仏パリ郊外にある高校の落ちこぼれクラスの生徒たちが、ある体験によって生き方を変えていく姿を、実話に基づき描いた映画「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」が6日から公開された。生徒たちを変えたもの。それは、ひとりの女性教師に促され参加することになった全国歴史コンクールの準備のために、アウシュビッツの強制収容所から逃げ出すことができた一人の老人の証言を聞いた体験だった。とはいえ、メガホンをとったマリー・カスティーユ・マンシオン・シャール監督は、今作を、ホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺)について描いた作品ではないと語る。マンシオン・シャール監督に話を聞いた。
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今作のそもそもの始まりは、マンシオン・シャール監督の元に届いた1通のメールからだった。送り主は、当時18歳だったアーメッド・ドゥラメさん。この作品で描かれている高校1年生のクラスに2009年に在籍し、一連の出来事を実際に体験した本人だ。マンシオン・シャール監督によると、アーメッドさんが送ってよこしたものは40ページほどのシノプシス(あらすじ)で、「物語のちょっとした“入口”」でしかなかった。にもかかわらず会ってみようと思ったのは、監督自身の「好奇心の旺盛さ」に加え、「アーメッドが送ってきたものの中に、学校をすごくポジティブにする要素があったからです」と語る。
監督は「思えば私も18歳のとき、目上の人、特に仕事をしている人が自分に興味を持ってくれると、とてもうれしかった。ですから、この際、アーメッドに親切にしてみようと思ったのです(笑い)」と振り返る。その後、2人は共同で脚本を執筆し、マンシオン・シャール監督のメガホンで映画は完成した。アーメッドさんは、マリックという生徒役で出演もしている。
作品は、世界各国の映画祭で観客賞を受賞するなど高く評価され、また、フランス本国での評判も上々で、マンシオン・シャール監督は「立派な職業であるにもかかわらず、割と風刺されることが多い教師という職業ですが、これは実話が基になっているので、そういった心配はありません。そういうこともあり、教職に就く人たちは真っすぐに受け止めてくれました。学生たちと一緒に見に行くにはもってこいの映画でもあったようです。一方で若い人たちは、自分たちの世代のことがうまく描かれていると言ってくれました」と観客の反応を笑顔で語る。
もっとも、手応えはかなり早い段階からあった。監督には20代の娘と13歳の息子がいるが、粗編集した3時間に及ぶ映像を「ちょっと長いかな」と思いながらも、当時10歳の息子に見せたところ、「見終えた彼が、『もう1回見てもいい?』と言ったのです。そのときもしかして……」と今作の可能性を感じたという。
生徒たちは、アウシュビッツ収容所から逃れてきた老人の話から強い影響を受ける。その場面では、実際の体験者、レオン・ズィゲルさん(1927~2015年)自らが出演し、生徒たちに語りかける。鮮烈な印象を残すシーンだが、マンシオン・シャール監督は今作で、「決してホロコーストについて描きたかったわけではない」と言い切る。ホロコーストに触れたのは、「アーメッドたちが体験したコンクールのテーマが、たまたま『レジスタンスと強制収容所について』だったからです。これは実話が基になっていますから、私自身は避けようもなかったのです」と説明する。
さらに、「私自身が興味を持ったのは、コンクールのテーマではなく『経験』なのです。コンクールには、クラスみんなを一体化させるような強い力がありました。もし、他のテーマでも、おそらくアングレス先生はコンクールに参加したと思います。みんなが一緒に参加できることは、フランスの学校ではなかなかないこと。それができることに意義があったのです」と補足する。
監督が言う「アングレス先生」とは、アーメッドさんたち生徒に、全国歴史コンクールへの参加を促した歴史教師、アンヌ・アングレスさんのことで、今作ではアンヌ・ゲゲンの役名で、「マルセイユの恋」(96年)や「キリマンジャロの雪」(11年)などの作品で知られるフランスを代表する女優アリアンヌ・アスカリッドさんが演じている。
アーメッドさんからアングレス先生の話を聞き、「彼女の生徒たちに及ぼす影響力の強さ」を感じたという監督は、アングレス先生の授業に「何度も出席」した。そして、「彼女の、愛情に満ちながらも権威を保ち、生徒との間に相互的な敬意を生み出している様子」や「何かをやり始めたら最後までやり遂げようという責任感の強さ、さらに面倒見のよさ」に感銘を受けたという。
今作が3作目の監督作になるが、「最初から映画監督になりたかったわけではない」というマンシオン・シャール監督。監督になる以前はジャーナリストだった。転身のきっかけは、「ある本を読んだときに、これが映画になったらいいなと思った」こと。しかし、どうすれば映画になるのか、知識もなければ人脈もない。「ならばプロデューサーになればなんとかなるのでは」と思い立った。そして、プロデューサーになり、「じゃあ、シナリオを書けばいいのかなとシナリオを書き、次は、監督をやってみればいいのかなと監督をやり、結局、三つをやることになりました。今は映画製作について、一通りわかるようになりましたが、最初は、これを映画にしたいという気持ちだけでした」と朗らかに話す。気持ちだけで、なかなかそこまでできるものではない。苦労もあったはずだが、監督は「いい星に導かれました」と笑顔で否定するばかりだった。
そんなマンシオン・シャール監督の次回作が、今年5月のカンヌ国際映画祭の会場で発表された。過激なイスラム思想に傾倒し、シリアに向かおうとする少女たちを描いた作品で、フランスでは今年9月の公開予定だ。しかしその前に、この「奇跡の教室」の日本公開がある。マンシオン・シャール監督は日本の観客に向け、生徒たちがゲゲン先生やズィゲルさんの言葉に耳を傾けたことで開眼していったように、「自分の体の中にある小さな声をよく聞いてください。この作品がそのきっかけになれば」とメッセージを送った。映画は6日からYEBISU GARDEN CINEMA(東京都渋谷区)ほか全国で順次公開。
<プロフィル>
1963年生まれ、フランス出身。ハリウッド・リポーター国際版の編集長を務め、98年に制作会社を共同で立ち上げ、2001年、さらにもう1社を共同で立ち上げた。この2社で、これまで12本の長編を制作している。12年に「MA PREMIERE FOIS」で監督デビュー。同年に2作目の「BOWLING」を発表。ほかに、コロンビア・ピクチャーズのリメーク版の企画に携わった経験もある。映画業界の女性たちからなる「CERCLE FEMININ du CINEMA FRANCAIS(フランス映画の女性サークル)」の設立者でもある。
(取材・文・撮影/りんたいこ)