今年の春場所を最後に引退した大相撲元大関の琴欧洲親方が、10月4日に両国国技館(東京都墨田区)で断髪式を行う。琴欧洲親方は、大相撲で欧州出身初の大関となり、史上4位となる在位47場所を記録。取組だけでなく、“角界のベッカム”と呼ばれ、男女問わず、多くのファンを魅了した。断髪式の直前の25日には、12年の現役生活を振り返った書籍「今、ここで勝つために 琴欧洲自伝」(徳間書店)を発売。そんな琴欧洲親方に断髪式を控えての心境や力士人生、親方としての目標などを聞いた。
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春場所で引退してから半年、現在の心境を聞くと、琴欧洲親方は「いろんなことに対して、まだまだバタバタしています」と断髪式の準備などに追われている様子。改めて引退した時の心境をたずねると、「あのタイミングでよかったと今でも思っています」と言い切り、当時、左肩を負傷して休場していたことについても「その時の状況にもよりますが、それ以上もう相撲が取れなかった」と当時の状態を振り返った。引退した今、入門時との心境の違いは「入門した時は腹を決めて、与えられたチャンスをものにしようとしていた。辞めた時はすべてやり尽くして終わったという、全然違いますね」といい、「会社に入ったことはないですけど、入社した時と退職した時と同じじゃないでしょうか」と語る。
親方は母国ブルガリアの大学でレスリングの世界チャンピオンを目指すかたわら、相撲部にも助っ人として所属。相撲部員として参加した大会での活躍が目にとまり佐渡ケ嶽部屋に入門した。当初は「すぐに(母国に)帰ってくればいい」という程度の気持ちで日本に来たといい、流れに任されるまま正式入門となったそうで、入門の経緯について「(流れで入門してしまったのは)自分もびっくりしたが本当です」と豪快に笑う。身辺整理のために一度帰国するも、再来日時は「腹を決めてきた」といい、「与えてもらったチャンスをものにしようと思った」と相撲界入りを決意した決め手を明かす。
2002年の九州場所で初土俵を踏み、生涯戦歴は68場所、幕内戦歴は57場所と現役生活12年で数多くの名勝負を繰り広げてきた。一番印象に残った取組について、「たくさんありますから、その中で一つに絞るのは難しい」と笑う親方だが、中でも「相撲界に入った以上、頂点の横綱に勝ったことは思い出にある」としみじみと語る。1000回以上も取組があった中、親方が挙げた取組は05年7月場所で、当時の横綱だった朝青龍関に勝利した一戦。どの取組も覚えているのかを聞いてみると、「一人の人と40回以上対戦するから、もちろん覚えていないものもある」とちゃめっ気たっぷりに答える。
母国でも相撲を経験していたとはいえ、日本とは全く違い、入門して一番驚いたことに「上下関係が難しかった」ことを挙げる。母国では「ここまで厳しいものはない」といい、「子供のように見える、自分より三つ、四つ年下の人が兄弟子になることには、『なんで?』と思いました。これは自分だけでなく全体的にですね」と親方。さらに「あとは師匠の言っていることは“絶対”ですね」と身をもって知った厳しさを語る。さらに若い衆と関取でも1日のスケジュールや待遇などが違い、「関取だと(朝は)それほどでもなく7時過ぎぐらいでいいけど、若い衆は5時」といい、その理由を「土俵が一つしかないから順番で稽古(けいこ)をするため。だから弱いほど(起きるのが)早い時間になってしまう」と説明。「今ぐらいの時期はいいけど、冬は真っ暗だし、寒くて布団から出たくない……(笑い)」と実感を込める。
もちろん、日本語が通じなかったことも「大変だった」といい、「最初、日本語が全然分からなかったので、何を言われているか分からなかったし、『お前の名前はこれ』と言われても意味が分からなかった」と笑顔で振り返る。続けて「どこにも行くこともなかったから、最初は相撲部屋の印象しかなかった」と初めての日本の印象を語り、外出するようになってからは「電車が決められた時間に動いてくるのがいい」と語る。理由を聞いてみると、ブルガリアでは「5分、10分は当たり前」というほど電車が遅れるそうで、親方は「日本語がほとんど分からない時でも、○○線の○時の電車というように電車が間違いなく来てくれるから、どこにでも電車で行っていた」と話し、日本の電車運行の正確さに感心したという。
親方は小さい頃から多くのスポーツに挑戦しているが、スポーツ以外ではまったことを質問すると、「テレビゲームをよくやっていた」と意外な回答が返ってきた。「スーパーマリオ」などをよくプレーしていたそうで、親方は「勉強があまり好きじゃなかったから、やることがなかった(笑い)」とおどけながら答える。
現在は、現役を退き親方として後進の指導に当たっているが、現役時代と最も異なることに「責任感がやっぱり違う」と強調する。「現役時代は自分のことを考えるのがメインでしたが、今は相撲協会はじめ部屋にいる弟子のことを考えなければいけない」と語り、「自分が育てた弟子がファンの前でいい相撲、感動を与える相撲を取ること」がこれからの目標だと親方して新たな闘志をみなぎらせる。
10月4日に控えた断髪式については「やるかやらないかも含めて自分で決めます」というように、引退した力士自身が開催や内容などをすべて決めるといい、「名簿作りから断髪式の中身や順番とかたくさんある」と準備の大変さを語る。断髪式の内容を具体的に聞くと、「ふれ太鼓や初切(しょっきり)とか伝統芸能があって、十両が取組をして皆さんがニュースなどでよく知っている断髪式がある。その後、横綱以下の取組があって終了」と説明し、「現役の力士が全員取組したり、伝統芸能を見たりと盛りだくさんで楽しいと思います」と見どころをアピールする。そして「最後の晴れ舞台で、ちょんまげ姿を見届けてほしい」とメッセージを送る。
最後に琴欧洲親方に「生まれ変わったら、もう一度力士を目指すか」と投げかけると、「自分の人生を思い返してみて、お相撲さんになるというのは考えます……」と慎重に言葉を選びつつ、「どの世界でも一緒だと思いますが、知ってたらなかなか入れないけど、知らないところで入ったのがよかったと思う。難しいところですね」と笑顔で答えた。
「琴欧洲引退断髪披露大相撲」は10月4日に両国国技館(東京都墨田区)で開催。プライベートショットを含めて親方を撮り続けたカメラマンの写真も初公開されている自伝「今、ここで勝つために 琴欧洲自伝」(徳間書店)が発売中。四六判182ページで1512円。
<プロフィル>
1983年2月19日生まれ、ブルガリア・ベリコタロノボ出身。本名は安藤カロヤン。02年9月、佐渡ケ嶽部屋に入門し、同年11月に初土俵を踏む。04年に新十両、05年に新三役、06年には欧州出身力士として初めて大関に昇進。08年5月場所では欧州出身力士としては史上初となる年間の幕内優勝を果たす。14年1月に日本国籍を取得、3月20日に引退を表明した。通算成績は68場所537勝337敗63休、うち幕内通算成績は57場所466勝322敗63休。現在は琴欧洲親方として佐渡ケ嶽部屋付き親方となり、後進の指導に当たっている。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)