さまよう刃:イ・ジョンホ監督に聞く「刑事と父親が顔を合わせる場面に伝えるべき思いを込めた」

韓国映画「さまよう刃」について語ったイ・ジョンホ監督
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韓国映画「さまよう刃」について語ったイ・ジョンホ監督

 東野圭吾さんのベストセラー小説を韓国でリメークした映画「さまよう刃」が、6日から公開された。少年たちに娘を殺された父親の復讐(ふくしゅう)劇を通して、遺族の心情と法のかい離という問題点を鋭く突いた野心作だ。2009年には日本でも益子昌一監督、寺尾聰さんの主演で映画化された。今回、韓国版でメガホンをとったのは、監督デビュー作「ベストセラー」(10年)が高く評価されたイ・ジョンホ監督。来日したイ監督に聞いた。

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 ◇悩みぬいた脚本

 もともと東野さんの小説のファンで、「『白夜行』をはじめさまざまな作品を読んでいた」というイ監督。『さまよう刃』を読んだのは、韓国で翻訳版が出版された2008年だった。「読みながら被害者の父親に感情移入し、涙も流しました。彼を追わざるを得ない刑事の苦悩にも共感しました」と読んだ当時の感想を思い返す。しかし、映画会社から映画化を提案されたときは、さすがに題材の重さにひるみ、「どういう方向性でアプローチするべきか定まらず、最初は断った」という。脚本が完成するまでに「50回もの改稿を重ねた」というエピソードからは、イ監督が映像化していく上でどれほど悩んだかがうかがい知れる。

 初稿段階では「父親についての描写が今よりも少なかったんです。新聞記者を登場させたり、人物ももっと多く、いろんな視点から問題を見ていくという流れ」だったという。その後も「刑事の追跡劇を話の中心に持ってきたり、善悪の構図をはっきりさせるために、犯人の少年たちの背後には権力を持った親がいたり、あるいは刑事をもっと登場させ、彼らの中にもさまざまな葛藤があったり」といった変遷をたどり、「最終的に今回の形になった」と苦労した執筆過程を明らかにする。

 ◇「人間の多面性を伝えたい」

 劇中、少年たちに愛娘を殺された父サンヒョンが、偶然、逃亡中の犯人ドゥシク(イ・ジュスンさん)とバスで乗り合わせるシーンがある。そのときのドゥシクは、普通の少年と変わらない表情を見せる。「人にはいろいろな顔があり、決して一面的ではありません。また今回の作品では、子供と大人の間に境界線を引き、子供には子供たちにしか分からない世界があることを描いています。例えば、共犯者の一人、クリーニング屋の息子ミンギ(チェ・サンウクさん)は、自身が複雑な状況に置かれていながら、親も警察も信用せず、逆に自分をいじめたドゥシクを信用している。ドゥシクにしても、不遇な家庭環境のために家ではいい子にしているが、その反動として学校ではいじめに走っている。そういう彼らの姿を通して、人間の多面性を観客に伝えたかったのです」と作品に込めた思いを語る。

 ◇「2人でなければ表現できなかった」名シーン

 父サンヒョンを演じるのは、「シルミド SILMIDO」(2003年)や「トンマッコルへようこそ」(05年)などの作品で知られる韓国の演技派チョン・ジェヨンさんだ。そのサンヒョンの心情を理解しながら、職務上追わずにはいられないベテラン刑事オッグァンは、テレビドラマ「ゴールデンタイム」(12年)や映画「凍える牙」(12年)などで知られるイ・ソンミンさんが演じている。この2人の共演は今作の見どころの一つだ。撮影中に彼らの演技に感心した場面を聞くと、「2人だからこそできた場面」として、終盤の駅前の繁華街での場面を挙げる。

 「犯人の態度に当惑した表情を浮かべるサンヒョンと、サンヒョンに共感しながら、立場上、これ以上被害を出してはいけないと彼を説得しようとするオッグァン。2人の表情からは、その気持ちがはっきりと伝わるはずです。そして、あのコンビネーションは、この2人でなければ表現できなかった」と話し、「刑事と父親、さらに犯人が顔を合わせるあの場面は、この映画で伝えようとするさまざまなテーマをすべて届けていると思う」とクライマックスの場面に自信をにじませる。

 日本の観客にメッセージを求めると、「このように感じてほしいと監督から伝えるのは、あまりいい方法ではないと思う」と断りつつ、「置かれている状況や考え方は人それぞれなので、作品を見たみなさんが、おのおので感じてもらえたら。ただ、これは日本の有名な作家が、青少年犯罪について真剣に向き合って書いた小説。それが韓国でどのように脚色され、映画化されたのかを見てほしい。そして、被害者とその遺族の悲しみを、少しでもみなさんに共有してもらえたらと思います」と締めくくった。映画は6日から全国で順次公開。

 <プロフィル>

 1975年生まれ、韓国ソウル出身。2010年、「ベストセラー」で監督デビュー。4年ぶりに監督第2作「さまよう刃」を発表した。影響を受けた映画監督に、小津安二郎監督とカンヌ国際映画祭の常連、ベルギー出身のジャンピエールとリュックのダルデンヌ兄弟を挙げた。

(インタビュー、文、写真/りんたいこ)

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