クリント・イーストウッドさんが監督・主演し、米アカデミー賞作品賞、監督賞など4部門に輝いた1992年の映画「許されざる者」を、日本で「悪人」(2010年)や「フラガール」(06年)などで知られる李相日監督が映画化し、13日から全国で公開された。かつてイーストウッドさんが演じた主人公に渡辺謙さんがふんしているほか、佐藤浩市さん、柄本明さん、柳楽優弥さん、忽那汐里さんらが出演。厳寒の北海道を舞台に、業を背負った人間たちのドラマがつづられている。最新作について李監督に聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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「ずっとやりたいと思っていたのとはちょっと違うんです」と、今作に取り掛かるまでの経緯を話し始めた李監督。温和な表情と静かな語り口……。そのどこに、これほど力強い作品を作れるパワーが隠されていたのだろうか。主演の渡辺さんは先ごろ行われたインタビューで、笑いながら「最後の(佐藤さんとの)格闘シーンを撮っているときに、李相日のものすごい“業”を感じましたよ」と愛情込めて話していたが、目の前に座る李監督を見る限り、その外見とのギャップを埋めるのに苦労する。
李監督は、オリジナルのイーストウッド版を、公開時に映画館で見たという。当時18、19歳だったという李青年には、主人公でありながらかつて悪事を働いた男と、法の番人でありながらヒーローとはいいがたい横暴な男が繰り広げるドラマを、完全には理解しきれなかったという。それでも「“本物”がこの映画の中にはある。これは大人の映画だ」という印象が強く残った。そして、自身も20年の歳月を重ねるうちに、作品のテーマにかかわる「人間の善悪の境界線の曖昧さ」が徐々に理解できるようになり、「やっとそこに自分がたどり着いた」と感じるまでになったという。
その思いをさらに強めたのが、今作の前に手掛けた「悪人」だった。それ以前、李監督は、北海道の開拓時代を舞台にした作品を作りたいと考え、資料を読んだり、北海道を訪れたりしていた時期があった。そして「悪人」で「人間の中にある善悪と対峙(たいじ)した」ことで、「許されざる者」がその延長上にあることに気付き、今作を製作する決意をしたのだ。
脚本は自らが書いた。しかしそこには「日本映画としての再生だから、あえて変えてやろう」という思惑はなかった。それは、「許されざる者」の日本での映画化をやらせてほしいとプロデューサーに持ちかけたときから決めていたことだった。「法も秩序も整備されていない混沌(こんとん)とした土地に流れ込んできた人間を描く。そこですでに(オリジナルとは)別の、生っぽい物語がある。だからキャラクターを描くことに特化していけば、たとえ同じ事柄、同じキャラクター配置でも、まったく違うところ(結末)に行けるはずだというある種の確信はあった」と話す。
今作において、主人公・釜田十兵衛を演じるのが渡辺さんだ。オリジナルでのイーストウッドさんは、それ以前に西部劇でヒーローを演じていた自身のイメージをネタにしていた部分があった。その点、渡辺さんは「モラルを守り続けてきた正義の人のイメージが強い方」で、十兵衛のキャラクターとは真逆だ。だからこそ今回、「今まで謙さんが見せていた光を放つ部分とは反対側にカメラを向けることで、よい化学反応が起きると思った」と李監督は説明する。
また、今までのイメージとは違うキャスティングをした俳優のもう一人に、柳楽優弥さんを挙げる。柳楽さんの役どころは、賞金が懸かった開拓民2人(小澤征悦さん、三浦貴大さん)を殺そうとする十兵衛と、柄本さんふんする馬場金吾に同行するアイヌの無鉄砲な若者・沢田五郎だ。オーディションで柳楽さんを見たとき李監督は「いい意味でのバランスの悪さがあった」と表現する。それはかつて「悪人」を監督したときの満島ひかりさんに抱いた感情と似ているという。「彼の場合、やりたいという熱意はすごく伝わってくるんですが、その思いを形にすることが苦手。でもそういうバランスの悪さ、僕は嫌いじゃない。理路整然と大人と向き合える若い子より、むしろ引かれます」と表現する。
その柳楽さんは撮影中、渡辺さん、柄本さんというベテランとの共演に相当なプレッシャーを感じ、その上、李監督には相当しごかれたという。李監督いわく、柳楽さんを追い込んだシーンは「全部ですね」と笑う。柳楽さんは撮影当初、「(感情を)全部はき出すということに照れ」があった。その上、アイヌについての資料や映像などから得た知識で役作りをしようとしており、李監督によると「それが実は“ドツボ”で、頭で理解したことをやることのうそくささといったらない」というのだ。
そこで李監督は柳楽さんを、今作に出演しているアイヌの人たちの元に送り込み、撮影中、交流を持って何かを肌で感じろという指示を出した。それによって最初は、李監督によると「うさんくさいやつだと思われていた(笑い)」柳楽さんも、しまいには家族同然の付き合いができるまでになり、その結果、五郎というアイヌの青年を見事に演じ切ることができた。ちなみに、渡辺さんと柄本さんはよく「これは柳楽を男にする映画だ」と話していたそうだ。
ところで、オリジナルでの主人公の武器は、引き金を引き一発の弾丸で人を殺せる銃だ。だが十兵衛は刀が武器。何度も切り付けなければ相手を死に至らしめることはできない。そこには李監督のこんな意図がある。「人を傷つけたり殺(あや)めたりすると、やられるほうは当然大きな傷を負いますが、やったほうもそれ相応の痛みを背負うことになる。それは一生ぬぐえない。謙さんとも話したんですが、そこにはやっぱり仏教特有の考え方の『業』があるんです」。そして、人気テレビドラマの決めぜりふを引き合いに出し、「武器が刀になることで今はやりの“倍返し”とは言いたくないですけど(笑い)、何か生まれながらに背負わされているものの大きさをアクションの中にも感じ取れるようにしたかったのです」と話した。映画は13日から全国で公開中。
<プロフィル>
1974年生まれ、新潟県出身。大学卒業後、日本映画学校(現・日本映画大学)に入学。99年、卒業製作として監督した「青chong」が2000年ぴあフィルムフェスティバルでグランプリほか4部門を受賞。新藤兼人賞を受賞した03年「BORDER LINE」をへて、04年メジャー作品「69 sixty nine」の監督に抜てきされる。05年、「スクラップ・ヘブン」を発表。06年の「フラガール」は日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞、10年の「悪人」はキネマ旬報ベストテン日本映画第1位に輝いた。
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