松尾貴史:舞台「吉本百年物語」に出演 「子供のころから見て育った芸人さんの話でうれしいな」

「吉本百年物語 8月公演『わらわし隊、大陸を行く』」(9月2日まで、大阪・なんばグランド花月)に出演中の松尾貴史さん
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「吉本百年物語 8月公演『わらわし隊、大陸を行く』」(9月2日まで、大阪・なんばグランド花月)に出演中の松尾貴史さん

 東西問わず幅広く活躍するマルチタレント、松尾貴史さん(52)が、吉本興業創業100周年の記念公演「吉本百年物語 8月公演『わらわし隊、大陸を行く』」(9月2日まで、大阪・なんばグランド花月)に出演中だ。松尾さんに吉本初出演の感想などを聞いた。(毎日新聞デジタル)

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 1年にわたり吉本興業100年の歴史を月ごとに描く舞台シリーズ。今回は、日中戦争が勃発し、戦況が悪化する中国大陸を舞台に、戦地に笑いを届けた「わらわし隊」の芸人たちを描いた。人気絶頂の女性芸人・ミスワカナは水野真紀さん、相方の玉松一郎はキム兄こと木村祐一さんが演じ、松尾さんは「のんき節」で知られた演歌師、石田一松を演じている。

 −−出演者同士の雰囲気はいかがですか。

 それぞれ気心が知れてる人がいるのでありがたいです。キム兄は周りの人みんな知ってるでしょうし、水野さんもそうですし。(林正之助役の山内)圭哉も昔、舞台を一緒にやってましたから、なんかいい感じのまとまりです。(レツゴー三匹の逢坂)じゅん師匠がものすごくムードメーカーというか、ふわっとした感じでみんなを包んでいて、(ザ・ぼんちの里見)まさと師匠が熱心に取り組んでいる背中を若手もお手本として見ていて、いい雰囲気です。それから(ワハハ本舗の)佐藤(正宏)さんが達者でありがたい存在感やなあと思いますね。こういう「異種」というか、出演者がカタログのようにいろんなところから集まってきていることは面白い試みやなあと思います。

 −−松尾さんが吉本の舞台に出演するというのには驚きました。

 桂小枝師匠から(甲高い声で)「なんで(出演依頼を)受けたん?」って言われました(笑い)。僕はジャンルで断ることをしない人間なんで、スケジュールさえ合えば受けるんです。こういうことはしません、というのはないんですね。こんな100周年という記念のときに、しかも子供のころから見て育ってる会社と芸人さんの話、まして一番大きな殿堂である「なんばグランド花月」で。昔1回だけ桂文珍さんの独演会に出ただけなんですが、うれしいなあと思います。

 −−普段のなんばグランド花月とは違った客層ですね。

 小劇場系のお客さんが圭哉のおかげで来るかなあ。でも、そこが吉本興業のすごいところ。新しいメディアやその先の形を布石を上手に打ってこられてると思いますね。

 −−石田一松をどう演じられていますか。

 やはり反権威であり、ちょっと反体制な気持ちも持っている、政治家や軍部の上層部のやっていることに怒っている、批判精神を自分の芸にしているという点、それから生まれ育った広島での嫌な思い出を捨てて新天地で生きているという感じを出せたらと思ってます。言葉はベタベタの関西弁ではないんですが、仲間うちとしゃべるところでは関西弁を身に着けているという感じの役作りにしています。芸人たちが一丸となっているところに史実のうんちくはいらんなあと思って、台本通り関西弁でやってます。

 −−一松と松尾さんの共通している部分はありますか?

 ちょっと懐疑的にものを見ているというキャラクターは似ているかもしれませんが、僕はこの芝居に出てくる一松とは全然違って、腹もすわってないし、肝もすわってないし、覚悟もないし、ただ楽しきゃいいやという人間なので、そこは違いますけど(笑い)。そういう生き方は男前やなあと。過去があり、腹にイチモツもってますよという感じの一松とは違いますね。共通点は批評性みたいなものを、レベルもスタイルも違いますが、持っているというタイプに分類されるかもしれません。ただただ恐れ多いですが。

 一松は(お笑いの世界から)国会議員になった第1号ですから、義憤というか、世の中をこうしたいという思いはあったんでしょうね。今のタレント議員とは全く雰囲気が違いますもんね。よっぽどの強い思いがあって、演説を歌に乗せることで、これは演説ではないよというふうにやってきた名残りのすき間で毒というか辛口を表現していた人なんだろうと思うんです。小さい規模ではあるけれど戦っていたんだろうなあと想像させる部分がありますね。

