蒼井優:映画「洋菓子店コアンドル」を深川栄洋監督と語る 「この役は挑戦だし、実験だった」

「洋菓子店コアンドル」に出演した蒼井優さん
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「洋菓子店コアンドル」に出演した蒼井優さん

 蒼井優さんが演じる見習パティシエが、ケーキ作りを通じて周囲の人々の生き方に影響を与えていくヒューマン作品「洋菓子店コアンドル」が11日から全国で公開される。メガホンをとったのは「60歳のラブレター」(09年)が評価され、公開中の「白夜行」や、8月に「神様のカルテ」の公開を控える深川栄洋監督。ケーキ作りに愛情を注ぐパティシエと、映画作りに愛情を注ぐ自身を、ともに「職人」と表現する深川監督と、今回のヒロイン役を、「ある意味挑戦だし、実験でもありました」と語る蒼井さんに話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 「洋菓子店コアンドル」は小説やマンガ、ドラマの映画化が大はやりの風潮の中で、珍しく映画オリジナルの作品。蒼井さん演じる臼場なつめが、鹿児島から幼なじみで恋人の海千尋(尾上寛之さん)を追って上京してくる。そこで、かつて伝説のパティシエとうたわれた江口洋介さん演じる十村遼太郎と知り合い、なつめ自身が見習パティシエとして修業を積むうちに、過去の出来事からスイーツ界から身を引いていた十村の人生をも再生させていくという物語だ。

 「蒼井優ちゃんと映画を作らないかというところからはじまりました。それは面白いと思って話に乗りました」と企画当初を振り返る深川監督。常々、「職人さんの映画をやってみたかった」という。その思いと、映画オリジナルだからこそ「キャラクター作りに閉塞(へいそく)感みたいなものがない、自由さ」が合致。さらに「大人のかけ引きではなく、子どものような素直なまなざしを持った女の子」を蒼井さんが演じることで、「他にはないキャラクターになっていくのではないかと感じた」と、当初の思いを振り返る。

 蒼井さんが演じるなつめというヒロインは、他人に対して容赦がない。思ったことを口に出し、それが相手を傷つける言葉だとは自覚していない。そんな女の子を嫌みなく演じられるのは、柔らかな雰囲気を持ちながらも演技力の高い蒼井さんならではだ。

 蒼井さんは、最初に台本を読んだ時、「女の子が田舎からやって来てパティシエを目指すという話と聞いていたので、あまりにもストレートだなと思いました」という印象を持った。いながききよたかさんによる脚本は、深川監督の手が加わったことで、登場人物それぞれの心を丹念に編むことに成功し、蒼井さんいわく「着地点が確実」な作品になった。深川監督は現場に入ってからも加筆し続け、結果的に80ページ近く追加で差し込まれたという。

 その脚本を読み進めながら、蒼井さんは「男の子みたいな女の子。幼い子どもがそのまま大きくなったような女の子で、彼氏の海くんに信じられないくらいひどい言葉を連発します。読んでも読んでも失礼なことばかり言うので、どう言えば不快感を抱かせないでやれるのかと思いました」と、役作りには戸惑ったようだ。でも、なつめを脚本通りに演じてみようと決意できたのは「あの深川監督が書かれた(脚)本だから」。蒼井さんは、普段から深川監督に対して「人間ドラマをきちんと描かれる方。人を優しいまなざしで見ていらっしゃる方というイメージを抱いていた」と話す。そして、「こんな女の子が映画というスポットライトを浴びることで、どういうふうに見えてくるのかを、私自身(スクリーンで)見てみたいと思ったのと、なつめという人物を美化することをやめようと思ったところから、ある意味、この役は私にとって挑戦だし、実験になりました」と撮影中の思いを振り返った。

 蒼井さんはこれまでにも、「フラガール」(06年)ではフラダンスを猛特訓する炭鉱町の娘や、「ハチミツとクローバー」(06年)では可憐(かれん)な美大生、「雷桜」(10年)では山奥で育った奔放な娘など、さまざまな役を演じてきた。どんな役でも演じることは「一貫して難しい」が、今回はとりわけ「窮屈だと感じた」のは鹿児島弁のせいだ。「福岡県出身の自分にとっては、あまりにもなじみのない言葉でした」という蒼井さんは、撮影中も毎日、家に帰ると鹿児島弁の勉強をした。

 ケーキ作りの練習も欠かさなかった。「もともとケーキは作るんですけど、デコレーションはこれまでしなかったので、クリームの絞りとチョコレートの文字書きは日課にしていました」と打ち明ける。デビュー以来、予算が少なく「そんなに甘くない単館系の映画」の現場で育ってきた蒼井さん。「吹き替え(俳優の代わりにその道のプロが技を見せる)をやっていただくという環境になかったし、自分が尊敬する先輩方の姿勢を見て育ってきましたから」、自分ですべてを演じ切る“クセ”がついているのだという。そんな蒼井さんの陰での努力を、深川監督は「鹿児島弁で苦労したとか、(クリームの)絞りを毎日やっていたというのは、撮影が終わってから聞きました。水面下のバタつきは撮影中は知りませんでした」と陰の努力をたたえた。

 「1年365日、24時間、映画のことが頭の中心にあって、企画と向き合い、お客さんに『ありがとう』とか、『見てよかった』とか、『人生の特別な一作になった』と言ってもらえるものを作りたいと思っている」と語る深川監督。一方の蒼井さんも、自分たち映画に携わる人間は、現場でベストを尽くしていると自負している。しかし「だからといって観客の皆さんに(作品を)甘く見てくださいというのではなく、私たちは全力で作り、皆さんと共有できる作品であると思って世に出しているから、一緒に(作品を)楽しみたい」と自信をのぞかせた。

 映画「洋菓子店コアンドル」は、ケーキを中心に据え、一見フワフワした印象を与えるが、その実、職人気質の映画監督が、吹き替えなしでケーキ職人の役に挑むような女優と作り上げた、こだわりに満ちた作品だ。

 <深川栄洋監督のプロフィル>

 1976年、千葉県出身。専門学校で映画製作を学び、卒業後、「ジャイアントナキムシ」(99年)、「自転車とハイヒール」(00年)でPFFアワードに入選。04年にオムニバス映画「自転少年」で商業映画の監督デビュー。05年、初の劇場用長編映画「狼少女」が東京国際映画祭「ある視点部門」に選出され、高い評価を受ける。09年の「60歳のラブレター」も評判を呼んだ。他のおもな作品に「真木栗ノ穴」(07年)、「半分の月がのぼる空」(10年)、現在公開中の「白夜行」など。

 <蒼井優さんのプロフィル>

 1985年8月17日、福岡県出身。99年、ミュージカル「アニー」のオーディションに合格し芸能界デビュー。01年、岩井俊二監督の「リリィ・シュシュのすべて」で映画デビューし、以降、「害虫」(02年)、「亀は意外と速く泳ぐ」「ニライカナイからの手紙」(ともに05年)などに出演。06年の「フラガール」で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。他のおもな映画作品に「ハチミツとクローバー」(06年)、「百万円と苦虫女」(08年)、「雷桜」(10年)などがある。

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