この秋、天才ピアニストを演じた主演映画「蜜蜂と遠雷 」(石川慶監督)、スナックで働くすれっからしの女性に扮(ふん)した映画「ひとよ」(白石和彌監督)が連続公開された女優の松岡茉優さん。また、先日放送されたスペシャルドラマ「磯野家の人々~20年後のサザエさん~」(フジテレビ系)ではワカメ役で出演と、作品こそ多くはないながらも、2019年は“女優・松岡茉優”が真価を発揮した1年になったのではないだろうか。全く違うキャラクターにトライした3作品を通して感じるのは、役の弱さや欠点もさらけ出し、松岡さんがそれらに見事に光を与えられる女優であること。生々しさの感じられる演技で、人間の弱さが光に変わる瞬間を見せてくれた。
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天海祐希さん主演で、アニメ「サザエさん」の20年後をオリジナルストーリーで描いた「磯野家の人々~20年後のサザエさん~」では、大人になったワカメを演じた松岡さん。デザイナーになる夢を持ちながらも、うまく前に進めずに思い悩んでいる女性として登場した。
真面目で頑張り屋。本音をうまく表現できず、寂しげな笑顔を見せるワカメ。おかっぱ頭も実に可愛らしく、多くの人がそのいじらしさに胸を打たれたはず。周囲を気遣い、流されてしまいそうになるのは大人ワカメの欠点ともいえるが、彼女が自分の内面と向き合って笑顔をはじけさせた瞬間は、同ドラマのハイライトの一つとなった。
また家族との距離感も絶妙で、「ありがとう」という一言や、「ひどいわ」とカツオに怒るせりふなど、イメージするワカメそのもの。松岡さんがワカメについて研究を重ねたであろうことが、ひしひしと感じられた。
映画では「蜜蜂と遠雷」「ひとよ」が公開となり、そのギャップも話題になった。「蜜蜂と遠雷」で演じたのは、天才少女と言われながらも、母の死をきっかけに挫折した亜夜役。葛藤を抱えつつ、凛(りん)とした雰囲気を漂わせる亜夜を熱演しており、これには原作者の恩田陸さんも「思わず、『亜夜ちゃん!』と声をかけていました」と太鼓判を押したほど。とりわけ、クライマックスの演奏シーンは圧巻。髪の毛の先にまで亜夜が宿ったようで、その力強さと気高さに心震える思いがした。
その感動は、決してせりふが多いわけではない中で、松岡さんが目の動きや表情など繊細な演技でしっかりと亜夜の迷いを体現しているからこそ訪れるもの。亜夜の孤独からの脱出に、終始目が離せなかった。
そして「ひとよ」では、すれっからしの女性に変身。田中裕子さん演じる母親が起こした事件をきっかけに、美容師になるという夢を諦めて、スナックで働きながら生計を立てている園子役に扮した。スナックでベロベロに酔っ払い、男性関係もうまくいかず、兄にも悪態をつきまくる。
ビジュアルだけ見ても「こういう女性、本当にいそうだ」とほれぼれとしたが、兄を演じた佐藤健さんは園子が酔っ払って「まだ吐くよ」という松岡さんのアドリブシーンのリアル度を絶賛。これだけ書くと3作品の中で一番の“ダメ女”とも言えそうだが、松岡さんが体温の感じられる芝居で園子のダメっぷりだけでなく、彼女の愛情深さも表現している。スクリーンを見つめていると、園子の温かさに包まれるような感覚になった人も多いのではないだろうか。
松岡さんは、役柄の持つ欠点や弱さ、ダメっぷりからも決して目をそらさずに、むしろそんな部分にこそ愛情を傾けて、体当たりでキャラクターに立ち向かっていく。しかも、並々ならぬガッツと共に。このガッツは、幼い頃に芸能界に入りながらも、不遇の時代を過ごしたことも大きく影響しているだろう。
何度もへこみながらも食らいつき、今の地位へと上り詰めた松岡さん。舞台あいさつや授賞式のスピーチなどで目にする姿は、いつも本音の人だとも思う。向上心や悔しさも隠さず、自分をさらけ出すことを恐れない。それは自らを鼓舞しているようでもあり、女優業への覚悟の表れのように感じる。同時に、気遣いとサービス精神の塊のような人だ。
ステージに立つ松岡さんはいつも遠くまで届くように手を振っており、「楽しんでほしい」「作品を届けたい」という願いが全身から放たれている。苦労して手にしてきた女優業への思い、熱意は本物。2020年も松岡さんの“真価と進化”に注目したい。(成田おり枝/フリーライター)
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