 現在の世の中と比べたら、首相官邸の前のデモのように、思い思いにスタイリッシュに、悪い意味ではなく楽しんで、あるいは自分のエネルギーを意思表示に使う批判性みたいなものは共通して昔からあるんやろうなと思います。今は一般の人も表現できますが、昔はしにくかったから、芸人が歌に乗せる形でやった部分があるのかなあ。エネルギーとしては同じだし、何か表現してみんながそうだそうだと思いたいという気持ちを持ったというのも同じなんだろうなあと。今はもうそういう役割は、一般の方がツイッターで呼びかけて盛り上がる、ということなんでしょうね。

 −−戦時中をテーマにした舞台をこの場所やるのはおそらく初めてではないかと思います。戦争を体験した世代が少なくなりましたが……。

 戦争のことを知ってるのはおそらく、じゅん師匠と演出の佐藤幹夫さんぐらいでしょう。いつかどこかで見たような映画やドラマをなぞっているわけで、当時を知っている方がどんどん亡くなっていて、今何をすべきかなとか、ちょっとでも考えるきっかけになればと思うんです。それも説教じみたものではなく、楽しんでもらうことが第一義で、気がついたら「そうよね」ってほっと気持ちが何か温かくなるものを持って帰っていただいたら一番いいですね。

 −−9月公演は戦後のラジオドラマがテーマで(黒谷友香さん演じる)浪花千栄子さんが登場します。

 うわあ、いいですねえ。本当に、日本人の女優で誰が一番好き?といわれれば、僕は浪花千栄子なんですよ。山田五十鈴さんよりも存在がずっと上というか、きれいで、美人じゃなくて、ブサイクじゃなくて、面白くて、間がよくて、洗練されてて、動きもきれいで言葉もきれい、ちょっと河内なまりがあると揶揄(やゆ)する人もいますが、ああいう人がもっと評価されてないといけないと思います。次が浪花千栄子さんがテーマってうれしいですね。

 −−東京と大阪を行き来されていて、上方の文化について感じていることも多いと思いますが……。

 たとえば文楽でも、世界中に誇れる文化という陳腐な言い草にはなりますけど、そこで税金を使っているか使っていないかということだけではなくて、そこにお客さんがたくさん来ればいいだけのことであって、そのためにどうしたらいいのかといったら、マネジメントしているのが天下りの訳のわからんおっさんがやってるわけですよ。そうしたら面白いプログラムもできなければ、会社員が帰りに見に行こうということもできないわけです。女性会社員が仕事帰りに文楽見て、そのあと食事して帰りたい、というプログラムじゃないわけですよ。そんなことしてたらあかんでしょって。どれだけ歌舞伎はいろいろやってきてますかって。でも、それがしにくい状況に文楽はあるんですね。

 つまり力の構造的な、オフィシャルな部分で、技芸員さんがいくら頑張ったってできないところじゃないですか。それがちゃんと文楽のよさが分かっていて、マネジメントできる人がトップにすえられる、(落語作家の)小佐田定雄みたいな人をね、すえるべきやと思うんですよ。そうしたら生き残るわけで、それは天下りが実権を握ってしまってることが僕はいかんとちゃうかなと勝手に思ってるんですけどね。文楽劇場に出たことがないので、パカパカ言えるんですけど。

 確かに大阪弁にしても、住大夫師匠の大阪弁はめちゃくちゃきれいで正しい、一つの指針、教科書になるもので、残してほしいと思うんです。それでいくら採算取れるか、っていう話じゃなくやってほしいと思うんですよ。予算を削る前に立て直す猶予期間みたいなものがあって、それをちゃんとマネジメントできる人をすえるっていう、そういうような試行錯誤があったあとのカットであってほしいと個人的に思いますね。

 −−幅広い活躍ですが、これからやってみたいことはありますか?

 本当に断ることをしないので、ダメだったら次はこなくなるだろう、という発想でしかないんですね。ただ、もうそろそろええかなと思ってるんですが、なかなか時間ないのですが、映画を1本ちゃんと撮りたいというのがあるんです。子供のころから映画監督になりたいと思っていて、30代のころ、まともな話がありまして、近い人たちに反対されまして、涙を飲んだことがあるんです。オムニバスを低予算で撮ったことはあるんですが。ちょっと一つ、面白い映画を撮りたいなあというのは。50歳になったらと思っていて50歳を過ぎたので、撮っても生意気やとはいわれない年にはなったかなと思いましてね。

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