ)。ああいうのが動物とやる時の醍醐味(だいごみ)」とアドリブを利かせ楽しんだというが、「『一郎に神が降りた』と言っていたけど、神が降りたのはその1回だけだった」と言って笑う。
シリーズ4作目の映画では、引きこもりを続けていた二郎が家出を試みる。佐藤さんは、「3作目までは『ゆるくて可愛くて脱力系のドラマです』と言っていた」と前置きし、「決してゆるくて可愛いだけじゃなく、4作目からは“人が人として生き抜くための壮絶な闘いの話”だということを言っていく」ときっぱり。理由を聞くと、「世の中は“頑張らないブーム”みたいな感じだけど、そうはいっても歯を食いしばって頑張ることは人にとっては必要だろう」と切り出し、「熱血な人が『頑張れ』と言っても当たり前だから、人は頑張ることが必要と言いたいがために、二郎みたいなキャラクターが必要」と説明。続けて、「普通の人には小さな一歩かも知れないけど、二郎にとっては歯ぐきから血がにじむぐらい歯を食いしばって前に進んでいる」と二郎の心情を語り、「そういう意味では人間が成長する壮絶な闘いの物語と自信を持って言える」と言い切る。
最新作では変化しようとする人と、変化をしないことにも美徳があるという対比した考え方が登場する。佐藤さんは「いい作品というのは、どっちの言い分にも理がある。どっちも分かるし共感できるというのが、いい作品の条件だと思う」と持論を語り、「田根楽子さんが演じる山野アオイが、『みんな変わるという風潮の中で、積極的に変わらないでいようとする変わり者が一人ぐらいいてもいい』という、いいせりふがあるけれど、要はどっちも大変だと思う」としみじみ。「アオイは変わらないでいる方が大変だからそっちに勇気を持って闘うというし、二郎は次元の違う話だけど勇気を持って変わることのために闘う」と心情を読み解き、「今まで二郎が変わらないことの方が楽だけど『変わろうか』と半歩ずつ前に行くこのシリーズとリンクしている感じがして、いいなと思った」と共感する。
シリーズ中の魅力的で心が打たれるようなせりふについて、佐藤さんは「せりふに詩がる」と表現。「僕がだめだったら企画をなしにするぐらいの思い入れで、(脚本の)永森(裕二)さんが僕に完全に当て書きした脚本を見せてくれたことから始まった」と作品誕生のいきさつを明かす。そして「(脚)本を見たらせりふが非常に面白い。“せりふに詩がある”というのは、言い換えるとその人にしか書けないせりふ」と印象を語り、「二郎のせりふはおそらく永森さんにしか書けないし、二郎は地球上で多分僕にしかできない」と自信をのぞかせる。
二郎とともに佐藤さん自身にも変化があったという。「芝二郎は35歳から40歳になったが、僕も39歳から45歳になった。そうすると当然、白髪が出てきますよね……」と笑い、「1作目ではアップで白髪が見えたらNGでしたが、今回は芝二郎も40歳になったので、しょうがないだろうし、そこがまたいいだろうと」と外見の変化を語る。さらにプライベートで「子供ができたこと」が最大の変化だと話し、「子供ができたという結果よりも、他者の命に責任を持ってみようかと思えるようになったのが一番の変化」だという。そのことが「二郎のシリーズの最初の作品からの変化と、偶然だと思うけど少し重なっているような気がする」とほほえむ。
役作りをする上でのこだわりを、「身の回りにはいないけどどこかにこんな人いる“かも”とか、小学校の先生でこんな人いた“かも”というのを、見ている人に想像してもらって『いるかもな』と思わせる、その“かも”が大事」と力を込める。続けて、「まさに二郎がそうで、僕の身の回りにもアゴに手を当てて『うんうん』というような人はいないけれど、僕の想像ではこんな人がいるかもという範囲」と話し、「その芝居をするのは勇気がいることでしたが、僕がもし客で二郎を見たら『こんな人どこかにいるかも』と思える範囲だったのでやってみました」と役作りを振り返る。そして、「『こんな人いるわけない』となったらお客さんはもうマッハの速度で引いてしまい、そのキャラクターを愛せなくなっちゃうしね」と観客を引きつける演技の難しさも語る。
そんな佐藤さんが初めてはまったポップカルチャーは「テレビドラマ」だそうで、「TBSの『父母の誤算』とか『想い出づくり。』『ふぞろいの林檎たち』、山田太一さんや倉本聰さんの脚本(の作品)」を見ていたという。さらに「あとは松田優作」と付け加えた佐藤さんは、松田さんの『太陽にほえろ』での有名なせりふ「なんじゃこりゃ」について、「なんでこんなに伝説になったかというと“かも”だから」と持論を展開。「僕もですが刺されたことがないから、想像をしなきゃ分からない。だけど想像するに、もしかして人は刺されて血を見たら、そういう“かも”なんです」と分析し、「そういうの(せりふの妙)に子供の頃にはまってしまったから、基本的にそういう芝居の姿勢になったのかもしれない」と自身のルーツに言及する。
今作の魅力を「物語の結末で二郎が医者になるとか劇的な変化はなく地味といえば地味だけど、見ている人が想像力を働かせて考えると、『あっ成長した!』という、ほかにはないある種の感動がある」と言い、「想像力を働かせるというと少し上から目線にはなっちゃうけど、僕自身作品を見るのに全部が説明されているというのは好きじゃなくて、ちょっと想像させてほしいというか “遊び”を残してほしいというのがある。そういう意味で今作は想像させる余白が結構あると思う」と太鼓判を押す。
そして、「3作目までは『小規模な作品ですがよければ見てください』と控えめに言っていましたが、今作ではもっと正直に言おうと思う」と宣言。「見なきゃ損だと思いますし、この映画を知らないで人生を終えるのは悲劇だと思う」と言い切り、「かなり上から目線ですが(笑い)、悲劇を救済するために4作目はあるし、そのためにシリーズも続けたいので、どうか目撃してください。シリーズを知っている人は引き続き、知らない人は知らないのは不幸なのでぜひ、知ってください!」と自信に満ちたメッセージを送った。映画は全国で公開中。
<プロフィル>
さとう・じろう 1969年5月7日生まれ、愛知県出身。1996年に演劇ユニット「ちからわざ」を旗揚げ。その後、数多くのドラマや映画に出演する一方で、「家族八景」や「吉本興業100周年特別企画~だんらん~」をはじめとするドラマの脚本も手がける。おもな出演作として、ドラマは「勇者ヨシヒコ」シリーズや「めしばな刑事タチバナ」、映画は「神様のカルテ2」「女子ーズ」など。10月23日からはジョン・バカン原作の舞台「THE 39 STEPS」に出演予定。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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