2014年に結成30周年を迎え、1月に初の日本武道館(東京都千代田区)の公演も成功させた怒髪天が、映画「ゲームセンターCX THE MOVIE 1986 マイティボンジャック」主題歌「プレーヤー1」などを収録したアルバム「男呼盛“紅”」を9日にリリースした。ボーカルの増子直純さんが、バンドの30年を振り返った。
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−−30年同じバンドを続けているのは、すごいことですね。
高校生のときに遊びで始めて、楽しくて続いてしまっただけですよ。ゴルフや草野球と同じ。好きこそものの上手なれという言葉の通り、好きだから、続けてこられたんです。上手かどうかは分からないけど(笑い)。誰のためとかなんのためとかは抜きにして、気の合う仲間とライブをやって楽しいというのが一番で、その楽しさは30年やっていても変わらない。それに会社でも世の中でも、人間一人じゃ何もできない。そこをちゃんと分かっていたから、ここまでやれたんでしょうね。
−−30年の中で大きかった出来事はなんですか?
1996年から3年間休止したことは大きかったですね。その間は、実演販売とかプロレスのリングアナとかをやって、普通に働いていたんです。ちゃんと働いたのはそのときが初めてだったんですけど、お陰でローンが組めたり保険に入れたりして、自分がしっかりやれば、社会はちゃんと返してくれるってことを実感しました。人もすごく優しかったし。そもそも怒髪天って、パンクバンドから始まって、社会にかみついてばかりいたんですけど、そうじゃなくて、一緒に戦っていくべき同志なんじゃないかって、社会に対して向き合う自分自身の気持ちが、180度変わりました。その3年があったからこそ、今のこういう音楽性になることができたといえます。あともう一つは、震災ですね。自分の在り方や音楽の考え方が、ここでもだいぶ変わった。バンドは、自分たちのためだけにやるものではなくなったんです。みんなの歌じゃないけど、音楽は共有できるものであるべきだなって。
−−そうした30年の記念として、今年1月に初の日本武道館公演を開催しましたね。武道館はバンドにとって大きな意味のある会場ですが、実際にステージに立ってみて、どんな気持ちでしたか?
とくに武道館みたいな大きな会場でやることが夢だったとか、目標にしていたというわけではなかったので、30年やってきたことへのご褒美をいただいたと思っています。それに武道館でやることが、自分と同じくらい長く頑張っている連中や後輩たちへのメッセージになると思って。バッターボックスに立ち続けていれば、デッドボールでもなんでも、一回は塁に出ることができるって、体を張って見せてやりたかったのもあった。武道館に立てたことは誇りに思うし、そこに立たせてくれた人への感謝の気持ちしかない。やってきてよかったって心底思いました。DVDの映像チェックで改めて見たとき、グッときちゃって2回泣きましたよ。
−−次の武道館は何十年後でしょうね。
葬式のときかな(笑い)。
−−そして、結成30周年記念盤「男呼盛”紅"」をリリース。映画「ゲームセンターCX THE MOVIE 1986 マイティボンジャック」主題歌「プレーヤー1」をはじめ、80年代テイストが盛り込まれた一枚になりましたね。
武道館が終わってから、詰めの作業とレコーディングをしたんで、重圧から解放されて自由にやれましたね。1曲目の「己 DANCE」なんか、まさかのディスコサウンドなんですけど……。若いやつが80年代のリバイバルだっていってやってるけど、それは結局上ずみをすくってるだけで。我々はその時代をリアルに通って、その時代のえぐみとかを体感してる。やっぱりダサくないと80年代じゃないだろうと思って、そこもちゃんと押さえています。
−−「プレーヤー1」も、胸をすごく熱くさせますね。
ゲームと人生をかけて歌っています。人生もエンディングを見るまで続けていかないといけない。途中でやめたら、どんなゲームでどんなエンディングだったかも分からないままになってしまうって。映画には、我々の子どもの時代の風景がたくさん出てくるんですが、部屋に貼ってあるポスター一つとっても、我々世代にはたまらない小ネタが満載されています。40代以上じゃないと、絶対に分からないと思うんだけど、すごく細かく作ってあって。ああいうやつ、クラスにいたなあとか、あのときの気持ちがよみがえると思います。
−−増子さんの歌詞は、なんでもストレートに辛らつなこともバシバシいいながら、でもどこか愛情を感じます。それは、どんな考えに基づいているのですか?
結局、自分に対していってる部分が大きいんですよ。俺が誰かに何かをいえる立場じゃないんで。俺はこうだよ、頑張れ、俺!って歌い、それを聴いてくれた人が一緒に歌ったとき、その人にとっての頑張れ、俺!になるんです。誰かにいわれて頑張れるなら、とっくに頑張っているはずなんです。でも自家発電というか、自分で自分を鼓舞するようなものでないと、なかなか頑張れないですから。
あと思うのは、俺も普通に日本に暮らしてる一人なので、そこのリアルさを歌うことが、非常に大切なことだと思うんです。恋愛の歌は、ほかの人が歌ってるんで、わざわざ俺らが歌う必要はない。それにもういい大人ですから、四六時中恋愛のことばっかり考えてられないでしょ。仕事だってあるし、家族の面倒もみないといけないだろうし、そういう人に向けた歌がなかなかないから俺らが歌おうって。愛は大前提だけど、愛だけじゃ食っていけない。そのためには戦わないといけないし、そのときに背中を押す音楽が、絶対に必要なんです。
<プロフィル>
増子直純さん(ボーカル)、上原子友康さん(ギター)、清水泰次さん(ベース)、坂詰克彦(ドラム)さんの4人で、1984年に札幌で結成。ジャパニーズR&E(リズム&演歌)を標榜(ひょうぼう)し、91年にメジャーデビューを果たす。活動休止をへて、2004年に再メジャーデビュー。09年に桃屋「辛そうで辛くない少し辛いラー油」のCMに出演し話題に。関ジャニ∞やももいろクローバーZへの楽曲提供も行う。4月から全国ツアー「怒髪天、おかげさまで30周年。47都道府県勝手にお礼参りツアー “いやぁ、なんも、おかえしだって。”」がスタートし、10月まで開催する。9月20日には、地元の札幌でフリーライブ「カムバック・サーモン2014“男の遡上フェスティバル”」を国営滝野すずらん丘陵公園(札幌市南区)の野外特設ステージで開催する。
(インタビュー・文・撮影:榑林史章)
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