病気で声を失った韓国人オペラ歌手と日本人の音楽プロデューサーの絆を描いた日韓合作映画「ザ・テノール 真実の物語」(キム・サンマン監督)が、11日に公開された。実話を基に映画化された今作は、病によって声を失う危機を乗り越え、奇跡の復活を遂げたテノール歌手のべー・チェチョルさんが日本人音楽プロデューサーの手を借りて再び舞台に立つまでの道のりを描く。オペラ歌手チェチョル役をユ・ジテさん、音楽プロデューサーの沢田幸司役を伊勢谷友介さんがそれぞれ演じ、国境を越えた友情や音楽への情熱などに満ちた物語を情感たっぷりに見せている。ユさんと伊勢谷さんに、事実が基になった物語の魅力や数多くの共通点があるという互いの印象などを聞いた。
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100年に1人の声を持つ韓国人テノール歌手の実体験がベースとなった今作だが、「事実というのはすごい」と伊勢谷さんは驚きを隠さない。「一つ一つが全部、奇跡のような巡り合わせの中で、ベーさんは声を取り戻していきます。かといって元に戻るわけじゃなく、別の形で復活というのはある意味とても喜ばしいこと」と語り、「実は(同様のことは)みんなの人生の中で大なり小なり起きていることのような気がします」と伊勢谷さんは語る。続けて、「舞台に立つ人だから、こうやって皆さんの目の前で体感してもらえるストーリーになっていく」といい、「僕にとってはこういう映画に関わらせていただけること、しかもそれが韓国人と日本人という今、外交的に見たらいろいろな摩擦がある中で民間でつながっていく。その舞台に立たせていただけることがとてもうれしかったです」と出演の喜びを表現する。
一方、ユさんは「本当にいい音楽映画になるだろうなと思った」とオファーを聞いた時の心境を振り返る。さらに、「伊勢谷さんとこの作品で共演できるということで、同じ年で共通の関心事もあり、とても楽しみにしていた」と伊勢谷さんと共演できることを心待ちにしていたと明かす。
映画ではユさんと伊勢谷さんは、オペラ歌手と音楽プロデューサーとして出会い、公私ともに親交を深めていく間柄を演じている。同い年で監督経験もあるなど共通点が多い2人だが、伊勢谷さんは「見ての通り温かく包み込む印象。そういうふうに生きている方」とユさんの印象を語り、「だから自分が恥ずかしくなる(笑い)」と自虐的に語り、豪快に笑う。そんな伊勢谷さんを見て、「相性はどちらか一方がいいからできるものではなく、お互いに好感が持てていると思う」とユさん。そして、「いい演技ができていたとしたら、私たち2人のパートナーシップがそれだけよかったということ」と分析する。
インタビュー中にも垣間見せる相性のよさは、チェチョルと沢田の関係性にも表れている。伊勢谷さんは「僕としてはとにかくチェチョルに早く(舞台に)戻ってほしいという思いで、途中からは『この人、頑張らないかもしれない』と感じながらも、僕の立場からやれることといったらすごく難しい」と沢田の心情を説明。続けて、「じゃあ引いてあげることが人生にいいのかどうかも分からない。やっぱり立場としてはチャンスやきっかけを与えるというのを、やらなくちゃいけない役どころだったのですが、それをやりたいと思わせてくれるような人柄だったのが(ユさんに)助けられた部分です」と打ち明ける。
チェチョルの妻・ユニ役のチャ・イェリョンさんと、沢田の会社の新人社員・美咲役の北乃きいさんの存在も今作には欠かせない。「自画自賛をしているようで気恥ずかしいのですが……」と切り出したユさんは「このお二人だけでなく、関わった全キャストの皆さんが本当に心を込めて全力で演技をされていて、各俳優のベストの演技が出ているのではと思った」と自信をのぞかせる。深くうなずき同意した伊勢谷さんは「イェリョンさんが演じるシーンは彼女の静かな強さみたいなものがある」といい、「表情を作ってということではなく心から演じられているというのは、もちろん現場でも素晴らしい人でしたが、完成した映画を見て改めて素晴らしいなと思いました」と絶賛する。
自身の部下役だった北乃さんについては「本当に素直で、監督の言うことを聞き逃さなず自分で体現しようとして、すごく真面目な方」と評し、「純粋さと彼女が元々持っている外見の可愛さみたいなのが手伝って、日本人チームは素直で一生懸命みたいな感じがする」とほほ笑む。発言したあと、「別に韓国人チームがそうじゃないというわけではないですけど……(笑い)、僕らが(演じるのに)七転八倒していた気がする」と笑いながら言い直した。ユさんが「韓国映画の撮影スタイルが現場ですごく早く撮っていくからでは」と返すと、伊勢谷さんは「(チェチョルとユニは)アーティストとその妻。妻が支えているのは彼の内面の部分で、(沢田と美咲である)僕と彼女は社会と企業としての立ち位置、志と社会の情勢との中で戦わなくちゃいけない……という違いだと思う」と真意を説明した。
