朝井リョウさんの小説を吉田大八監督が映画化した「桐島、部活やめるってよ」が、2012年8月11日に公開されてから、ちょうど10年を迎える。今作を見返してみると、映画の持つ熱量とともに、登場人物の10代のもがきを体現した、魅力的な俳優陣がこぞって出演していることに改めて驚かされる。その中でも、ヒエラルキー上位にいることに優越感を感じつつ、周囲を小バカにする女子を演じていた松岡茉優さんが、強烈なインパクトを残している。
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田舎の県立高校を舞台にした今作は、バレー部のキャプテン・桐島の退部をきっかけに動揺が走り、学内に存在するヒエラルキーや、バレー部、野球部、吹奏楽部、映画部、帰宅部など、あらゆる生徒たちの心情が浮き彫りとなる青春映画だ。
カースト最下位に属する映画部の前田(神木隆之介さん)が撮影するゾンビ映画と日常が融合していく仕掛けも素晴らしく、17歳のきらめきと葛藤を表現した俳優たちの演技も、何度見てもクギ付けになってしまうほど秀逸。キャストには、神木さんをはじめ、橋本愛さん、大後寿々花さん、山本美月さん、東出昌大さん、仲野太賀さん、鈴木伸之さん、前野朋哉さん、浅香航大さん、落合モトキさんなどその後も映画、ドラマ、舞台と活躍の場を広げているメンバーが顔をそろえている。
松岡さんが演じた野崎沙奈は、スクールカーストの上位に位置し、校内でも評判の美人・梨紗(山本さん)の友人であることや、イケメンの宏樹(東出さん)の彼女であることをステータスにしている女の子。オシャレに余念がなく、教室の真ん中で大笑い。宏樹を上目遣いで見つめる姿など「これぞカースト上位」という華やかな存在感を放ちながら、ちょいちょい周囲を見下す態度が見受けられ、「は?」と眉間にしわを寄せたり、舌打ちをしたりと、意地悪さも炸裂(さくれつ)。宏樹に好意を寄せる女子に彼とのキスを見せつけた時の顔は、女の怖さを突きつけられたような気がしてゾクリとさせられた。
沙奈は“イヤな女”という立ち位置になるのだろうが、「こういう子いるな、いたな……」とリアリティーを感じる人も多いはずだ。沙奈は梨紗に嫉妬しているんだな、だから頑張ってオシャレしているんだな。カースト下位と認識した人のことを小バカにするけれど、これは沙奈の自己肯定感を高める手段なのか?と、思わず彼女の背景を考えたくなる。これは松岡さんが沙奈にしっかりと血を通わせたからに他ならない。松岡さんのせりふのテンポや間もおそろしくナチュラルで、公開から10年たった今もなお、忘れ難いキャラクターを生み出した。
今作からの松岡さんは、まさに大車輪の活躍だ。今作やNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「あまちゃん」(2013年)などで共演を重ねてきた橋本愛さんの主演映画「リトル・フォレスト 夏・秋」(森淳一監督、2014年)、「リトル・フォレスト 冬・春」(同、2015年)では、橋本さん演じるいち子の親友役に扮(ふん)した。舞台あいさつでは橋本さんから「一緒にすてきな大人、女性、役者になりましょう」というサプライズの手紙を送られ、2人でハグを交わしていた姿も印象的だ。そして2017年の大九明子監督による「勝手にふるえてろ」で映画初主演を果たし、“こじらせ女子”を好演。第30回東京国際映画祭で同作は、観客賞を受賞した。2018年公開の「万引き家族」では、松岡さん自身「憧れだった」という是枝裕和監督とタッグを組み、第71回カンヌ国際映画祭のレッドカーペットを経験している。
2019年は、ピアノの天才少女と言われながらも、母の死をきっかけに挫折した亜夜役を演じた「蜜蜂と遠雷」(石川慶監督)、スナックでベロベロに酔っ払うすれっからしの女性に扮した「ひとよ」(白石和彌監督)が連続公開となり、そのギャップも話題に。2021年公開の「騙し絵の牙」では、「桐島、部活やめるってよ」の吉田監督との9年ぶりの再会がかない、イベントの場で「この先に芽が出なかったらどうしようと思っていた時に、『桐島、部活やめるってよ』で吉田監督から大事な役をいただいた。そこからお仕事に恵まれるようになった。救いあげていただいた。ありがとうございます」と感謝をあふれさせるなど、「桐島、部活やめるってよ」が俳優人生の転機となったことを明かしていた。
また坂元裕二さんが脚本を務める現在放送中のドラマ「初恋の悪魔」(日本テレビ系、土曜午後10時)でも、視聴者を魅了する演技力を発揮している。さまざまな事情を抱えた4人が、刑事とは違った感性や推理で難事件を解決していく姿を描くドラマで、主要メンバーの一人となる摘木星砂役に抜てきされた松岡さん。星砂は口調が荒くぶっきらぼうでありながら、次第に人情や優しさがチラチラと垣間見えてくるようなチャーミングなキャラクターだが、そんな彼女が第3話では別人になったかのようにひょう変。SNSでは「星砂ちゃんの入れ替わった演技、鳥肌!!」「改めて松岡茉優の演技がうますぎてビビった」など絶賛のコメントが上がっていた。
こうしてキャリアを振り返ってみると、松岡さんは人間の強さと弱さの両面を、光として表現できる俳優だと感じる。トーク番組や映画の舞台あいさつ、授賞式などで目にする松岡さんは、いつも向上心や悔しさもさらけ出しながら俳優業への熱い思いを口にするなど、ガッツのある人だ。一方、インタビューで対峙(たいじ)した際には「実は打たれ弱い」と素顔を語ってくれたことがある。幼い頃に芸能界に入りながらも、なかなか仕事に恵まれず不遇の時代を過ごした過去があるからこそ、「観客に作品を届けられる」という喜びが人一倍大きく、その思いが彼女を強くしているのだろう。9月16日公開の映画「ヘルドッグス」(原田眞人監督)では、肝の座った極道の女を演じてまた新境地を切り開いている。松岡さんが30代に向けてどのような進化を遂げるのか、大いに楽しみだ。(成田おり枝/フリーライター)
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