終の信託:周防正行監督に聞く「弱みを見せまいと頑張る姿がバレリーナ時代の草刈民代と重なった」

「終の信託」について語った周防正行監督
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「終の信託」について語った周防正行監督

 昨年、バレエ映画「ダンシング・チャップリン」を発表し、映画ファンを驚かせた周防正行監督が、「それでもボクはやってない」(07年)に続き、司法をテーマにした作品「終の信託」を完成させた。重度のぜんそく患者に命を託され、下した決断によって「医療か、殺人か」を問われる1人の女医。終末医療や取り調べという重いテーマを扱っているが、周防監督自身は「まぎれもないラブストーリーだ」と力説する。監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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「映画らしい映画を作る」……その思いで今作を完成させた。周防監督がいう映画らしい映画とは、「その映画の世界の中に自分も一緒にいるかのような感覚」が味わえる映画のこと。小津安二郎監督作品を愛する周防監督が、「あまり適切じゃないけど」と例に挙げたのは、「あたかも(小津作品の中の)おじさんたちが談笑しているカウンターの隅に僕も座って話を聞きながら、この時間が終わらないでほしいと思っているような」、そんな感覚だという。その感覚が、原作である小説の1行目を読んだときから沸き起こった。「これは映画になる」と、「読み終える前の、テーマがまだ明らかになる前」から確信した。これまでオリジナルの脚本を自身で執筆してきた周防監督にとって、そんな経験は初めてだった。

 07年の作品「それでもボクはやってない」の取材を通して、法律や、人が人を裁くということが「僕の一生のテーマになった」という。以来、弁護士らが集まる勉強会などにちょくちょく顔を出すようになった。そのとき知り合ったのが、弁護士と小説家の“二足のわらじ”を履く朔立木(さく・たつき)さんだった。以来、朔さんは発表するたびに小説を周防監督に送ってくれるようになり、その中の1冊が今回の原作だった。

 映画化にあたり周防監督は「小説の構成をそのまま映画として成立させることが、今回の狙いであり挑戦だった」と話す。その言葉通り今作は、前半で、検察庁に呼び出された女医・折井綾乃が、待合室で待つ間に回想するという形で3年前の出来事をひと通り見せ、後半で検察官による取り調べが行われるという形をとっている。そうしたのは、「取り調べというものがどういうものかを具体的に見せ」、観客にも「折井綾乃になっていただく」ためだ。

 取り調べとは、周防監督いわく「過去に起きたことを、過去を知らない人が、その当事者に向かって質問を浴びせ、その過去を再構築する作業」。私たち観客は、過去における綾乃と患者のやりとりを“目撃”しているから、綾乃に対する検察官の追及の理不尽さがよく分かる。その一方で、検察官に問いただされる綾乃に寄り添いながら、ついさっき目にしたことなのに彼女の言動を思い出せない自分の記憶の曖昧さに、少なからずショックを受けるはずだ。

 その、ある種“私たち自身”でもある綾乃を演じるのが草刈民代さんだ。草刈さんは周知のとおり、周防監督の奥様で、バレリーナ引退後は女優として活躍している。草刈さんにとって今作は初の主演映画。周防監督は「彼女が最初に出る映画は、僕が監督しなければいけないという覚悟はしていた」と話す。この小説を読み始めたところで、草刈さんの顔が浮かんだ。綾乃という女医に感じる孤独や弱みを見せまいと頑張る姿が、厳しい世界に身を置いてきた“バレリーナ時代の草刈民代”と重なったのだという。

 その綾乃に命をゆだねる患者・江木秦三に役所広司さん。草刈さんとの共演は16年前の「Shall we ダンス?」以来だ。周防監督はかねがね、「バレリーナ草刈民代がお客さんとして映画の世界に来たときに立ち会ってくれた役所さんに、女優としての草刈民代の主演作1本目の相手役を」と考えていたという。その思いを実現させた。

 すんなり決まった草刈さん、役所さんのキャスティングに対して、難航したのは綾乃と長く不倫関係にあった同僚医師・高井則之役と検察官・塚原透役だ。プロデューサーとディスカッションを重ねた結果、「細かいことを気にしなくてもこういう人はいるかもしれないと思わせてしまえるような不思議な存在」の浅野忠信さんに高井役を、従来の“いい人”のイメージが「この検察官の存在をニュートラルにし、一体この人はどういう人なんだろうと思って見てほしかった」ので、大沢たかおさんに塚原役を託した。そうした思惑が奏功していることは、今作を見れば明らかだ。

 さて、今作がラブストーリーであるゆえんだが、改めてその意図をたずねたところ、周防監督は次のようにいい切った。「綾乃の決断というのは、僕にとっては医者としての決断ではない。あれは、1人の患者と人と人として付き合って、その人を愛してしまったがゆえの、女としての決断なんです。だから、これはラブストーリーなのです」。綾乃の決断、そして彼女がとった行動。それを、果たしてあなたはどうとらえるか。映画は27日から全国東宝系で公開中。

 <プロフィル>

 1956年、東京都生まれ。立教大学文学部仏文学科卒業。在学中に高橋伴明監督や故・若松孝二監督、井筒和幸監督らの助監督を経験。89年、「ファンシイダンス」で一般映画の監督デビュー。「シコふんじゃった。」(92年)は、日本アカデミー賞最優秀作品賞はじめ数々の賞を受賞。「Shall weダンス?」(96年)は、日本アカデミー賞の13部門で受賞し、世界公開されるとともに、05年にはハリウッドでリメークもされた。07年、「それでもボクはやってない」、11年にはバレエ映画「ダンシング・チャップリン」を発表。初めてハマったポップカルチャーは、怪獣特撮映画「モスラ対ゴジラ」。小学校2年生のとき、初めて友だちと見に行った映画で、当時のことを「二番館での上映で、文部省推薦の、タイトルすら忘れた立派な映画の添えものでした。先生が見てほしかった方の映画は見ないで、『モスラ対ゴジラ』だけ見て帰ってきました」と思い出を振り返った。

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