映画ではユさんは本物のオペラ歌手のような圧倒的なパフォーマンスを披露。「オペラ歌手になり切るために長期間、オペラ歌手が受けるのと同じトレーニングを受けた」というユさんは、「1年近くレッスンを受けたが、べー・チェチョルさんはもう数十年にもわたってトレーニングを積み上げてきて最高のオペラ歌手になられた方。チェチョルさんに匹敵するだけのエネルギーと雰囲気を表現できるように心掛けた」とこだわりを明かす。
間近でその様子を見ていた伊勢谷さんは「何度もどころじゃなくスモークをたいたりとかさまざまな悪条件を重ねている中、常に全開に演じているけれど、その声が使われるわけではない」と裏側を明かし、「声を出しているから生まれる、目が小さく血走ったりとか、真実味のために声を張り上げている」とユさんの演技への情熱を代弁する。そして、「映画での歌声は(モデルとなった本人)ベーさんのものですが、そこで手を抜かないのはやはりさすが」とユさんの全力で役に臨む姿勢に敬意を表した。
真摯(しんし)な努力が積み重ねられていく撮影の中で、特に印象に残ったことは、「2人で『アメイジング・グレイス』を撮る時、本当にたくさん泣いた」とユさん。伊勢谷さんも「ベーさんの『アメイジング・グレイス』を聴いたら全員ダメ」とその歌声に心をつかまれたそうで、「僕らは出演者でストーリーを知っているから感動すると思いきや、そうじゃなくてベーさんが下関でコンサートをやられたのを見に行った時も、すすり泣きの声がずっと聞こえるぐらいでした」と驚く。ユさんも「『アメイジング・グレイス』を歌い終わったあと、映画内の客席から拍手が起こりますが、実際に映画館の中で映画を見ていた観客からも拍手が起きた」と上海映画祭での出来事を明かし、歌の素晴らしさを強調する。
映画では絶望のふちから奇跡を信じて前に進もうとする物語が描かれているが、2人がもし絶望や悲劇に遭遇したら? ユさんは「私は自分自身、絶望に陥らないようにすると思う」といい、「周りからいくら挫折だと思われても、自分自身の受け止め方によってそれは変わってくると思う。本当につらくよくない状況が起きたとしても、そこから何か違う希望を探していくと思う」と力を込める。伊勢谷さんも「僕のモットーは“挫折禁止”。挫折を挫折としてとらえないというか、正直言って個人の挫折なんて世界で70億人いる中の一つだとしたら、なんてことないことでもある」と持論を展開。続けて、「逆にポジティブにとらえてどう動けるかとなったほうが70億人のためにもなる。自分の命をどうやって使うかというのを常に考えているんですけど、その時は挫折はあってないようなものだと思っている」とここでも同じ考え方を披露し、2人の相性のよさを見せつける。
「本当にパートナーシップとして素晴らしい共演者に恵まれて、伊勢谷さんとすごいいい相性だったと思う」とユさんは感謝し、「この作品は韓国と日本だけでなく、世界中のさまざまな人々とコミュニケーションできる映画だと思う」とアピールする。伊勢谷さんは「皆さんにもベーさんの歌声を体験してもらいたいし、(聴いてもらえば)舞台に立って泣いちゃった僕らの気持ちが分かると思う」としみじみと語る。そしてユさんは、「外交的にも政治的にも非常に難しく厳しい状況に置かれているが、こうやって文化を通じて分かり合えることができるということを示せたはとてもうれしいし、いろんな人に伝わっていってほしい」とメッセージを送った。映画は全国で公開中。
<ユ・ジテさんのプロフィル>
1976年4月13日生まれ、韓国ソウル出身。舞踏家としてキャリアをスタートし、モデルとしても活動。98年に「バイ・ジュン~さらば愛しき人~」で映画デビューして以降、「春の日は過ぎゆく」「オールド・ボーイ」「ミッドナイトFM」「人類資金」など数々の作品に出演。映画監督としても、短編映画「自転車少年」は釜山アジア短編映画祭観客賞を受賞し、初の長編監督作「マイラティマ」がドービル映画祭で審査員大賞に輝いた。
<伊勢谷友介さんのプロフィル>
いせや・ゆうすけ 1976年5月29日生まれ、東京都出身。99年公開の「ワンダフルライフ」でデビュー。その後、「嫌われ松子の一生」や「十三人の刺客」などの話題作に出演し、「あしたのジョー」の力石徹役でブルーリボン賞助演男優賞をはじめ数々の賞に輝く。そのほかにNHK大河ドラマ「龍馬伝」、映画「清須会議」といった作品で幅広い役柄を演じ、個性派俳優としての地位を築く。監督業にも進出し、これまで「カクト」と「セイジ−陸の魚−」を手がける。出演作として来年公開予定の「ジョーカー・ゲーム」などが控えている。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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